第35話 元社畜は無事を祈る

「・・・雅楽うたいさん、ここってアレですよね?」


 あれ以来なぜかずっと僕に同行してくれている絃紫いとしのさんは、うんざりと言った雰囲気をかもし出しながら目の前の建物を見渡します。


「俗に言うダンジョンですよね」


 それもアンモニア臭が漂う児童公園の隅の女子トイレで有名な『トイレ公衆便所ダンジョン』の事務所入り口ですね。


 我が家の従魔グリフォンの生まれ故郷、という言い方もありますが。


「ほんとに潜るんですか?」

「向こうの御指名ですからね」


 絃紫さんが嫌そうなのも理由は解っています。


 ここトイレダンジョンと言えば、臭い狭いアクセスが悪いの三拍子が揃った女子不人気ダンジョン実質のナンバー2ですものね。

 おまけに出て来るのは虫系のモンスターばっかりですしドロップも大したものは無かったと記憶していますから女性が寄り付かないのも納得ですよ、ええ。


 そしてここに僕たちを呼び出したのはダンジョン本庁。


「ここを選んだのは・・・嫌がらせでしょうか?」


 半分正解だと思いますけど他にも理由はありますよ。


 ここに来るまで僕と絃紫さんは方々を訪問する事になりました。


 ダンジョン本庁のナンタラ管理機構を皮切りに、厚生労働省の特殊健康なんとか局やら特殊労働ホニャララ局やら小さい所では市の保健所やら警察の地域課(平たく言うと交番)に至るまで既に17ヶ所。


 絃紫さんもよくブチぎれずにここまで付いてきてくれたものですよ。目付きは段々と恐ろしいものになって来ましたけどね(^-^;)。


「もちろん、第一には嫌がらせでしょう。

 第二は・・・今やってきた連中、見覚え有りませんか?」

「・・・有りますと言うか有り過ぎなんですけど?

 背の高い男の方は特殊健康詐欺・・・じゃなくて、その、アレは・・・とにかくこのたらい回しの旅のかなり最初の頃からうろちょろしてますし、太めのオバサマの方と言うと保健所で意味も無く採血された時の隣のベッドにいた狂犬病の潜伏期がどうこうと騒ぎながら点滴を打っていた高校生のボーヤに瓜二つですね。変装が趣味なんでしょうかね?

 ・・・もしかして分かりやすく監視をアピールしているんでしょうかしら?」


 さすが絃紫さんは、受付をやっていただけあって人物の認識力は半端ないですね(*≻ω≺)。・・・どうしよう顔文字が抜けない・・・


「間違いはないでしょうね。

 多分、彼らの目的は僕たちの行動の監視、そしてここに来たとなると僕たちの実力の把握、ついでのおまけで雇用主との橋渡しももし出来たら、なんてところでしょうか。もしかしたら不都合があったら抹殺指令まで出ていても驚きませんよ。

 きっと二人とも違う組織の人間だと思いますよ」

「ああ、そうですね。

 期間が違う上に連絡手段が違いますもんね」


 そう、観察してると二人とも連絡するタイミングと方法がバラバラで、応援がやってきたと言うよりまるで対立している組織からやってきた人間が呉越同舟で仕方なく一緒にいるようにしか見えないんですよ。


「第三にグリフォンの確保を目指してるのではないでしょうか?」

「・・・従魔を横取りするなんて出来るんですか?」

「さぁ?でもテイマーでも無いのに従魔を持った人間がいるんですから出来るかもって思うような奴が出てきてもおかしくは無いでしょ?

 それに危険なく生きたグリフォンを確保出来たら大手柄じゃないですか」

「大人って汚いって言葉が身に沁みますね」


 煮えた酢でもたらふく飲まされたみたいな顔をしてくる絃紫さんに、僕は肩をすくめて見せます。


「要は出来る出来ないではなく、まぐれが起きるのか起きないのかを検証してみようという事じゃないですか?

 僕がグリフォンをテイム出来ているのは称号から派生した疑似スキルのおかげなんですが、レベルの存在や称号の副産物を知らされていないギルドやら国ってどうやったらスキルが再現出来るのかと考えていてもおかしくは無いでしょう?」


 絃紫さんがようやく納得してくれたようなのでトイレ公衆便所ダンジョンへ潜る事にしましょう。


 ちゃんと監視係は付いてきているようですね。




 順調に探索が進み5階層のボス部屋の前にやってきました。


 本日のミッション、公衆便所トイレダンジョン5階層のボス戦を突破せよ、これより本番です!


 道中は、これまでの意趣返しとばかりに絃紫さんが槍を振り回し、僕どころかグリフォンでさえ虫モンスターはおろかミリピード(モンスターにまで成長していないムカデの俗称)にさえも触らせて貰えない大活躍で監視係の仕事を気持ちよく邪魔しています。 


 やっぱり溜まってたんですね・・・僕はもちろんの事、空気を読める従魔グリフォンも絃紫さんのオーラに押されて何も手が出せませんでした。


「ここまで引っ張って来ちゃいましたね」

「フンス!いいんです!今までこっちが散々引っ張り回されてたんですからあたしたちがどんな思いでここまで我慢してきたか思い知らせてやりたかったんです!」


 その小鼻を膨らませて荒い鼻息を噴出させるのは怖いからやめましょうよ。眼まで血走らせて折角の美人が台無しですってば(*≻ω≺)。


 大体貴女は、付いて来なくてもよかったんですから興奮する必要なんてないんですよ?


「乙級探索者の凄さを見せつけて頂きましたが、ボス戦はウチのグリフォンに任せて貰えますか?」

「正直、カラダがあったまってきましたからこのままあたしが突っ込みたいところですけど、そんな事したらグリちゃんの為にもなりませんし涙を呑んで譲ります」


 脳筋娘め。


「譲ってくれてありがとうございます」


 礼を欠いてはこのミッションをやらせている連中と同じですからね。そして改めてここのボスモンスターの事を尋ねると、カブトムシのデカいのだとの返事を貰いました。


 デカいと言ってもグリフォンほどは・・・えっ?秋田犬サイズのウチのグリフォンに対して相手はぼるぞいだぁ?

 それも角と外羽根が鋭く尖っていて超高速で飛んでくるぅ?

 挙句の果ては、勝った後のドロップ品はビー玉サイズの魔石1個だけで他にドロップした事が無いぃ?


 ボス部屋ってひとパーティーごとでしか入れないんですよね。一旦入ったらどちらかが勝つまで扉が開かないんだとか。勝った後はボス部屋抜けた先に魔法陣が有ってそれを踏めば外に出られる、それは聞いた事が有りますね。


 譲ってくれたとは言え、成り行きながらも同じパーティーにいてくれている絃紫さんは同行してくれる。完全に傍観者としているつもりだから自力で頑張れと檄をくれました。


 監視係の二人に同行させるつもりはありません。確認作業があるにしても黙って尾行しているような相手に忖度する気は毛頭ありませんから。誰?僕が禿げてるから心が狭いんだとか言っているのは!


 もしこれが原因でたらいまわしがまだ延びるのでしたらいい機会です、さっさと海外に拠点を移す事も視野に入れましょう。


 日本にしかダンジョンが無い訳では無いのですから。もうしがらみなんて無いんです、僕は自由にやらせて頂きます!


「それでは慣らし無しで少々心配ではありますがボス戦を行いたいと思います。

 これはグリフォンの実力を測る実戦ですので、絃紫さんは手出し無しでお願いします。

 こそこそのぞやからがいなければ道中もグリフォンに闘わせたかったんですけど仕方ありません。

 僕から言わせて貰うとすればこの一言しかありません。

 『総員、無事を祈ります』

 では突入です!」

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