第4話
刹那。ピコラは叫んでいた。
「こいつら奴隷売買の関係者!」
何故叫んだのかピコラ自身も分からない。
正義感なんてとっくの昔に捨てたはずだったが、それでもピコラはロロロッサに向けて叫んでいた。
「てめえ! 審問官と繋がっt
ドドパーン!!!
大柄な男の声が途中で掻き消える。と同時に凄まじい衝撃音が店の中に響く。
気付けばロロロッサがピコラの前に立っていて、壁際で男たちが伸びていた。
「それで? 話を聞こうか、ピコラ?」
「へえ~すごい偶然もあるんだね~。まあこちらとしては手間省けていいんだけど」
「それじゃとっととこいつら引き取ってくれ。私は面倒事が嫌いだからな」
ロロロッサに一通り何があったか話した後、ピコラは気だるげそうに息を吐く。
ついさっき話した噂が本当かつ自分に関わってくるだなんて思ってもみなかった。
これから起こりそうな面倒事についてどう対処していくかピコラが考えていると。
「あ、この子呪いにかかってる」
「呪い?」
ボロボロの女の子を診ていたロロロッサが声を上げる。
呪いとは人や物、場所に対する強い感情に魔力が結びついて起こる現象のことだ。
弱いものから強いものまで振れ幅はあるが、基本的に掛けられたものや周囲に悪影響しか与えない。
解呪できる人間や物もかなり限られており、滅多に起こらないことが救いだ。
「どんな呪いだ?」
「さあ? 凄まじく強力ってこと以外よく分かんない」
「おい聖職者」
「解析とか解呪とかは私の専門外なんだよ!」
憤慨するロロロッサに呆れるピコラ。
呪いの解呪は基本的に教会が行っている。
ロロロッサも教会に所属しているので期待したが、どうやらできないらしい。
「私やピコラに影響がないってことはこの子自身に強力にかかってるタイプだね。このタイプは解呪が難しいって聞いたな~」
「へえー。……あ、そういえば聞き忘れたことって何だったんだ?」
「すごく興味なさそう! ……怒りで飛び出したのはいいけど肝心な奴隷商人の名前を聞き忘れてたから」
興味なさげに返事をしたピコラをジト目で見つつロロロッサが答える。
そんなロロロッサの視線を無視しながらピコラは件の商人の情報を思い浮かべていく。
「確か……ストーって名前だったな。一か月前にこの街に来てそこからメキメキと頭角を現してきている。何でも見たこともない道具や食べ物、高価な香辛料まで様々なものを大手商会に卸しているらしい」
「ふーん……調子に乗った若手商人が手を出しちゃいけないものに手を出した感じかな。まあ詳しいことはこいつらから聞くよ。協力感謝♪」
そう言ってロロロッサが片手で女の子を担ぎ、片手で男二人を掴み上げる。
小柄な身体のどこにそんな力があるのか、いとも軽々と三人を運ぶ。
運ばれていく少女の姿を見て、ふと気になったピコラは声をかけた。
「なあ、その子はどうなるんだ?」
「へ? どうなるって……重要参考人だし、ちゃんと解呪して治療して教会で保護するけど」
「その後は?」
「その後?」
少し真面目な顔で話しかけるピコラにロロロッサは訝しむ。
「事件が終わった後はどうなるんだ?」
「そりゃ……見るからに孤児っぽいし教会が運営する孤児院に入れておしまいじゃない?」
「……そうか」
「何ピコラ~? この子がそんな心配なの~?」
からかうようにロロロッサが尋ねるとピコラはバツが悪そうにそっぽを向いた。
「心配に決まってるだろ。そんなボロボロの子供、誰だって気に掛ける」
「へえ~、面倒くさがりの自己中なくせに子供を気に掛ける良心は持ってるんだ?」
「うるさい。とっとと仕事しろよお子様審問官」
「はあ!? 私はお子様じゃないですー! ちゃんと立派で大人な審問官ですー!」
ピコラのお子様発言に憤慨するロロロッサ。
そんなロロロッサを見てピコラはため息をついた。
「そんな風にいちいちキレるところがお子様なんだよ。さっさと行った行った」
「むう~それじゃまたねピコラ!」
ふてくされながら少女と男たちを連れて店を後にするロロロッサ。
それを見送ったピコラは一際大きくため息を吐く。
(これで面倒事は教会が負うことになった。ちょっとした火の粉はかかってくるかもしれないけど、教会のせいにすれば大丈夫……なはず)
ピコラは面倒事が心の底から嫌いだ。
特に自分が何も関わってなかったのに突然巻き込まれるタイプの面倒事が大嫌いだ。
一から百まで、少しも関わりたくないと思っている。誰も対岸の火事に飛び込みたくないのと同じだ。
少女のことを聞いたのもなるべく関わらないようにするためである。
確かに少女を心配する気持ちが無い訳ではないが、それより遥かに面倒事を避けたい気持ちが大きかった。
「奴隷売買か……碌な事にならないのによくやるな……」
午後からの商談の準備に向かいながらピコラは呟く。
ふいに脳裏にその末路の光景がさあっと走った。
「いやいやいや。私にはもう関係ないことだ。誰に何を言われても私には関係ない……」
少しの沈黙の後、嫌な記憶を拭うように首を振る。
「はあ……思い出したくないこと思い出しちまった……今日は早く仕事終わらせよ……」
少し憂鬱な気分のまま、ピコラは午後の商談の準備を進めるのだった。
数日後。
ピコラは朝から嫌な予感がしていた。
寝坊はするわ、コーヒーをこぼすわ、挙句の果てに派手にすっころんで額をしこたま打つわ。
「嫌なことが続くな……」
こういう嫌な事に限ってとことん続くものだ。
そしてまだとびきりでかい嫌なことが残っているような気もしていた。
いつもの時間に店の開けると、店の前にロロロッサが立っていた。
いつも開店から十数分後にくることが多いのに開店前からいるのはかなり珍しい。
「おはようピコラ!」
「おはようロロロッサ。今日は早い……な」
ピコラはロロロッサの後ろにいる人物を見て言葉に詰まらせた。
小柄なロロロッサに隠れるようにして身を縮こませている少女は明らかに見覚えがある。
ガッ!
咄嗟に扉を閉めようとするがすんでのところでロロロッサに阻まれる。
「ねえピコラ少し話があるんだけど!」
「私にはないから帰ってくれないかなぁ!?」
「嫌だ!」
「帰れ!」
両手を使い、全体重をかけて閉めようとするが一向に閉まる気配がない。
それどころか少しずつ開いていくのでピコラは思わず恐怖を感じた。
最終的に抵抗虚しくロロロッサと少女に店の中に入られてしまった。
「それでピコラ。話っていうのはね……」
「あーやめろ聞きたくない絶対碌な事じゃない私には分かる」
話を始めようとするロロロッサを早口で遮る。
しかしロロロッサは止まらない。
「ピコラにねー」
「おいおいおいそれ以上言うんじゃない。私をこの件に関わらせようとするんじゃない」
「この子を引き取ってもらおうと思うんだ!」
ロロロッサが放ったピコラの想像の斜め上をいく発言で
「はああああああああああああああ!!!!????」
一瞬の静寂の後、ピコラの絶叫が響くのであった。
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