閑話 その1

第4話 わがまま娘はハケンと言い争う

「今日も貴女が当番ですの?」


 土曜の昼下がり、閑散としたエントランスフロアで開口一番に喧嘩を吹っ掛けてくるのはこの会社の社長令嬢、さやかお嬢様こと鐘持 さやかである。


「する事もありませんし、丁度いい暇つぶしですので」


 涼しい顔で受け流すのは派遣社員で受付をにな絃紫いとしの 恵梨華、実はこの二人大学のでの同級生である。絃紫恵梨華、通称エリーと彩お嬢様はともにこの会社の就職試験で最終選考まで残ったものの彩お嬢様は採用されエリーは落とされた。面接官としてあの雅楽うたい太智ひろのりが10年に一人の逸材であると猛プッシュしたにもかかわらず選に漏れたと人事から嘆かれたほどの人物だ。お嬢様を残す為にエリーが落とされたらしいとは総務辺りから漏れてきた信憑性の高い噂である。エリーがその事に引け目を感じた総務から指名される形でいずれ正規雇用になる事を確約されて派遣社員としてやってきている事は公然の秘密である。


 そして彩お嬢様を推さずエリーを推した雅楽に彩お嬢様の教育係を押し付けたのは人事でも営業でも無く社長の一声だった。わがままな性格が社内に知れ渡っていて立候補する者がいなかったからでもあるが一流を知ればそれなりの成長があるだろうという親心だった。だが貧相な見た目の雅楽を彩お嬢様はあなどって真面目に修行をしない。それどころか面接で自分を推さずエリーを推した事を知り完全にへそを曲げていた。


「折角の土曜日にデートする相手もいないんですの?」


 そう嘲笑あざわらう彩お嬢様も相手などいないのだから実は目糞鼻糞なのだがプライドの高い彩お嬢様なら絶対に認める事などないだろう。

 眉目秀麗な事に掛けては大学時代も双璧と呼ばれていた二人だが実のところ共に男には縁が無い。高圧的でものおじをしない彩お嬢様と友好的で面倒見のいいエリー、対照的な二人の共通点は趣味が高じ過ぎて男性の好意に鈍感すぎる事だ。

 重度のアニオタで厨二病気質な事からダンジョンで魔法を連発する夢を持つ彩お嬢様と学費を稼ぐために暇さえあればダンジョンに籠って探索をし続けたエリー。

 姉の出奔により跡を継がねばならなくなった彩お嬢様が夢を叶える事が出来なかったのに対して学業と探索の両立を成し遂げたエリー。


 彩お嬢様がエリーに対して凄まじいコンプレックスから来る対抗心を持っている事は誰の目にも明らかだった。


 更には入社の経緯いきさつもあって、彩お嬢様はエリーに突っかかっていかざるを得ないのだ。


「ご心配いただかなくても日曜に潜るからいいんですよ」

「!」


 ここにきて彩お嬢様にとっての最大の禁句を口にしたエリーに彩お嬢様はまなじりを吊り上げる。


「この期に及んで穴倉に逃げていくのですわね!正社員になれなかった鬱憤でも晴らしにでも行くのかしら?」


 本音ではうらやましいのに裏腹な言葉が口を衝き罵りながらも唇をかむ。でももう引き下がる事は出来ない。強がりな割に繊細なお嬢様だ。


「鬱憤ですか?確かにそれが無いとは言いませんけど探索者をやってると色々力が付いてくるんですよ」

「男勝りのじゃじゃ馬なんて呼ばれてたんじゃないのかしら?」

「当たらずとも遠からずって感じですね。

 でもやってたら判断力や視認能力や記憶力とかもよくなるんです。あの頃みたいなちゃんとしたパーティーを組めるんだったら探索者一本で行きたかったくらいですから。

 とは言え親からパラ探索者なんかで遊んでないでちゃんとした社会人になれって強制されて今じゃハケンで受付ですけどね」


 突っかかる彩お嬢様を否定するでもなくごく自然体でかわしていくエリーに彩お嬢様は苛立ちを隠せない。


「判断力があっても所詮はハケンですわ。正規になれないのも納得ですわ」

「どこで聞き耳立てている人がいるかわからないんですよ?今のなんて今時のコンプライアンスだとアウトの発言ですよ」


 特に訴えるつもりが無いような返しでも言葉の綾と言うものがエリーに優位に働いている事を感じて、彩お嬢様は次の言葉を飲み込んでしまった。

 彩お嬢様は、苦学生あがりのハケン受付嬢にすっかりペースを握られて苛立ちを隠せない。


「わたくしだって姉さまの事さえ無ければ・・・」

「いつも言ってますけど探索者なんて育ちのいい方には不向きなジョブだと思いますよ。モンスター相手どころか探索者同士でさえ命のやり取りがある野蛮な世界なんですから」


 探索者として乙級まで登っていたエリーの言葉に彩お嬢さまは歯ぎしりをして憤慨する。まるで自分が不適合者であるかのような扱いを受けていると感じたのだ。

 エリーにしてみれば世間知らずでだまされやすそうな彩お嬢様を気遣っての発言なのだが。


「会社を継ぐわけでもありませんのに無理やり会社に入れられたわたくしには自由なんてありませんのに・・・貴女にはダンジョンに探索に行く自由がある。

 不条理ですわ!」


 勝手気ままに会社に来て教育係をないがしろにしている人間の言う言葉ではない。


「その無理やり入れられた会社で頑張っている方々、例えばあなたの教育係の雅楽さんとかでしたらどう思われるのでしょうね」

「会社に飼われている家畜同然の方にどう思われようと気にしませんわ。あの方は会社以外に行く場所なんてないのでしょうから選ぶ権利なんてお持ちではないのですわ」


 彩お嬢様の不遜な物言いにエリーが苛立ちを感じ始めた。


「それがこの会社の雅楽さんへの見解ですか?

 あの方のコネクションでどれだけの業績が成り立っているか考えた事も無いんですか?

 サービスばかりでまともな計算をした事無いでしょうけど、あの方の事務能力で他の方の残業時間がどれだけ短縮できていると思っているんですか?

 あの部署に雅楽さんがなぜ配属になっているか知らないのでしょ?雅楽さんがあの部署の業績を一人で作り上げている事を横で見てて気づかないんですか?」

「そんな急に怒らないでくださる?

 だって同期どころか後輩にだって出世競争でお負けになっているのに辞めずにいらっしゃってあの誰が見ても無能な関原部長のゴーストライターに人の顔色だけをうかがって係長になった酒匂さこうさんの事務まで一手に引き受けてその挙句によその部署の事務仕事まで手伝っているような暇な方ですのよ?」


 突然のエリーの爆発に慌てた彩お嬢様は雅楽のお人好しさを愚弄しようとする。


「そうですか、私のところまで回ってくる資料にるとあの部署の成績の6割は雅楽さん個人のもので残りを他の方が稼ぎ出していたようですけど?室長彩お嬢様のお話ですとその他の方の成績も雅楽さんの手助けがなければあり得ないようですけど?」

「どうこう言ったところであの卑屈で間抜けでお人好しでお世辞の一つも言えない朴念仁に生きる資格などございませんわ!」


 自分が言い出した事を逆手に取られて反論が出来なくなった彩お嬢様は人格否定という禁じ手を繰り出してきた。


「だから雅楽さんの言う事は聞かないんですか?」

「!」


 気に入らないから言う事を聞かない、その本音を図星で言い当てられて彩お嬢様が眼を逸らす。


「室長がお嫌いな雅楽さんが元探索者だってご存知でしたか?」

「・・・へっ?」


 知らないトリビアが飛び出し彩お嬢様の表情が固まる。


「ここに入る時に隠してたそうですけどね、あの方は伝説の探索者なんですよ。

 あの方があれだけの仕事量をこなして普通にしているのは探索者として与えられた力があるからなんです。

 私が毎週土曜にでここで働いているのは雅楽さんに少しでもあやかりたいからです。

 探索者として伸ばした力をさり気なく見せる雅楽さんみたいになりたい、それが私の望みなんです」


 彩お嬢様は、エリーの輝く瞳を直視できずに追い出されるように帰って行く。そこには土曜の出勤をするという発想は無かった。

 そして実はエリーの妄想の中の雅楽と言う存在に負けただけだという事に気付く事は無かった。

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