第5話


「どういうことだよ……! そういう子守は教会の仕事だろうが……!?」

「いやーほんとにそうなんだけどね? ちょっと事情があるっていうか……」


 荒ぶるピコラに対して少し申し訳なさそうなロロロッサ。

 そんなロロロッサのことを気にもせずピコラはヒートアップしていく。


「一体全体どういうことなんだよ! こちとらただの肉屋だぞ!? 肉売るのが仕事なのに、子守なんてやってられるか!」

「まあまあ落ち着いてよピコラ! ちゃんと説明するから!」


 ロロロッサの大声で少しだけヒートダウンするピコラ。

 大きく深呼吸を一つ行い、気分を落ち着かせる。

 改めてロロロッサの後ろにいる少女を見てみるとかなり怯えた表情でこちらを見ていた。


 絶対碌な事じゃない。

 今すぐ逃げたいが教会が関わっているかつピコラが一応異端判定されている以上逃げるのも断るのも難しい。

 というかこういうことをピコラに話そうとしている時点でロロロッサは逃がす気はサラサラないのだろう。

 つまりロロロッサに店に入られた時点でピコラはもう逃げられないのである。


 長いため息を吐いた後、ピコラは覚悟を決めてロロロッサに問う。


「それで、どういうことだ」

「えっとね、簡単に言うと囮捜査の一環なんだよ」

「囮捜査?」

「だってほら、考えてみてよ? あんなチンピラの下っ端が大した情報もってると思う?」


 確かに言われてみればそうだ。

 隠れて危険なことをしているのに、それが漏れるリスクを考えたら情報の統制は当たり前だ。


「噂のストーっていう商人も今のところ怪しい動きは皆無。その他怪しい動きをしてる奴がいないか調べたけど表も裏も成果なし。ほんと困っちゃうよね」

「それでその子を使って囮捜査ってわけか」

「うん。まあ半分くらいダメ元だけど。わざわざ危険を犯してまで奴隷を取り戻すよりも逃げた方が賢明だと思うし」


 少し疲れたような顔でため息をつくロロロッサ。


「……じゃあ、なんで私に預ける話になってんだ。適当に孤児院に入れときゃいいだろ」

「……実はね、そっちの方が本題だったりするんだ」

「………」


 ロロロッサの言葉に明らかに嫌そうな顔をするピコラ。

 ピコラが厄介事に加わることになる理由、ロロロッサの後ろで縮こまっている少女を教会が運営する孤児院に入れられない理由。


「この子に呪いが掛かっているって話したよね」

「ああ」

「解けなかったんだよ、この子の呪い」

「はあ?」


 呪いというのはそこにあるだけで本人どころか周囲にも被害をまき散らす。

 弱い呪いなら周囲に与える影響は少し気分が悪くなる、軽い頭痛がするなど取るに足らない程度ものだが、強い呪いならそうもいかない。

 ものによっては近づいただけで並の人なら即死する呪いがあるとピコラは聞いたことがあった。

 呪いを解呪できるのは神聖な神の力だけというのも厄介さに拍車がかかっている。


 このことを踏まえると……少女には解呪のプロである教会が解呪できないほどの強い呪いがかかっていることになる訳で。


「どういうつもりだロロロッサ……!」

「し、心配は最もだけど落ち着いてよピコラ。現に今ピコラにも私にも悪影響は出てないでしょ!」

「じゃあちゃんと説明しろ!」

「するから! 一旦落ち着いて!」


 ロロロッサの胸倉をつかみ上げるピコラ。

 呪いにかかった少女なんて厄介事の極みみたいなものだ。

 今は何故か呪いの影響が周囲に出ていないみたいだが、いつ、どんな影響が周囲に出るか分からない。

 命に関わり得る厄介事、そしてそれから手を引けない状況にピコラはかなりキレていた。


「まずこの子の呪いだけど……うちの解呪専門の神官が言うには、外部に一切影響を与えない代わりに外部からの一切の干渉をはじく……そんな感じで構成されている呪いだって」

「……なんだそりゃ、そんな呪い初めて聞くぞ?」

「私だって初めて聞くよ! そもそも呪いって魔法というより現象に近いものだし、そんなことできるなんて思えないけど……事実、この子の傍にいた生物は一切悪影響が出てなかったし……もー正直よく分かんない!」

「投げ出すなよ聖職者」

「よく分かんないものはよく分かんないの!」


 憤慨するロロロッサに少し呆れるピコラ。

 どんな呪いでも多かれ少なかれ周りに影響を出すものだ。

 周りに一切影響を及ぼさない呪いが本当にあるのかピコラは訝しむが、とりあえず置いといて話を促す。


「それで? 何で私なの?」

「あ、そうだった。えっとね……この子にかけられた呪いがね、食人鬼グール化の呪いなんだよ」

「あー……それで私が選ばれたってこと?」

「うん、そういうこと」


 食人鬼グールというのは文字通り人を食う魔物のことだ。

 一応広義的には人を食べる魔物全般を指すが、一般的には屍鬼ゾンビに似た人型の魔物を指すことが多い。

 人型の食人鬼には『人しか食えない』と『飢餓状態になると暴れる』という特徴があり、これが今ロロロッサの後ろで縮こまっている少女を孤児院に置けない理由だろう。


「人肉を扱ってるピコラに是非引き取ってもらおうと思って!」

「……孤児院に置いといてうちに買いに来てもらう方が嬉しいんだけど」

「教会関係者が人肉買ってるなんて醜聞出せるわけないよね! あと、下手に孤児院に置いてこの子が暴れたら大変だし」

「だよなー……」


 もっともな意見である。

 だからといって他人に押し付けるのは最低だと思うが。


「はぁ……事情は分かった。それで期間は?」

「ん?」

「期間はって聞いてんだよ。いつまでも子守なんかできるか、最低でも期間は設けてもらわないと」

「あー……じゃあ、この子の解呪方法が判明するまでってことで……」

「おい」

「何ピコラ」

「さっき呪い解けなかったって言ってたよな」

「うん」

「専門家が言うには外部干渉を一切はじくって言ってたらしいな」

「うん」

「そんな状態でどうやって解呪方法を見つけるんだ?」

「……」


 嫌な予感がピコラに走る。

 そもそも呪いの解呪方法を探るならピコラに預けたりしないだろう。


「これってもしかして実質無期限じゃ……」

「それじゃあ後は任せるねピコラ! その子の名前はテトラって名付けたから! それと、チョーカーとブレスレットは絶対外さないでね! よろしく!」

「あ、おい待て!」


 ピコラの言葉を遮って早々に店を出ていくロロロッサ。

 残されるピコラとテトラ。

 テトラがこちらを見る目は明らかに怯え切っていて。


「どーすんだよこれ……」


 ピコラは思わず天を仰ぐのだった。

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