第2話 ラヴァー・イン・ザ・カマクラ

 鎌倉駅に、集合時間である14時半の15分前に着いた。雲一つないというわけではないが、青天だ。千は普摩と駅まで一緒に来てもよかったのだが、普摩が現地集合にしようと言ったので駅で集合することにした。

 千としては初デートのつもりなので、今日のためにYouTubeで恋愛系の動画を見て予習をしてきていた。

「待っているときにスマホを見てる人いやです」と言ってインタビューに答えている女性を見たので、待ち時間ができた時のための時間の使い方を考えたのだが、千が一番かっこいい待ち方だと思った、小説を読みながら待つ、という方法は、千がつまらないのでボツになった。結局採用されたのは、最近親に買ってもらったワイヤレスイヤホンで音楽を聴く、という、スマホを使っているのとほぼ変わらない待ち方だった。スマホをカバンに仕舞っていればまだいいだろう、と、さっき電車の中で構築した理論で千は自分を納得させて、集合場所の改札出口でイヤホンを取り出した。

 ドラムの八拍で曲が始まる。ギターがキャッチーなフレーズを奏でる。何度も聴いている曲なので、ベースの味も聴き逃さない。

「見え透いたフォームの絶望で

 空回る心がループした

 何気なく 何となく進む 淀みあるストーリー・・・」

千は歌が好きなので、改札近くにも関わらず声を出して歌い出してしまいそうになる。何とか口を少し動かすに留めて音楽を聴いた。

「いつからか何かを失って

 隠してた本当の僕を知る

 意味もなく 何となく進む 淀みあるストーリー

 つまりただそれ 砕け散っただけ

 つまりただそれ 風に舞っただけ・・・」

ずっと同じようなメロディーだが、それが不思議な安心感を生むのか、異様に心地いい。あっという間にラストのサビだ。

「君の目にただ光る雫 嗚呼、青天の霹靂

 痛みだけなら2等分さ、そうさ 僕らの色

 白い息が切れるまで 飛ばして駆け抜けたあの道

 丘の上から見える街に咲いた

 君という花 また咲かすよ

 君らしい色に Woah oh yeah・・・」

このラストのサビの後の穏やかなシャウトが、oh yeah ではなく「萌え」と言っているように聞こえる。花、つまり植物とかけているんだろうか、などと考えている内に、改札の奥に普摩が見えた。しかし気付いていない振りをして、アウトロを聴く。改札を通る前から見付けて、目を輝かせて待つ、というのは、なんだか子どもっぽいような感じがしてはばかられたからだ。普段一緒に登校している仲なのに、いざデートに行くとなると緊張するものだと、千は普摩が近付いてくるにつれうるさくなる心臓に痛感させられた。普摩が改札を抜けて周りに千の姿を探すのを、千は横目に見ていた。普摩がこっちに近付いてくると千は目線を自分の足元に遣って、声をかけてもらえるのを待った。

普摩が千の肩を軽く二度叩く。千は白々しく目線を上げて、イヤホンを外す。

「ごめん待たせちゃって」

白Tシャツの上に山吹色のジャンパースカートという恰好の普摩を見て、いつも制服の普摩ばかり見ている千は度肝を抜かれてしまった。しかしジャンパースカートという名前も知らないような千は、気の利いた言葉も出てこない。

「いいよ全然、」

何とか会話を繋いだ。

「アジカン聴いてたの?」

「そうだよ、」

「君という花聴いてたでしょ」

「よくわかったね」

「前教えてくれたもん」

「よく覚えてるね」

「そりゃー覚えてるよ、たまに聴くし」

「お、いいねぇ」

普摩は千の趣味にもある程度興味を持っていた。千の趣味と言ってもサッカーと音楽ぐらいなのだが。来年のワールドカップは千と一緒に観てくれるらしい。

普摩は千に聞こえるか聞こえないかの大きさの声で歌い出し、同時に小町通りに向かって歩き出した。

「君の目にただ光る雫 晴天の霹靂・・・」

続いて千も小さな声で一緒に歌った。自分の好きな音楽を好きな人が歌って、その隣を歩くというのは、なんて幸せなことなのだろう、と千は思った。馴染みのあるメロディーで少し緊張はほぐれてきたが、待ち合わせではまず外見のことを褒めろ、という昨日のYouTubeでの予習はすっかり忘れていた。




 普摩にそこまで多く食べるイメージを千は持っていなかったが、今日の普摩は午前中が部活で、その後も出かける準備で忙しかったらしく満足に昼食をとれていないということで、食べ歩きを満喫しようと息巻いていた。しかし最初に買った団子を売っていた店の横に「小町通りでの食べ歩きはおやめください」と書いてあったので、他の客に倣って店の横の角で、なんだか間抜けなことをしたような気持ちで突っ立ったまま食べた。平日、夏休み。人通りを減らす要素と増やす要素が組み合わさった結果、15時の小町通りは多くの学生が道の六割ぐらいを埋めていた。普段鎌倉に来ない千は、それが小町通りの日常なのかどうかはわからなかった。

 普摩は鎌倉に来たことが一度もないらしく、外国人の多さや小町通りの店の多さに驚いていた。普段からよく喋る普摩だが、その日は鎌倉の目新しさにいつもより口数が多くなっていて、今日もとても可愛いな、と千はひっそり思うのであった。その後にかき氷といちご飴を食べて、小町通りを抜けた。

 その後は適当に歩いて鶴岡八幡宮にお参りをして、16時半には行くあてがなくなったので、また来た方向へ引き返して海へ向かった。そんな締まりのないデートでも、普摩は楽しそうに笑って、千にしきりに話しかけていた。千はそんな普摩に感謝しながら、なんとか車道側を確保して海へ向かうのだった。

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