閑話 その2

第10話 お稲荷ダンジョン繁盛記

「ねぇ、いつものお守り出してくれよ!アレが無いと安心して潜れないからさ!」


 物販の渋い客がいると連絡を受けたオレは、いつものようにそう声を掛けながら社務所に入ってきた。

 元神社のダンジョン事務所で今も近所の神社が共同経営してる通称お稲荷ダンジョンは日曜という事もあって中々な賑わいを見せていた。


 特に『落穂拾い』解禁になった初の日曜とあって一見さんがぞろぞろ居やがる。

 右も左もわからねぇようなヒヨコどもがうろちょろしてるとなるとここで稼いどかないとどこで稼ぐんだって事なんだよな。要するにオレが迷える子羊ちゃんたちヒヨコどもに大して御利益があるとも思えねぇお守りを買わせるように仕向けてやろうって事さ!


 事務長の机からオレに目で合図を送ってくる親父のしゃくってくる顎の先には、冴えないおっさんが愛嬌たっぷりのウチの巫女ちゃん販促員たちの買って攻勢を渋い顔をして避けようとしているのが見える。


 ちっこいはハゲてるは真っ新のノービス初心者装備着込んでるは・・・なんでこんなおっさんに素通りされてんのよ。誰がどう見たってカモじゃん!そこで金落としてくれねぇとこっちは商売あがったりだからおみくじ一個でも引いて行けっての。


 そもそも何も買わねぇんだったらダンジョンになんて入ってくんなよ。


 この辺で一番レベルが低い戊種迷宮ってのは色々と悪名高い初めてのダンジョンこと通称図書館ダンジョン、そして我がお稲荷ダンジョンって訳だ。ウチが嫌なら図書館でボラれまくってくるんだな。物販販売に力入れてる以外は良心的だと思うぜ?


 まっ、隣町に行けば図書館とタメを張る丁種不人気ダンジョン公衆便所トイレダンジョンってのもあるけどウチの方が100倍マシだって。


 そうこうしているうちにおっさんがスレっとダンジョンへ入ろうとしてるぜ。すかさずオレはおっさんの肩を抱え込みながら耳元でこうささやくんだ。


「おっちゃん、丸腰でなんで入ろうってしてんだい?ここはバケモン相手に勝った負けたを命張って勝負するダンジョンだぜ?

 ゲン担ぎにおみくじやら魔除けにお守りやら護符やらって揃えて入らねぇでどうするんだい。悪い事ァ言わねぇからそこの霊験あらたかな天然水(実は水道水)を千円分ひっかっけて入るといいぜ?

 いつもやってるオレが言ってるんだ大船に乗ったつもりで試して見な」


 言われて嫌々ながらでもコップを手に取ったおっさんだったが、こんな事抜かしやがった。


「随分とカルキ臭い天然水ですね。

 あまりにあざとい商売をなさるんだったら出るトコ出ても構いませんよ」

「人の好意を無にしようってのか?曲がりなりにもオレはこれでも丁級なんだからな!」


 オレはおっさんの反撃に負けねぇ!本当は丁級どころか初級から上がってすぐの己級だけど強気で行かねぇとこんなのは乗り切れねぇってんだよ!(探索者ランクは上から特甲乙丙丁戊己初)


「僕はこれですから」


 そう言っておっさんが懐から取り出したのは“紙”の探索者免許証だった。紙って事は丙級以上・・・オレのブラフのランクより上って事かよ。


「・・・ちょっと用事思い出しちまったから今日は潜るの止めようかな」

「ちょうどよかったですね。

 僕もここに潜る気が失せた所です、ご一緒しましょう」


 真っ青になったオレとおっさんがそのまま出て行った後、その日ダンジョンに潜った者は誰もいなかったんだと・・・オレは説教3時間コースで絞られるは家に帰れば帰ったで親父から勘当を言い渡されて体一つで家を追い出されるはで最悪な一日だったぜ。

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