第12話 社畜は用事を断りたい

 さやかお嬢様がキラキラした眼で僕の事を見てきますけど・・・近すぎますって。


「急にどうされましたか?」


 社長様の娘様にタメ口なんて許される筈も無いから、僕はいつでもさやかお嬢様に敬語を使う。それがこの子を増長させているだとか、だからわがままが治らないだとか言う人もいるけれど、そんなに言うんだったら指南役を決める時に手を上げて欲しかったですよ。結果として立場の弱い僕に押し付けといて都合のいい結果論を振りかざして僕を非難している人たちは嫌いです。


 どうせあと何年もしない内に、自分が振り回すのにちょうどいい素晴らしい男性憐れな犠牲者を自分で選ぶか会社の為の政略結婚をさせられるかの二択で人生が決まるんですから、それまでのサンドバッグ役として僕が選ばれただけだって事は百も承知しているんです。実際、僕の教えた事は何一つ実を結ばず野放しの野獣が社内を跋扈ばっこしているのが現状なんですから。


 ちなみに長女様はどこぞの外国人と駆け落ちして行方知れずになってますね。


「『栄光の片翼』の麗奈様をご存知という事はセンセって探索者なのでしょう?わたくし、子供の頃から憧れてましたの!

 是非、今度一緒にダンジョンへ連れて行ってもらえませんの?」

室長彩お嬢様はいつもながらいきなりですね。資格は持っていますけど人様を連れて回れるほどじゃありませんよ」


 いつにない僕の言い回しにさやかお嬢様はいささかオカンムリになっています。いつもなら一も二も無く首を縦に振っているのに生意気だと。


 大体、会社では探索者である事は秘密にしているんですけど!


「わたくしはダンジョンに行きたいのですわ!!

 仕事なんてセンセがなさらなくても他の方がなさるでしょう?」


 とんでもない、僕が仕事しなかったらこの部署の仕事なら3時間で、会社の仕事なら1週間で機能停止になると僕は自負してますけど。


「では資格はお持ちなのでしょうか?」


 僕のこの問いにさやかお嬢様は真っ赤な顔をしてむくれてしまう。小学生のメンタルですね。


 正直、お嬢様が探索者のライセンスを持っていないだろうとは思っていました。


 あんなもの真っ当に稼げる家の人間が取る筈が無い。


 モンスター相手に命を懸け、致命的なトラップをかいくぐり、運を天に任せて懐を狙う他の探索者の魔の手から逃げのびる。そんな思いをさせたがる真面まともな親なんていません。


 やってくるのは世間知らずのガキか、犯罪に手を染めるかどうかの瀬戸際の貧乏人か、司直の手をのがれる為に迷宮に逃げ込む本物の犯罪者か。正直モラルが高い所でも格段楽しい所でも無いと言うのが僕の持つダンジョンへの印象であり探索者への意識でもあります。


「でも麗奈様は・・・」

「麗奈さんは素晴らしい仲間に囲まれていましたよ。屈強な(だけの)タンクに剣技に優れた剣士(実際の腕は知りませんが)優秀な魔術師(あんなへなちょこのお嬢さんが優秀でないならとっくに死んでますから)俊敏な狩人(弓持ちだったから多分そうでしょう)、ご自身も回復技能に優れていらっしゃるようでしたから『栄光の片翼』は優れたチームだと思います(戊級の図書館ダンジョンをホームにしてる段階でよくて丙級程度かなとは推察しますけどね)」


 自分の事を棚に上げれば案外冷静な分析ってできるものなんですねぇ。


「室長が今の麗奈さんのレベルになれるまで潜り続けて生き延びられるとお思いでしょうか?」


 これだけ脅せばわがままお嬢様は違うものに興味を移すでしょう、今まではそうだったですからね。

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