第3話
「おい、あんた大丈夫か!?」
ピコラが慌てて少女に駆け寄ると少女は力尽きたかのようにピコラの方に倒れ込む。
息はまだあるので意識を失っただけのようだが、その息は小さく、儚い。
細い枯れ枝のような身体も相まって今にも息絶えてしまいそうな少女をピコラは放っておくことができなかった。
「ああ、くそっ! こうゆう時どうすればいいんだ……? とりあえずベッドに寝かせてから……」
ピコラが少女を二階の自宅のベッドに寝かせようと少女を運ぼうとした時。
バンっ! と店のドアが壊れるような勢いで乱雑に開かれ、男が二人入ってくる。
一人はネズミのような小柄で汚れている、如何にもひねくれてそうな痩せた男。
もう一人は大柄で汚れている、如何にも気に入らない奴は殴り殺してきたかのような下卑た笑みを浮かべる男だ。
「あ……? 何だお前ら。この子の関係者か?」
「フヒヒッああそうだな。それの関係者だ。渡してくれたら何もしないでやるぜ~?」
「やるぜ~?」
大柄な男の胡散臭い言葉とそれにひっつく小柄な男の言葉。
明らかに少女を渡しても何かしらしてくるだろう二人の言葉にピコラは分かりやすく顔をしかめる。
(何だこいつら? 柄が悪いってレベルじゃねーし、この子と何の関係が……ああ、なるほど)
「あんたら奴隷売買の関係者か。となるとこの子はあんたらから逃げ出してきた奴隷……て感じだな?」
「フヒッあんたもこっち側の奴か? なら話は分かるだろ、早くそれ寄越せ」
「寄越せ!」
ピコラの言葉は当たりだったようで、大柄の男の下卑た視線が消える。
裏社会で生きていくのに繋がりは必須だ。意外な奴が思わぬ大物と繋がっていることなんて特に珍しくもない話である。
変に手を出してお礼参りで殺されるなんて誰だって勘弁願いたいだろう。
そのため裏社会の奴は同類にはよっぽどのことがないと手は出さない。自分から虎の尾を踏みに行くバカはこの世界じゃすぐに死ぬ。
小柄な方は分かってないみたいだが、この大柄な男はそこら辺が分かっている。
当然ピコラもそこら辺は分かっている。
「ああ分かってるよ。好きに持って……ん?」
ピコラが少女を床に降ろして離れようとする。が、少女は離れない。
よく見ると気を失っているはずの少女がギチィ……と音が出るくらいピコラの服を握りしめていた。
振り離そうと力を込めるが枯れ枝のような身体のどこにそんな力があるのかびくともしない。
「おいおいちょっと待てよ……」
確かにこの少女を男たちに渡すのはピコラにとっても抵抗感がある。
少女の身なりや身体中にある痛々しい傷跡、ろくな扱いを受けていないのは火を見るよりも明らかだ。
命からがら逃げ出してきた少女を保護するという正義感に駆られた行動がきっと正しいのだろう。
(勘弁してくれ……私だって心が痛いんだよ……)
しかし、血に塗れ絶望が渦巻く裏社会じゃそんな甘ったれたことは通じない。
下手な正義感は簡単に身を滅ぼすものだ。中途半端に助けても良いことは何一つない。
そんなことをしても、ただピコラが殺され、少女が奴隷商人の下に連れ戻されて終わりになる。
(どんな規模かは分からないけど世界的に禁止されている奴隷売買ができる力を持った奴がこいつらの後ろにいるんだ。一介の肉屋が首突っ込んでもただ消されるだけだ)
相手は奴隷売買を行えるだけの資金力と繋がり、それを秘密裏にできるほどの武力と組織力を持っている。敵に回すことはそのまま死を意味するだろう。
ここで少女を男たちに渡して穏便に帰ってもらうことがピコラにとって最善の選択だ。
「おい女! 何してんだ早くしろ!」
「早くしろ!」
男たちがピコラを急かす。
が、相も変わらず少女の手はピコラをがっちりと掴んでいて離れる気配はない。
(お願いだから放してくれ……! 面倒事は本当に大嫌いなんだ……!)
固く握りこめられた拳の指を一つずつ開こうとするが、それもできない。ありえないほど固く強く握られた拳は生きようとする少女の本能だろうか。
ピコラが四苦八苦している中、大柄な男がしびれを切らしたかのように近づいてくる。
「何グズグズしてんだこのアマがっ! 寄越せっ‼」
「うわっ!」
男が少女を強引に引っ張ると流石の少女も耐えられなかったのかピコラの服を放してしまった。
その時だった。
「ごめんピコラ。ちょっと聞き忘れたことあるんだけど……?」
どこか間の抜けた、問いかける声。
ついさっき笑顔で別れた見慣れた顔。
教会が所有する暴力の権化たる異端審問官ロロロッサが店の入り口に立っていた。
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