閑話 その3

第16話 わがまま娘は妄想を語る

 ふーっと長い溜息を漏らしながら丙級探索者チーム『栄光の片翼』のサブリーダーである麗奈は目の前でパフェをパクつく親友のさやかを見つめる。


「それにしても、お父さんのコネとは言え一部上場の会社に入れたのにわざわざ探索者になりたいとかアタマどうにかしてるわ」

「いきなり肩を抱き寄せてありもしない手柄話をエラそうに垂れ流す有り得ない上司と仕事も何もかも適当な癖に色目を使ってくるヤル気満々の同僚にき使われているおじさまがわたくしの教育係なのですわ。

 あんなみじめな生き方、横で見ていてもわたくしには堪えられませんの。

 そんなおじさまが実は探索者だったと聞いてわたくしは決めたのですわ。

 あの忍耐力、二人分の仕事を余計に抱えても気配りが出来るほどの事務能力の高さ、わたくしに対する真摯な態度、あれは探索者としてつちかってきたものなのですわ!でしたらわたくしもダンジョンデビュー出来ましたらきっと一皮むけたニューサヤカになれる筈ですわ!」


 さっきからここまでは話すのだが肝心な部分は口を閉ざす親友に麗奈は困り果てている。

 その『おじさま』が誰なのか判らなければこの先の話の持っていきようがない。それに彩が妄想する探索者と現物とでは民度に差があり過ぎてこのまま行かせでもしようものなら大事になる事は間違いないだろう。自分で自分を守れなければダンジョンに潜るなんて自殺行為に他ならないのだから。


「で、そのおじさまが私が知っている誰かだって言うの?」


 その言葉ににっこりと笑って頷く彩。その笑顔はまるで花が咲きこぼれるかのような愛らしさで振り返らない男などいないと断言できるほどだ。


「で、そのおじさまとどうしたいの?」

「いつも無能な上司や同僚に振り回されお気の毒なのでストレス発散にダンジョンをと誘いたいのですわ」


 ちょっと待てと麗奈は思った。この子、確か探索者のライセンスとかまだ持っていなかったんじゃなかったのか、と。


「誘うって事はもう資格が取れたの?なりたいだけでなれるものじゃないのよ?今日の話を最初から聞いてても、あなた試験に通ったって言ってないわよね」

「試験なんて時間の無駄遣いですわ!となると実践あるのみですわ。おじさまにさえ付いて行ければ資格なんていらないのですわ!」


 再び麗奈は深く溜息をいた。丙級の自分たちのチームが一緒でも無免許探索は許されてないのにと頭を抱えたくなる。この子の教育係ってきっと貧乏くじだと思う。

『無能な上司や同僚』だけを相手にしている訳じゃないと心から同情してしまう。この子と一緒だったらストレス発散出来るどころか寝込んでしまっても仕方がない。


「ダンジョンに入りたいのならあなたもライセンスを持たなければ無理ね。おじさまはどう言ってるの?」

「今はまだ指導を出来る状態じゃない、でも今すぐにでも一緒に潜りたいと」


 いつものパターンから推理すると、言われたのは前半だけで後半は自分勝手な希望で勝手に付け足したんだろう。振り回される『おじさま』とやらに同情してしまう麗奈であった。


「でもそんな探索者にあたし会ったかしら?」


 ずぶの素人を指導できるほどのベテランなど麗奈の知り合いにはいない筈だった。まぁ、彩が初級の探索者に指導を請う可能性も無いとは言えないが、知る限り彼女と接点のある探索者は記憶にない。


「紙のライセンスカードを持った探索者と会ったとおっしゃったじゃない。もしかしてと本人に確認を取ったら麗奈様をご存知でしたわ」


 麗奈の脳裏に浮かぶ人物とは・・・紙のライセンスカード?あの時のスケルトンの方がふくよかに見えるちっちゃなおじさんぐらいしか覚えは無い・・・まさか。


 確かに雑談として初めて見た紙のライセンスカードとその持ち主の鼻息でも倒れそうな中年の事を彩にした記憶はある。


 世間の狭さを実感した麗奈であった。


 麗奈がまだもダンジョン潜入を画策する彩に思いとどまるよう説得する内にとっぷりと陽は暮れ、なし崩しにその日の探索は御破算となった。迎えに来た彼女の夫は潜るより疲れると密かに愚痴を言う麗奈の肩を優しく抱き寄せ、それがまた彩の妄想に火を付けるのだが、薄い本からの情報しかない彩には男と女の夜の営みなど想像の範囲外であった。

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