第2話
私には前世の記憶がある。
異世界転生物でよく聞くフレーズだ。
だが実際転生すると思っているのは、世の中に何人いるのだろう。物語だと割り切って読んでいた私が、まさか転生するなんて思ってもみなかった。
前世の私の名前は木島啓子。女。享年46歳。
地域に名の知れた、それなりの企業で営業課長としてバリバリに働いていた。いわゆるバリキャリだった。
そんな私には夫がいた。同じ会社に勤める夫は私より年下だった。総務の係長を務め、将来の幹部候補だった。
私たちはお互い仕事に夢中だったため、子供もできなかった。それでも良いと思っていた。世の中には色々な夫婦の形がある。定年後には犬を飼って、ふたりでのんびり暮らしたいねと話し合い、老後の貯金もばっちり貯め、人生計画を立てていた。
だがある日、残業を終えマンションに帰った私が見たのは夫と女性が、リビングのソファで激しく愛し合う姿。
ショックだった。浮気なんてしないと信じていた夫が、よりによって私が一目惚れし、大枚はたいて買い、しかも何度も愛を確かめあったソファの上で、他の女と寝ていることが!
しかもよく見ると相手の女性は私の部下。
有能な彼女を見込んで、私は大事に育てていた。なのにとんだ裏切りだ!
あまりにもショックすぎて、詰め寄ることも、問い詰めることもできず、私は家を飛び出した。
悔しくて悔しくて泣きながら走った。だから前を見ていなかった。
パッパーっとクラクションの音が鳴り響く。その音に気がついた時には車の多い大通り。信号はない。そこで車にはねられた。
身体は大きく円を描き宙を舞う。そしてそのまま固い地面に打ち付けられた。
痛烈な痛みを全身に感じ、と同時に温かい血が身体からどくどくと流れた。
車の運転手が私に駆け寄ってくる。慌てている姿がぼうっと霞んで見える。
あなたは悪くない。私も悪くない。
悪いのは私の夫。そして私の部下。つまり浮気したふたり。
このまま死んでしまうと、罪のない人が罪に問われてしまう。
それだけじゃない。私の貯金が、保険金が、買ったマンションが、大事にしていたソファが!浮気夫と浮気女のものになってしまう。
こんな状態で死ねるか!と思っても人は死には抗えない。
どくどくと流れる血を眺めながら、そんなことを考えながら目を瞑った。自分の人生を呪いながら。
人生は、人とは儚いものだ。
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