第4話 硝子の命
ステラと呼ばれた緑地のワンピースの女性は、抱えていたボードに記録を付けながらも露骨に
「あのねぇカリム、帰って来る時はちゃんと玄関から入って来なさいってこの前も言ったでしょう?」
「だからそんな規則なんかないって言ってるだろ。規則にあるのは、19時の点呼までに孤児院へ戻っていることだけでしょ。」
「規則の問題じゃない、人としての問題よ。
「
カリムはステラの追及を耳が痛いと言わんばかりに
大陸軍
その一部を孤児院側が徴収し運営費に
規則通りの金額を確認したステラは大きな溜息を付きながらも、それ以上の
「夕飯、さっさと食べちゃいなさいよ。あとお風呂もね。」
カリムは自分のベッドに腰を下ろしながら、適当な
扉が閉まった後も、左手側のベッドではリオが笑みを
「ただいま、リオ。」
「おかえりお姉ちゃん。今日もお仕事お疲れ様。」
リオとはもう1年半ほど同じ部屋で暮らしており、カリムが男であることは理解しているはずなのだが、
グリセーオ西端の河川に漂着しているところを発見されて孤児院に引き取られたらしいリオは、当時から夜中に「お姉ちゃん」と何度も口にして
リオは自分と似たように記憶が
カリムの長い黒髪は
変声期を迎えていないうちは少女と
だが今では自分が姉として
ベッドから腰を上げたカリムは、夕食へ向かう前に
そこに先程ステラに手渡したよりも
「いよいよ明日だね、軍人さん達が食べ物を売りに来てくれるの。」
「ああ、栄養のある美味しい物を買って来てやるから、楽しみに待ってろよ。」
明日は大陸軍がグリセーオの街で
カリムが暮らす孤児院にはこれまでも定期的な物資配給があったが、軍
「でも明日って、お掃除しなきゃいけないんでしょ。早く行かないと売り切れちゃうんじゃないの?」
「
だがリオの指摘通り翌日は
軍人達は午前10時頃に店を開くと聞いていたが、珍しい品が並ぶのであれば、
とはいえ叱られ罰せられることを前提に清掃時間を抜け出して、
カリムは引き出しに鍵をかけ直すと、ステラに言われた通り夕食と入浴に向かった。他の孤児らは
カリムとリオの寝室は、他の孤児らとは別になっている。孤児院に引き取られたばかりのリオは呼吸器に異常があったのか夜分も
だがステラら孤児院の大人達も終日付き添う余裕がなく、面倒の見れる孤児にリオの世話を任せることが決定され、当時
他にもカリムより
それまで孤独に淡々とした日々を送っていたカリムは、
だが片目を長い黒髪で隠す
『今日からお前の世話を言い付けられた、カリムだ。何か困ったことがあったら言えよ。』
『……お姉ちゃんなの?』
『は? 俺は男だ。おまえのお姉ちゃんでも何でもない。』
『そんな…嫌……お姉ちゃん…お姉ちゃああああん!!』
『ちょ…何なんだよもう、
リオは
任された以上は
だが不思議とこの少女を無理矢理にでも黙らせて、拒絶したいなどとは思わなかった。
1カ月ほどが経過してリオが施設内の生活に慣れ始めた一方で、カリムが
自分がこの少女にとって必要な存在となっていることを察し
少しずつリオから話しかけてくることが増え、短くもそれに
『お姉ちゃん、私…お父さんとお母さんのこと、思い出せないの。』
『そうか。…俺も、
『…そうなんだ。じゃあ、おんなじなんだね。』
リオが寂しさを
それが嬉しいようで切なくて、出稼ぎの時間を減らしてでも
だがリオは新たな環境に気持ちが落ち着いても、容態が不安定であることに変わりはなかった。
夜分に弱々しく
街の医者は
カリムはその
それ
リオの命が小さくて美しい
そしてそれまで無機質な白黒にしか映っていなかったカリムの退屈な世界は、
カリムが自室に戻ると、
あと1時間もしないうちに施設内は消灯が掛けられるが、カリムもそれを待たずに部屋の照明を消してベッドに横たわった。
だが明日を思うと目が
——少しでも早く掃除に
カリムはリオの容態が不安定である要因の1つに、孤児院の
いくらリオが虚弱体質であるとはいえ、孤児の1人である以上施設内の食事で特別扱いされることはなく、カリムは
だが日々の就労時間で受け取る給金は
毎日採石場に通っていても、子供の労働力では当然に
現状ではとても望みを果たせないと思い知らされたカリムは、就労時間の終了から孤児院で点呼がかかる門限までの間、金銭の窃盗に手を染めるようになった。
初めは
治安が良いとは言えないこの街で窃盗は珍しいことではなかったが、カリムは今日まで一度も捕まることなく悪事を
普段から肉体労働に従事し足腰が鍛えられていたとはいえ、逃げ
徐々に手癖も悪くなり、
そうして密かに貯金を続け、月に1度程度は街の
体質
リオは何でも美味しそうに
だが
そうしているうちにカリムは
当然に露店の食べ物よりも高価になり入手も困難であると考え、最近は街を
そして小耳に挟んだ軍人が開く店の話に、またとない希望を見出していた。支援物資の販売と言えども、食糧だけでなく薬の
——きっと何か、特別な物があるはずだ。街の露店と違って
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