第2話 常連

 商業都市エガンド。その名の通りあらゆる商業で発展してきたこの都市は年がら年中多種多様な人で溢れている。

 しかし、それは主に中央区や南区、東区に限った話だ。人がたくさんいる所があるならば、人がいない寂れた場所もあるのが当然。道を一本外れれば訳アリ人や貧乏人がたむろするような場所がエガンドにはそこら中にある。

 特に西区と北区はそのような場所が集中して……というより固まっており、さらに寂れた人のいない場所は悪人が住み着きやすくなっており……まあ、お世辞にも治安が良いとは言い難い。

 ピコラの店はそんな治安の悪い西区の一角にあった。






「おっはよー! ピコラ! コロッケ一つ!」

「おはよう、ロロロッサ。うちにコロッケはないよ」


 ピコラが店を開けて十数分。快活な挨拶共に力強く店のドアが開けられる。

 そこにいたのは全体的に白い少女だった。身長はピコラより低い150㎝ほど、病人のように白い肌に真っ白な銀髪と白をベースとした長袖の神官服。差し色の赤と真っ赤な瞳がよく映える妖精のような少女は真っ直ぐピコラの前に立つ。

 店のカウンターを挟んで向かい合う二人。

 ロロロッサは入ってきたときの笑顔はどこへやら、不機嫌そうな顔で頬を膨らませ、それを見たピコラは呆れたように息を吐いた。


「何で肉屋がコロッケを売ってないのさー! 中央区の肉屋はみーんなコロッケ売ってるよ!?」

「ここは西区だ! コロッケ食べたいなら中央区で買え!」

「管轄内の肉屋はここしかないんだって何度も言ったでしょー! いい加減コロッケ置いてよ!」

「コロッケ作る費用だけでこっちは赤字になり得るんだよ! どれだけ油使うと思ってんだ!」

「私毎日買うよ!?」

「あんたしか買うやつがいねーんだよ!」

「えーー!? コロッケ食べたい! コロッケコロッケコロッケコロッケコロッケ!」

「うっさい!」


 子供のように駄々をこねるロロロッサにピコラが怒鳴るように対応する。

 ここ最近、毎日のようにやり取りしている内容だ。ピコラの店の数少ない常連であるが会うたびにこうやってコロッケを求めるのは勘弁してほしい。

 そもそもロロロッサがここでいつも買っているのは肉ではない。


「はぁーまあいいや。とりあえずいつもの。とびきりでかいものだったらいいなー」

「んー違法薬物の売人が『宿り木の家』っていう宿屋に集まっているって聞いたな」

「おっけー♪ 他にはないの?」

「他には……あ、最近やってきた商人が奴隷売買に手を染めてるなんて噂も聞いたな」

「そっかー奴隷売買かー今時そんなことする屑がまだいるんだねー。情報ありがと!」

「……あくまでも噂だからな? 確証なんてないぞ?」


 ロロロッサがピコラの店で買っているものは情報だ。

 彼女は世界的に広まっているスファル教の異端審問官。主な仕事は教会に反する異端を狩ることだが……世界的に有名な宗教に真っ向から反する異端が出ることはほとんどない。

 100年くらい前にスファル教が神敵認定した魔王との戦争が終わった後からは特にだ。

 当時は英雄のように讃えられ活躍していたらしい異端審問官だが今では規模は縮小し、教会が独自に抱える自警団のようになっている。


(とはいえ規模が小さくなっただけで個人個人の実力は化け物じみてるみたいだからなぁ……)


 かく云うピコラ自身も立場としては審問官に狙われる立場ではある。

 死人の冒涜は異端らしい。


 初めてロロロッサと会った時に人肉を捌いていることを見抜かれ、危うく処罰されそうになったが情報提供する取引でなんとか見逃してもらっている。

 融通が利くやつで本当に良かったと心底安堵したものだ。

 そこからなんやかんや長い付き合いになる。


「それじゃ、また来るねー!」

「おう。……あ、今日午後は店閉めるから。来ても意味ないぞー」

「ふーん……分かった。それじゃ、また明日!」


 店に入った時と同じように元気よく出ていくロロロッサ。

 きっと今から調べまわったり潰しまわったりするのだろう。

 眩しいくらいの笑みを浮かべているところを見ると年相応の子供にしか見えない。


(このままずっと良い関係でいたいものだね……)


 そんなことを思いながらピコラは静かになった店内で一人あくびをする。

 表向きはただの肉屋のピコラの店は治安の悪い西区ではいつも閑古鳥が鳴いている。普通の牛肉や豚肉を買いに来る客なんて久しく来ていない。

 人肉や魔物の肉を買いにくる客は基本裏口から買いに来るし、そもそもそういう表に出せないものは店じゃなくて客の元まで行って売ることの方が多い。


 要するに暇なのだ。

 道具の点検も在庫の管理もやれることは大体開店前に終わっているのでロロロッサが帰った後はいつも暇だ。

 今日も暇つぶしに数独でもしようかとピコラが思っていた時。


 キィ……


「あ、いらっしゃ……」


 静かに店のドアが開き、入ってきたのは一人の少女。

 服とは言えないようなボロボロの布切れ。くすみ汚れた金髪。瘦せこけた身体の至る所にある痛々しい傷跡。極め付きにはその貧相な身体には不相応な手枷と口枷。

 見るからに客ではない、何かから逃げてきたようなボロボロの少女がフラフラとピコラの店の中に入ってきた。

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