第14話

「嫌な夢を見た……」


「ルーラント様がそのようなことを仰るのは珍しいですね」


ひげを蓄えた宰相をじろりと睨む。


今日はジュリアーナと会う予定だ。宰相はまたこの部屋を用意したらしい。嫌だと言っているのに!


「ジュリアーナ様は他の女性と違ってドレスできっちり肌を隠していらっしゃいます。彼女の肌を確認したければ隣の部屋をお使いください」

クヒヒと下卑た笑みと共に宰相が帰っていく。


(エロじじいめ!)と言いたいけどやめておこう。我が国は現在世継ぎの男性がいないのだ。宰相としては国の安定の為に言っているのだろう。たぶん。


(もうジュリアーナで決めるしかないのよね?)


隣の部屋の扉を開ける。その先には花を散らしたロマンチックなベッド。なまめかしい匂いのキャンドル。さらにテーブルには媚薬。あれがあれば相棒も頑張ってくれるのだろうか。


扉がノックされ、慌てて寝室に繋がる扉を閉めて、入室を促す。


するとジュリアーナが静々と入ってきた。


確かに元夫アンネマリーや元部下フェリシアと違って肌の露出は少ない。


お色気たっぷりなアンネマリー、ロリ系のフェリシアと違って、清潔感のある美女だ。吸い込まれそうな紫色の瞳と同じ色のドレスがとても似合っている。


「どうぞおかけください」


いつもと同じように声をかけると、なぜかジュリアーナは深く頭を下げた。


「遅くなりましたが、お悔やみ申し上げます。この度の事、マルゴー王国の皆は悲しみに暮れております」


「ああ、兄のことですね。ご丁寧にありがとうございます。義姉はお元気ですか?」


亡くなった一番上の兄の妻はマルゴー王国の王女だった。兄が亡くなったので国に泣く泣く帰られた。


「王女様は毎日ソファを涙で濡らしていらっしゃいます。お気の毒で見ていられませんでした……」


ホロホロっと紫色の瞳から真珠のような涙が落ちる。


(ん?なんでソファ?そこ枕じゃないの?)


「義姉に手紙を書きます。あなたが泣いていると兄も悲しむでしょうと……」


「ああ、ぜひお願い申し上げます。なんてお優しいのかしら……」


涙を拭きながらふわりと笑うジュリアーナ。


(ん?んんん?なんか前のふたりと違って毒気がないわね。こうなるとむしろ好感度が高くなるわね)


着座を促すと、満足そうにソファに座る。両手は膝の上。変なお色気ポーズはない。


「座り心地の良いソファですわね」


「ありがとうございます」


にこりと笑って見せると、慈愛の笑みで返された。彼女だったら役立たずの相棒も頑張ってくれるのだろうか。


「ジュリアーナ嬢の趣味は、歌唱だそうですね」


「はい、そうですわ」


「どのような歌を歌われるのですか?」


「令嬢らしくないと言われるのですが、私は庶民の歌を好みますの」


「庶民の歌……ですか?」


「ええ、居間でゆったりと家族団らんで過ごしたり、日々の忙しい生活の中、休める時間に感謝する、その様な歌ですわ」


「確かにそれは令嬢らしくありませんね。我が国の令嬢は愛の歌を好みますのに」


「我が国も同じですわ。ひとときの愛を激しく求める歌や、悲恋の歌、恋愛の歌を令嬢達は好みます。ですがそれらよりも疲れた身体を休め、家族と共に朗らかに過ごす歌が、私には素晴らしく感じるのです」


(なんか年寄りくさいわね)と内心呆れ返っているが、それが悪いこととは思えない。


統治者として庶民の生活を顧みないより良い気がする。


政治的にマルゴー王国と連続して結婚することが悪い事じゃない。我が国が一番の大国だ。選ぶ権利はこちら側にある。


「あなたにとって善き国とはどのような国ですか?」


もう定番となったこの質問。この答え次第で彼女が私の妻に決定だ。頑張れ!俺の息子!


「私はソファでゆったりと落ち着ける時間が持てる国民の住まう国が善き国だと思います」


(またソファ?どんだけソファが好きなのかしら)


とは言えど悪い答えではない。

そもそも結婚相手なんて、元夫と部下じゃなければ良い。子供ができれば良いのだから。


最低な考えだ。自分でも辟易する。だけど、誰かを選ばなきゃならない。


お色気たっぷりの裏切り夫。

ロリ系であざとく、夫を奪った部下。

そしてこの誰か知らない人!


アンネマリーが元夫じゃなければ選んでいただろうか……いや、性欲が強い女は受け付けない。


フェリシアが元部下じゃなきゃ選んでいただろうか……いや、あざとい女は好きじゃない。


だったらこのひとで良いのだろうか。だが問題はこの人が誰だと言うことだ。夫の3号だったり、部下の彼だったら身も蓋もない!


「混乱しておいでですわね?」


「混乱とは?身に覚えがありませんが?」


そう、私は表情に出していない筈だ。プライベートと仕事は別!ポーカーフェイスができなければ営業なんて、王子なんてできない!


「男性として転生し、そしてあのふたりと出会われたのですもの……当然のことですわ」


とは言えど、流石にこの台詞には驚いた。思わず間抜けな声が出る。


「は?」


キッと睨むとジュリアナは優雅に微笑んだ。


「お気づきにならなくて当然ですわ。以前の私は人ではありませんから……」


「え?どういう……」


何を言ってるの?流石にポーカーフェイスはできない。混乱の中の混乱。大混乱だ!


「私、ソファですわ。あなたが購入したソファの付喪神です」


ジュリアナの言葉に、私は目の前が真っ暗になった。


(そんなの……分かるわけないじゃない!)

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