第13話
夢の中にいる私は、いつものように家路を急ぐ。
手掛けていたプロジェクトが成功を収めたので気分はとても良い。いつも家事をこなす優しい夫……雅治さんにケーキを買っていこうかと少し遠回りをする。
お気に入りのケーキ屋さんはタルトが有名で、値段は高いが満足する味だ。
「やってないか……」
ケーキ屋さんは真っ暗だ。当たり前だ。今はもう22時。閉店して当然の時間だ。
浮かれている自覚はある。雅治さんへの後ろめたさはそれなりにある。
だって彼は私のことが好きすぎる。毎晩のように求めてくるのは、うざったいけど、それでも女であることを、女だと思ってくれていることを自覚できるのだから。
「たまには私から誘ってみようかな~」
同い年の友達はレスで悩んでいた。子供ができてから妻ではなく、母になり、女として見てくれなくなったと嘆いていた。子供がいない夫婦でも長年連れ添えば、レスになると言う友達もいた。中には浮気する友達もいた。
男より女の方が浮気を上手に隠すことができる。それは常に相手を疑う女の性質と、疑わない男の性質の差もあるのだろう。
浮かれ気味にマンションのエントランスを通り抜ける。一目見たときから気に入った高級感のあるエントランス。
このマンションが良いと言ったら、じゃあ一番良い部屋にしようとふたつ返事をしてくれた優しい夫。
田舎の高層マンションだから20階建て。我が家は20階の角部屋。ベランダからは夜景が見える。更に夏には花火が見える。
エレベーターの前で独りごちる。
「結婚して20年だもの。今年は豪華に旅行でもしようかしら?」
海外でも良いし、国内でも良い。旅行は好きだ。だからどこでも楽しいだろう。
小躍りしながらエレベーターを降りて家へと向かう。そっと玄関のかぎを開けると、声が聞こえた。
荒い息遣いの女の声。そして同じく荒い息遣いの夫の声。
何だろう……胸騒ぎがする。
行っちゃいけない……頭の中で声が聞こえる。
引き返せ……何かが体を引き留める。
それでも進んでしまう。
嫌なのに……見たくないのに……知りたくなんかなかったのに!!
リビングに続く扉を開けると夫の上に跨る部下。ふたりの姿はお気に入りのソファの上。
部下の目が見開く。夫が上半身を起こし私を見る。
ふたりの乱れた服。額に光る汗。そして――
「ち――違うんです。先輩!」
「啓子――誤解だ!話を聞いてくれ!」
そんなテンプレなセリフは聞きたくない!
そんな焦る顔は見たくない!
こんな――裏切りってない!
例えばこれが仕事だったら、私は堂々と立ち向かえた。だけど無理だ。
私は駆けだした。逃げたのだ。
ふたりの声が聞こえる。私を止める声。私を呼ぶ声。そして謝罪の声。
聞きたくない……。もう二度と……。
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