ブッチャーズ!

@carunyukke

第1話 肉屋の日常

 肉屋の朝は早い。

 目覚まし時計が鳴る前に目を覚まし、顔を洗う。朝食を適当に済まし眠気覚ましにコーヒーを一杯。居住空間である二階から店舗部分である一階に降りてオーバーオールの仕事着に着替える。仕事道具と設備のチェックをしながら業者の到着を待つ。


「うーん、今日も寒いな」


 中肉中背、胸はA、少し痛んでいる黒髪を後ろでしばっている不健康そうな女性――ピコラは店の外に出て伸びをしながら呟く。

 まだ日も昇っていない時分。日の出前の暗闇はあらゆるものを隠すのに向いている。薬や事件や秘密など、大っぴらに晒せないもの全般が隠れている。裏に住むものからしたら何度この暗闇に助けられてきたか分からない。強いて欠点を上げるなら寒いことくらいしかない。


「お、きたきた」


 しばらくして店の前に一台の荷馬車が止まった。どこにでもありそうな荷馬車から降りてきたのは……黒い覆面の男。

 どこからどう見ても不審者にしか見えない、ピコラの1.5倍はありそうな身体をした黒い覆面の男は無愛想にピコラに話しかける。


「数は4。状態は良。オスが1、メスが3だ」


 男の言葉にピコラは眉をひそめて問い返す。


「それだけ? 魔物は?」

「0だ。珍しく、な」

「そう言ってもう1週間入ってきてないんだけど?」

「仕方ないだろ。冒険者組合ギルドが取り締まりを強化したんだ」

「あの腰が重い冒険者組合ギルドがぁ? 天変地異でも起きるんじゃねーの?」

「かもしれんな」


 男と軽口を言い合いながら、ピコラは荷台のモノを確認する。

 そこに転がっているのは……

 下は10代、上は30代まであるそれらをピコラは一つ一つ丁寧にチェックしていく。宝物ように恭しく、それでいて素早く、違和感を何一つ見逃さないように。

 やがて全ての死体のチェックが終わり、ピコラが荷台から降りてくる。


「硬直も毒もない。流石調達屋。いい腕だ」

「褒めてもびた一文まけないぞ。肉屋」

「残念。それじゃ、いつものようにお願い」


 ピコラがそう言うやいなや男の魔力が高まる。


物体転送アポート


 刹那、荷台から全ての死体が消え失せる。まるで初めからなかったかのように。

 その様子を見届けたピコラは特に焦る様子もなく懐から袋を取り出す。


「ほい代金。次もよろしくな」

「毎度あり。何か他に入用ならまた連絡くれ」


 ピコラが男に袋を渡し、挨拶もそこそこに男と別れる。

 店の中に入ったピコラは真っ直ぐに地下の加工室に向かった。店舗の奥にある目立たない扉。そこから続く階段を下りた先にある秘密の地下室がピコラの主な仕事場だ。

 広さは大体広めの倉庫程度、天井から吊り下がっている金属製のフックが十数本、部屋の中心にあるでかい作業台に、染みついて落ちない血の匂い。


「始めますか」


 作業台に積まれてあるさっきの死体たちを確認したピコラはテキパキと動き始める。


 「よっと」


 死体を洗浄し汚れを落とした後、フックにかけ両足首をへしり捥いでいく。

 心臓付近の血管にナイフで傷を入れて魔法で血抜きをしていき、終わったらナイフで腹から捌いて肺や心臓などの内臓を取り出す。

 内臓を取り出したら首と手首を一周するように切り込みを入れた後、その切込みに向かって腹からさらに切り込みを入れていく。

 切り込みを入れ終わったら、そこから丁寧に皮を剝いでいき、それも終わったら肉を取っていく。背ロースやもも肉、胸肉、すね肉、ハラミ、イチボ、etc……

 肉を大方取り終えたら最後に首を落として解体終了だ。


「一人目終わり」


 解体開始から終了まで僅か30分。人の解体という冒涜的な重労働をピコラは凄まじい速度で淡々とこなしていく。

 むせかえるような血の匂いと鼻につくような内臓の臭いが部屋中に漂っているがピコラは気にしない。

 脂で汚れたナイフをお湯で軽く洗いながら次の解体の準備をしていく。


「二人目」




 やがて夜が更ける頃、ピコラのもとには4人分の人間だったものが残されていた。

 皮、骨、内臓、肉。区別するために残した首がなければどれが誰のものだったのかも分からない。

 面識も何もない性別年齢様々な首と、大きめのトレイ4つに入れられた赤いそれらを見て、ピコラは感慨深げに呟く。


「人間死ねばただの肉……か」

 子供の頃に聞いた教え。大人も子供も、善人も悪人も、奴隷から王族まで。押しなべて死ねばただの肉。

 肉になった彼らがどんな人だったのかピコラは知らない。どんな因果で、どんな要因で死んだのかも知らない。どんな性格だったのか、何が好きだったのか、何一つ知らない。


 知る必要もない。


 肉屋として彼らを捌く以上、抱いて良い思いは感謝と敬意だけだ。それ以外はもはや失礼にあたる。


「……さて、もうひと頑張りだ」

 開店まであと数時間。物思いに耽るを脇に置いてピコラは気合を入れなおす。

 この後も肉の加工や内臓の処理をしなけばならない。立ち止まっている暇などないのだ。


「どんな肉も活かすのが肉屋の仕事だ」



 商業都市エガンド。その西区の一角に個人経営の肉屋がある。

 看板もない、店名もない、そこの常連からはただ「肉屋」と呼ばれる小さな店。

 表向きは閑古鳥が鳴いているような店だがその裏では人肉からエルフ肉、魔物や魔族の肉まで。肉と名の付くものなら合法でも非合法でも何でも取り扱う闇の肉屋。

 同業他社を凄まじい解体速度と肉の質で蹴落とし裏社会で成り上がってきたピコラの一日が今日も始まる。


















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