第2話
それから数日、アーサーは俺が言った通りにしてくれた。つまり、ユウオにきついことを言わず、解雇通告などしなかったかのように振る舞った。
ユウオが戸惑えば俺が話しかけ、力の制御について教えた。
俺とアーサーの話を知らないレナも気の毒で、俺たちまで仲違いするんじゃないかとハラハラしているようだった。まあ彼女にはアーサーが説明してくれるはずだ。
「よし、それじゃ今日は町に出ようか」
俺が言えば、ユウオは目をぱちくりとさせた。
「ユウオの魔杖、だいぶ古びてるだろ? 手入れに出したことあるか?」
「え」
意外なことを聞いた、という様子だ。
「手入れって何ですか?」
案の定だな、と俺は思った。
魔杖は普通、ほいほい買い換えるものじゃない。ただ、使い続けていると魔力詰まりが発生する。普通なら、術のかかりが悪くなってきて「そろそろきれいにしなきゃ」となるんだが、ユウオの魔力なら少しくらい弱まっても気づかないのかもしれない。
それとも。
俺は少しだけ疑っているというか、「もしかしたら」と考えていることがある。それなら、説明できるかもしれないことが。
「その杖がどこで作られたかは知ってるか?」
ひとまず、俺はそんなことを尋ねた。
「どこって、場所ですか?」
「場所でもいいけど、どこのメーカーとか」
「めーかー?」
「あ、いや」
こほん、と俺は咳払いをした。
「ブランド……ええと、どこの工房やら職人やらが作った、みたいな。銘が入ってたりしないか?」
「ああ、それだったら確か」
ごそごそとユウオは彼の短杖を取り出した。
「ここに何か刻まれてました」
「『何か』」
ここまで頓着しないのもすごいな、と思いながら俺はその杖を見せてもらった。
勇者のパーティーに入っているなんて、言うなればプロだ。プロのカメラマンが自分の使っているカメラについて、ロードレーサーが自分の自転車について、バイオリニストが自分の楽器について何も知らないなんてあるだろうか?
「ええと……だいぶ薄れてるけど、ヴォル……ヴォルドヴァンド? 聞き覚えあるな、確か、古いけど有名な職人のシリーズじゃなかったかな?」
伝承にも出てくるような魔杖職人のブランドだったはずだ。いわゆる「大手」に相当する。
「いい魔杖だよ、大事にしないと」
「はあ」
どうもぴんとこないようだ。ユウオにはこういうところがある。打っても響かない、と言うんだろうか。反応が薄い。すぐに白黒はっきり付けたがるタイプのアーサーとは、シンプルに相性が悪いのかもしれない。
ともあれ、俺はそのままユウオを連れて、馴染みの魔杖屋に向かった。
「おう、きたな悪ガキ」
「勘弁してくれよ、もう成人したって」
魔杖屋のオヤジは俺が鼻を垂らしたガキだった頃からの顔見知りだ。遠慮がないのはいいが、いつまでも子供扱いは困る。
「今日はこいつの杖を見てもらいたくてきたんだ」
俺の背後にまるで隠れるようにしていたユウオを押し出す。ユウオはぺこりと頭を下げた。
「例の仲間か?」
「まあね」
「へえ、若いのに大したもんだな」
「俺は悪ガキで、こいつは『若いのに』かよ?」
「お前と違って賢そうな顔だからな」
「言ってくれる」
これは俺とオヤジのコミュニケーションだが、初めて見るユウオは戸惑っているようだった。いいから杖を出せ、と俺は促す。
「ほう、ずいぶん古いな。だがぱっと見ただけでいいもんだとわかる。こいつは手入れのしがいが……ん?」
オヤジの目が杖の持ち手近くに釘付けになった。薄れかけの銘が入っているところだ。
「ああ、それ確か、昔の有名な――」
「まさか、ヴォルドヴァンドの初期型か!?」
「へ?」
俺とユウオは揃ってきょとんとした。
「知らんのか!? ヴォルドヴァンドの初期型には、まじで魔杖職人ヴォルドその人が作ったものもあるんだ! クセがあって使用者を選ぶが、ハマりさえすれば抜群の安定性と正確性を見せるはずで、何より稀少品だぞ!」
オヤジはテンション高く話す。俺も「そんなにすごいものなのか」と感心したが、当のユウオはまた「はあ」などと言っている。感動の薄い奴だ。
「安定性と正確性、ねえ」
正直、いまのユウオに欠けているものである。
「つまり、ユウオはそいつを使いこなせてないんじゃないか?」
「どうでしょう」
まるで他人事みたいな態度である。
「正直、手入れの必要はほとんどないな。魔力詰まりは全く起きていないし、照準も狂ってない。いやあ業物だ」
すっかり感じ入った様子のオヤジに、俺は心配になった。
「高いのか? それ。普通に使ってていいもんなの?」
「俺には判断できんよ」
手を振ってからオヤジは、そうだ、と言った。
「史録堂に行ってみたらどうだ」
「しろくどう?」
「ほら、あの変わった建物だよ。古いもんばっかり集めて人に見せてる」
「あー、あれか、あの……博物館」
「はくぶつかん?」
「いやいや」
何でもない、と俺は手を振った。
「古い魔杖に詳しい学者がいたはずだ。どの程度貴重なもんか教えてもらえるんじゃないか」
「どうする?」
親父に提案された俺は、そこでユウオに尋ねた。
「お前の杖の話だし。知りたいなら行ってみてもいいけど、もしすごくレアもんで『使うなんてとんでもない、いますぐ寄贈しろ』なんてことを言われたらそれはそれで困るだろ」
歴史的に価値があるなら博物館のような場所できちんと保管することの重要性は前世の記憶が教えてくれるが、この杖がユウオにとって便利なものであるならいまの俺はそっちを優先したい気持ちだった。
「そこにはほかの杖もあるんでしょうか」
「へ?」
「ああ、ヴォルドヴァンドも何本か展示されてると聞いたことがある。ガチの初期型、つまりヴォルド本人が作ったものも」
オヤジが答えた。
「じゃ、行きます」
「お、おう」
ユウオはオヤジから自分の杖を受け取ると、そのままさっと踵を返した。これまでの「特に興味ないです」みたいな様子から一転している。何なんだ。
俺はオヤジに礼を言い、また今度頼むよと挨拶をして、杖屋をあとにした。
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