第16話

いまいちの目覚めの朝、両頬を手で打って気合いを入れる。


逃げ場はない。もう決めるしかない。この国の王位継承者として!


自室を出て、階段を降りて連日通った応接間へと向かうと、髭をつるんとつまんだ宰相が門番の様に立っていた。


「準備を進めて宜しいですね?」


「ああ、婚儀は最短で頼む」


うやうやしく礼をした宰相はスキップ混じりに廊下を急ぐ。有能な彼らならば、きっと大丈夫だろう。


ガチャっと音を鳴らして扉を開ける。その先に見えたのは火花が飛び散る光景だった。


「朝早くに起きられるなんて偉いですわね。いつもならまだ寝ている時間ではありませんの?」


(訳;まだ子供のあんたに、ルーラント様に相応しくないのよ!消えろ!)


「まぁ、さすがアンネマリー様。早起きでいらっしゃるのね?代わりに早寝なのかしら?」


(訳;年寄りが出しゃばるんじゃないわよ。年増は子作りもできないだろうが。消えろ!)


アンネマリーとフェリシアの激しい争いが続いている。

そこにゆったりとジュリアナの爆撃が落ちる。


「余裕のなさが態度に出てましてよ?素晴らしいソファにかけることを優先なさったら?」


(この人はそのままの意味なのよね。だって元はソファだもの)


きっと貴族令嬢としての振る舞いを真似しているだけなのだろう。そこに私への愛情はない。なぜならここで争っているふりをしないと、人らしくないからだ。


目の前で言い争いは続く。きっと二人とも私が来たことに気が付いていない。


実にむなしい争いだ。


だから発言することにした。前世のことをはっきりとさせるために。


「――――あの時も、そうやって争っていたのね。雅治さん、そして美奈子」


「「――――――――!」」


ふたりの視線がやっと私をとらえた。

ジュリアナはティカップをつまみ、優雅に微笑んだ。

彼女は私が誰を選択するか知っている。他の誰でもない彼女にだけは打ち明けた。


「啓子さん――まさか君も記憶があるなんて……」


(お色気たっぷりな姿で男言葉は違和感があるわね)


「先輩……私のことを覚えてくれているなんて――やはりこれは運命なのですね」


(美奈子……あんたは違和感がないわね)


「私が目撃したあの日……あなた方はソファの上で揉み合っていたのね?」


どうせ前世仲間だ。この際、私も女言葉で行こう。今だけは前世の関係に戻って……。


「ああ、そうだ。私はこのストーカー女に制裁を加えようとして返り討ちに遭っていたんだ」


「あなたなんてサイコパスじゃない!そんな人にストーカー呼ばわれしたくないわ。私のは純粋な愛なの。一緒にしないで!」


「サイコパスだなんて濡れ衣だ!私は啓子さんの夫だ。君と違って世間から認められている夫婦だ」


「ええ、そうらしいですね。周りのライバルを蹴落とすような卑怯な真似をして先輩を手に入れたんでしょ?にもか関わらず、結婚しても先輩のあらゆるものを保管する変態じゃない!」


美奈子が私の腕を取る。彼女は自分の意見を主張するとき、こうやって私の腕を掴んでいた。


「先輩、知ってました?この男は先輩の身の回りを世話することで充実感を得る変態なんです!先輩の為に食事を作るのも、それによって先輩の血肉を作るため。先輩の服を洗濯をするのは、その前に匂いを嗅ぐため!掃除をするのは先輩の髪を集めるため!そうやって先輩のすべてを手に入れようとする変態なんです!」


「…………………………」


それはソファから聞いた。

雅治さんは掃除をして、私の髪を集めていたようだ。その髪を日別ごとノートに貼って保管していたらしい。それだけじゃなく、私が捨ててと言った下着もきれいに保管していたとの事だ。率直に言って変態だ。関わり合いたくない。


「美奈子君に言われたくない!君は僕の妻の啓子さんを毎日のようにストーキングしていたじゃないか!しかも啓子さんが会社で飲んだ紙コップは持って帰り、食事のたびに啓子さんが使った箸も持って帰っていただろ!さらに啓子さんの××××(自主規制)まで持って帰ったと聞いたぞ!」


雅也さんも私の腕を取る。って言うか××××(自主規制)は初耳だわ。そんなもの持って帰って何が良いんだか……。ドン引きだわ。


そもそもどちらも私から出たごみを集めて何が楽しいんだか。

お互いがお互いを言い合ってるけど、お前らやってることは同じだぞ?


ぱっと腕を払うとふたりの手が離れた。

前世とは性別が違う。ふたりがどんなに縋っても男の私に振り払われる。

ふたりはショックを受けたように私を見て、それから後ろへと座るジュリアナを見る。


「「ジュリアナは誰なの??」」


お前ら案外お似合いだったんじゃないの?その証拠に息がぴったりだ。


ふたりの視線を受け止めて優雅にジュリアナは微笑んだ。


「私はソファです。ソファの付喪神です」


「「はぁ?」」


(やはりその反応になるよね~)


まん丸と皿のように目を大きくしたふたりを無視し、私はジュリアナの横にかける。


(さぁ裁きの時だわ!)

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