第二話 チュートリアル



「つまり、記憶喪失で私のこともここがどこかも何も知らない、さらには右腕が丸ごと無くなっていることも知らないし、なぜか痛みも感じない、と。」

「はい...」

「いやぁ、参ったねぇ。こうなると色々と面倒そうだ。」


 謎の女性との対面から十分後、質問責めの後に、どうにか記憶喪失であなたのことは知らない、ということに納得してもらった。


「納得いかないねぇ。私は三年も待ったのにこんなことになってるなんて。」


 どうやら納得はしてくれてないみたい。とはいえこればかりはどうしようもない。


「すみません、逆に質問していいですか?」

「……あぁ、質問したいのはリュウ、記憶喪失の君の方か。錯乱してて配慮が欠けていた。すまない。」


 そう言う彼女の目はどこか虚ろだった。


「ここはどこで、あなたは何者ですか?」

「私は君の......同級生、クラスメイトだった坂井緑だ。同い年だし、今後もよろしく。」


 彼女、緑さんは絞り出すようにそう言った。その声からは、嘘をついているようには思えない。ただ、どこか隠していることがあるかのように思えた。


「ここは、私たちの世界とは違う世界。いわゆる異世界だ。」

「……冗談ですか?」

「残念なことに真実だよ。明らかに現代日本とは違った気候、現代科学とはかけ離れた技術、具体的には魔法が使われていて、おまけにどの生物とも似つかない創作の世界のようなモンスターがいる!」


 緑さんはヤケにテンションの高い声でそう言った。言われてみれば、ゲームでしか見たことのないようなヨーロッパの家屋など、納得の行く点もある。ただもう何がなんやら。混乱している俺を無視して、無理に明るい様子で緑さんは話し続けた。


「私も最初は驚いたけど、なかなか居心地がよくてね、ここでのんびりスローライフしてたら三年も経ってたよ。」

「元の世界に戻りたいとは思わなかったんですか?」

「一応方法は模索したんだけれどね、転移技術を持っている人間の国と関係が悪化していてなかなか時間がかかりそうなんだ。」


 かなり予想の斜め上の、現実的な回答をされた。ここの世界の人間も考えることは変わらないらしい。と言うことは俺も元の世界に帰るのは当分先になりそうだ。でも帰る手段の存在があるだけで、大分マシな気がした。


「異世界の存在は受け入れてくれたかい?」

「いや正直受け入れてはないです。られないです。」

「そりゃそうか。」

「ところで、」


 俺は辺りを見渡して言った。周辺は灰色の壁、緑さんと俺の間には鉄格子があり、背後には甲冑を着た、人間味を寸分も感じない騎士がいる。おそらくさっきまで俺を取り押さえていたのはこの甲冑ペアだろう。


「ここはどこですか?」

「というと?」

「この世界が異世界なのはわかりました。じゃあなんで俺はこんなところにいるんですか。」

「あぁ、確かに説明してなかったね。」


 その後、彼女は少し困ったような表情を浮かべた。その表情が儚げに見えて、少し鼓動が速くなるのを感じた。


「ここはレオンハルト宮殿の地下の牢獄。私も来たのは初めてだよ。」

「あぁ……」

「正当な手段で入ってきた人間ではないからね、国王が一時的にここに監禁したのさ。事情を話せば開放されると思ったけど、記憶喪失となると信用を得るのは難しいかもね。まぁなんとかなるさ。」

「随分と楽観的ですね。無実の人間を即刻牢に放り込むような人から信用を得られるんですか?」

「君とは違って私は信用されている。それと、」


 そこで少し間を置いて、彼女は呟いた。


「あの方、フェルディナント王は人ではない。もっと言うと、この国では私たちを除いて、人間はいない。」

「……さっきあなたが話していたモンスターですか?」

「そうだ。」


 まるで□□□□□□□のような創作の世界のようにしか思えない。と言うことは後ろの甲冑ペアもモンスターなのか。

 

「……これから俺はどうなるんですか。」

「私と同じような流れだとすると、まず手術を受けてもらう事になるね。君を魔法が使える体にさせるための。」

「別に魔法なんて使いたい訳じゃ……」

「気持ちは分かるよ、でもこれは義務なんだ。モンスターは魔法をコミニュケーションツール、言語の代わりとして使っている。」


 そう言って、緑さんは奥の甲冑ペアへ目配せした。彼らは頷き、歩き出して緑さんの隣に立った。その姿は、まさに以心伝心といった感じだ。


「今私は言語魔法で、私の側に来てくれ、と伝えたんだ。」

「なんでそんな。」

「モンスターは音が聞こえない。音という概念が存在しない。だからこういう進化をしたのだろうね。」

「となると魔法が使えないと本当に生活ができない、ってことですか。」

「文字通り五感のうちの一つとして当然あるものだからね。目が見えない人が盲導犬や白杖を用いるように、魔法という道具が必要不可欠なんだ。」

「……少し整理する時間をください。」

「情報が多かったね。記憶喪失で混乱しているだろうに、すまなかった。」


 気を使ってくれてるのか、そうでないのか分からない、掴み所のない、□□□□□□で読んだ□□□□のようだ。





「……もう大丈夫です。手術後は何があるんでしょうか。」

「フェルディナント王との謁見だろうね。さっきも言ったけれどそれなりの信用が必要だからね。まともに受け答えした上で、叛逆の意志がないことさえ示せれば大丈夫さ。」

「いや一国の王ですよね!礼儀とかマナーとかなんもわかんないですよ俺。」

「君だって初対面のマウンテンゴリラに礼節を説く気にはならないだろ?それと同じさ。」


 案外そんなものなのか?と思ったが、まぁなんとかなるって、と満面の笑みで言われたら、案外なんとかなる気がしてきた。


「その後は?」

「知らない。」

「知らないって……」

「君がやりたいようにやればいい。旅をしたいのであれば旅をすればいいし、私と共に過ごしたいのならそうすればいい。魔法戦士としておそらく十年以内に起こる戦争へ兵士として参加してもいい。」


 どれも現実的には聞こえない。もしかしたら前世では旅行好きだったかもしれないが、旅の記憶は俺の脳にはカケラもない。そう考えると大切な思い出を全て忘れてしまっているとしたら、それはとても切ないことなのかもしれない。また初対面(緑さんにとっては違うのだろうが)の女性といきなり同棲を始めるのも、一般日本人が戦争に参加するのも、非現実的な話に思えた。


「以上かな?」

「いや以上では……」

「悪いけど時間みたいなんだ。」


 聞きたいことは、いっぱいあった。緑さんの発言で引っ掛かる点、それ以外にも前世での具体的な関係性だとか、魔法とは?モンスターとは?


 そして何より、さっきからずっと感じている、胸を締め付けられるような、うっすらとある切ない記憶の正体。


 そんなことを聞く隙を与えずに、甲冑ペアがまた取り押さえにかかり、瞼がふっと重くなる。薄れゆく意識の中、最後に聞こえた声。


「それじゃあ、また手術後で!」

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