第2話 紛糾
「…何か御用ですか? あまり騒がしくされると子供たちが起きてしまうのですが。」
ステラは扉を半開きにして
「それなら単刀直入に言わせてもらうぜ。今日の昼間にあんたらが大陸軍から無償で
それはステラにとってあまりに予期しない、信じられない要請だった。反射的に両腕を広げて裏口に立ち
「何ですか、それ…!? 大体
「そんなもん実際に見てからじゃないと決められねぇんだよ。騒がれたくなけりゃ黙って調べさせろや。」
だが反論を
「ちょっ…!? やめてください! 子供たちのための食糧なんですよ!?」
「うるせぇ、俺にだって子供はいるんだよ! なんで身元も
「…なんですって…!?」
ステラは何年も親代わりとなってきた身寄りのない子らに対する非情な言い掛かりに、
「…おい、手荒な
だが不意にその奥から現れたまた別の大柄な男が、低く抑圧するような声音で
グリセーオ製鉄所の所長を務めているランタンという男は、外見とは裏腹に物静かな性格で、決して横柄でなく理屈の通った話ができる人物であった。最初に裏口を取り囲んでいた男たちは
彼らが強引に押し付けようとした要求には
「ステラ嬢、こんな時間にうちの奴らが迷惑をかけた。こいつら言っても
「……。」
ステラは昔からランタンが真面目な顔で繰り出してくるその呼称が、
立場上は確かに領主貴族の娘であるが、今は家なき子供たちの命を預かる孤児院の管理人として務めを果たそうとしているからである。
「だが単なるやっかみでぞろぞろと集まってるわけじゃねぇことぐらいおまえさんなら
冷静な判断が期待できるはずのランタンがこの騒動を
——まさか、本当に孤児院側と交渉するつもりだったなんて。…確かに最近の切迫した食糧品事情を考えれば、市場を介さない孤児院への無償配給は一部の住民から
——でも、これはあくまで子供たちに配給された食糧なのよ。それを大の大人が
——そもそも配給も含めて孤児院は大陸軍の所管なのに、夜になって受託者である私に直接押し寄せて来るなんて…甘く見られたものね。
何十という家なき子供の命を支える者として、安易に譲歩しようとは思えなかった。
ステラは一度深呼吸を挟んでから改めてランタンの巨体を見上げると、険しい表情で応戦の姿勢を返した。
「グリセーオの街が直面している問題は私も大変
ステラがはっきりと意見を述べると、ランタンの背後で部下が舌打ちするような声が聞こえた。
ランタンは
「おまえさんが孤児たちを想う気持ちはよく知っているつもりだ。だがおまえさんも領主の娘なら、グリセーオの街全体のことも少しは
その
しかしその直前に領主の娘という露骨に責任感を
領主の娘でありながらこの
「ランタンさんの
「ですから、そのために必要な力を大人の事情で奪わないであげてください…私たちも日頃から十分な食糧を備蓄しているわけではなく、必要に応じて市場から仕入れているのです。」
ジェルメナ孤児院に収容されている
午前中に読み書きなどの勉強に
当初は急速に成長するグリセーオの街で保護される孤児が、
とはいえ就労時間には当然
「配給があるのに食糧が十分じゃないってのは、孤児を拾いすぎだからなんじゃねぇのか?」
「それは言えてるだろうな。大陸軍が一度に持って来れる量にも限度があるわけだし。」
だがステラが必死に組み立てる説得を横から小突くように、ランタンの背後で部下たちが小声で批判を交わし始めていた。
それはステラにもはっきりと聞こえており、受け入れ
「てめぇら、黙ってろって言ってるだろうが。」
「いいや所長! 俺やっぱり納得いかねぇ!!」
それでも部下のうちの1人が少し声音を震わせながらその叱責を
「いまは食糧を街全体で分け合わないといけねぇから結局充分には買えねぇ。金はあっても子供にちゃんと食わせてやれねぇ。…それなのに何で身寄りのない
夜分にも
「親のいる、いないで子供の命の優先度を決めないでくれる!? 孤児院の子供たちは
予想だにしない剣幕で詰め寄ってくるステラに対し、男は激情を反論に変えることも
だがそこへ別の部下と見られる男が、冷ややかな口調で横槍を入れてきた。
「その食糧に余裕がないのは施設の許容量を超えた孤児の引き取りをしてるからだろって話だよ。あんたの度を超えた裁量を問題視してんだ。」
先程ランタンの背後から聞こえた批判の1つが改めて投げ付けられていた。ステラは表情を変えることなく、
「じゃあこの街で他に親なき子供の手を取ってくれる人がいるっていうわけ!?」
「そういう感情論じゃなくてよぉ、行き当たりばったりで取り
「ああ、それは一理あるな。
「スラムじゃねぇの。結局アヴァリー家側の責任問題ってことになってくるんだよなぁ。」
1人、また1人とランタンの部下たちが口を開いて非難を強めており、反抗の矛先を定められなくなったステラは、徐々に立ち込める
そこらじゅうで泣き
——どうしてそんなこと言うの? 私が間違ってるの?
近年グリセーオ郊外ではスラムと呼ばれる極貧層の居住地が広がりつつあり、そこで身を寄せ合っている孤児らの噂もステラは耳にしていた。
そしてスラムの問題に対しては、領地管理の不十分さが追及される声が上がることも致し方無いように思えた。
元々アヴァリー家は大陸の内戦時代に領地争いに敗れて大陸北東部に追い
だがそんな歴史は、今や大多数を占める移住者にとっては
ステラは施政に日々忙殺される両親を案じながらも
「いやいや
「おいおい、そりゃ
「!? …ちょっと!?」
男たちの非難が
だが
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