第21話 元社畜は有事に怯えている

 目が覚めると・・・ここは薄暗くてアンモニア臭がツンとくる通称公衆便所トイレダンジョンの一階でした。時間にして30分ちょっと。


 つまりはさっきのまんまだったって事ですよね。


 でもダンジョンの中で気を失うなんてソロでは絶対やってはいけない事ですよ。意識が無く抵抗できない間にモンスターに捕食されてても何もおかしくは無いんですからね。


 幸か不幸か、僕が失神している間に僕のそばでモンスターがリポップしたり手癖の悪い探索者追い剝ぎに見つかって身ぐるみ剥がされたりなんて不幸は起こらなかったみたいですね。


 それもこれもここが不人気ダンジョンだったおかげですよね、感謝感謝。


 持っていた筈の剣を探して見渡すと誰も取ろうとは思わないレンタルのボロ剣とその横に卵が・・・大きさはダチョウの奴より更に一回り大きい赤暗色、さっきまで眼の前に飛んでた奴じゃないの。という事はさっきの事は実際に起きた事って事なのかな?


 拾えば僕に所有権が来ますけど、なんか嫌な予感がします。って言うか始原の覇者だか敗者だかってごちゃごちゃほざいてたダンジョンの事を考えますと良からぬ事が起きそうだとしか思えない、と言うより起こるに決まっているんです。


 ここでもし手ぶらで上に帰ったらダンジョンの事務所がなんだかんだと邪推してきて余計すぐに帰れなくなるだろうって事は百も承知ですし入場料も払ってるから何でもいいから一つぐらいは何かを持って帰らないと、なんて貧乏くさい自分の中の小市民が訴え掛けてきますけど態々わざわざここでパンドラの箱を開く度胸も無いしもう少し探せば他に真面まともな奴があるに違いないって思いたいからここはノータッチで行きましょう。




 なんて考えてた事もありましたよ、ええ。まさか剣を拾ったついでに剣先が卵に当たっちゃうとかそんなの有りなんですか?


 ちょっと触っただけなのに卵にはピキッとひびが入り真っ二つに割れてしまいました。


 そしてその中からは、黄色くて鋭く曲がったくちばしに暗褐色の翼の猛禽類・・・なんてこった、こいつ四本足ですわ。


 なんとグリフォン?がよたよたと出てきちゃいました。


 赤い卵から生まれたんだから火属性のサラマンダーとかなら解りますけど、トイレダンジョンから生まれたんですから王蟲ダンゴムシとかなら納得できたかもしれませんけど・・・なんでグリフォンが出てきたんでしょう?


 とにかくどうにかやり過ごさないと・・・


 ゲッ!眼を逸らして他人の振りをしようと思ってたのに眼が合っちゃった!


 インプリンティングで親と思われちゃうのかな、それともエサだと思われて喰われちゃうのかな。とにかく逃げ損ねました!でも今叩けば逃げられるかも!


〖クルルルルゥ〗


 よちよち歩きのグリフォンは、真っ直ぐ僕の所へとやってきて足にまとわりついてきます。


 ロックオンされちゃいました・・・これで噛み付かれちゃったらエサ認定決定ですよね。


 すがり付き方が強い!むしろ痛い!見た目はかわいいんですけど力が強い、いや強すぎる!骨がきしんでますってば!


 逃げるタイミングを計りながらも、さっきまでだったら今ならまだ勝てるかも?とかちらっと思っては見てたものの纏わりついた挙句に足を抱え込んだグリフォンの力の強さにコイツを殺す事も無理だし逃げる事も不可能だと思い知らされましたよ。


 逆に殺されるのはきっととっても簡単なんでしょうね・・・


「えーっと、放してくれないかな?」


 つぶらなとび色の瞳をうるませながらグリフォンはイヤイヤをしてくる・・・もしかしてさっきのやり取りを知ってる?って言うかもしかして僕の言う事解ってるの?


 それにしてもトンビも鷹も鷲も似たような色なのになんで鳶色なんでしょうね?


 そんなささやかな現実逃避の最中にここで僕はある事に気付いた、いや気付かされてしまいました。


 手がすべすべになっているんです、まるで子供の頃みたいって言うかこれじゃまるで子供の手?うっすらあった腕の毛も見えなくなってるし・・・


『おまけにずっと来なかった分をおまけしてわかがえっちゃお、ね♬』


 やな事思い出しちゃいましたよ、まさかホントに若返ってるのかな?


 恐る恐る顔を触ると鼻の下には産毛のようなヒゲが生えています。・・・確か中学の頃はうっすら鼻ヒゲが生えてましたよね、大人になっても硬くはなっても大して濃くはならなかったんですけどね。


 剃らなきゃみっともないですけど伸ばした所で貧相にしかならなかった、でも産毛じゃなかったんですよね・・・


 ふと頭も触ってみる。


 たわしのような剛毛がびっしりと生えてます、あのほぼ砂漠化した見ずぼらしいナマハゲ状態じゃない!秋田のナマハゲは振り乱す余裕があるという事は重々承知しています、ここは言葉遊びで・・・って誰に僕は説明しているんでしょう?


 鏡でも見なけりゃはっきりした事は言えませんけど、まるであの図書館ダンジョンに初めて紛れ込んじゃった時に戻っているみたいですよ!


 まさかダンジョンの力ってこんな事も出来ちゃうんですか?


〖クルルルルゥ!〗


 いつの間にやらグリフォンが足をよじ登って腰の辺りまで登って来ていた。


 せっかく現実逃避してたのに・・・何をしたいんだよお前は?食い殺すんならとっととやってくれ、苦しいのが長引くのは嫌だからいっそ一思いにお願い!


【・・・えっ?死にたかったの?それじゃこのがかわいそうじゃん?】


 えっ?またあのダンジョンの声が聞こえてきました!可哀想って何なのよ?今の状況で可哀想なのはどう見ても僕の方じゃない?


【そんなこといっちゃってもせっかくあなたにあいたくて生まれてきたこのこはかわいそうじゃないってこと?

 このこってすごいんだよ?大きくなったらそとにあるジドーシャとかいうてつのハコよりおっきくなるんだよ?かぜまほうだってさいじょういまでおぼえれるんだよ?ウタだってうたえるし、けんできりつけたくらいじゃケガしないし、ここのかべだってくずせるくらい力もちだし】

「会いたくて生まれたとか言われたってこんな貧相な人間のどこがいいのか理解できないですよ」

〖クルル?〗

「肉も無けりゃ活きもよくない。いて言うならそんなに暴れる可能性が無くて食べやすいくらいしかエサとしての価値は無いでしょ?」


 段々この状況に慣れてきて開き直る事が出来ましたよ。さぁ、どっからでもサッサと喰ってくれ!


【このこはダンジョンにいるかぎりたべなくてもダイジョーブなんだよ?なんでマスターにえらんだあいてをたべなきゃならないの(# ゚Д゚)】

〖クルルルッ!〗


 へっ?マスターに選んだ?何言ってんのコイツダンジョンは?


「マスターって何?」


 謎は謎を呼び、僕の頭は今にもパニックを起こしそうでした。

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