第4章 結う蓬莱蕉
第1話 負の連鎖
——親を事故や病気で失ったり、
——代わりにその幼い手を誰かが
——だからこそ、願わくは1本でも多く腕を生やしてでも、1人でも多くの孤児に手を差し伸べたい。
「ステラさん、定期配給物資の積み下ろしが完了致しました。」
ステラと呼ばれた緑地のワンピースを身に
「お疲れ様です、イリア隊長。大変なご時世なのにいつも通りの物資をご用意くださり感謝致します。」
「いえ、定期配給ですので。
「お
「そう、ですね…いまこの国で一体何が起きているんだか…。」
ラ・クリマス大陸北東部カリタス州は、北側を
何より大陸の2大交易都市であるソリス・メンシスいずれからも遠く、昔から物資が行き届き
それにも
大陸中央部に広がる
その開発拠点の1つに指定されたのが、大規模な鉄鉱石の鉱床が発見されたグリセーオ高原西部であった。採掘・採石ならびに製鉄まで機能を集約させたその地域は急速に街として発展し、
だが大陸東部を中心とした出稼ぎ労働者が立て続けに舞い込み人口が急増した結果、治安や住居・衛生面の改善が後手になり、路頭に迷う孤児の増加も問題の1つとして挙げられるようになった。
大陸議会はこれを解決するため、国土開発支援部隊
当時
その後も歳下の孤児の面倒を見ていくに連れ、ステラはなし崩し的に孤児院で働くようになり、
だが最初は十数人だった孤児が今では2倍以上に増加しており、大陸軍
そんななか、メンシス港の機能停止とセントラムの伝染病被害が立て続けに発生した。
グリセーオの街は5年ほど前から国土開発支援部隊によるセントラム産の農産物を主とした物資提供を定期的に受けていた。
だが
そもそもメンシス発となる南方からの物流が
大陸の
そしてこの日
その配給を指揮していたのがイリア・ピオニー部隊長であった。
桃色がかった金髪を顎の高さで切り
若くして威厳を放つ
「メンシスに、セントラムに…まるでこの大陸が何かに攻撃されているみたいに感じますね…。」
ステラが両手を組み締めながら不安そうな声を上げると、イリアは神妙な面持ちで情報を付け加えた。
「
「厄災、ですか…。」
イリアが用いたその言葉が脳裏に引っ掛かり、ステラはまた一段と表情を曇らせた。その理由に察しがついたイリアは、ステラの肩に手を置いて励ますように優しく声を掛けた。
「いまは
ステラはイリアの
「…そうですね。私たちは今できることを精一杯努めましょう。国のことはルーシーさんがなんとかしてくれると思いますし。」
「ええ。隊長の気苦労も察するに余りあるところですが、隊長はいまこの国で最も有能な人物であると信じています。その手腕に期待しましょう。」
イリアは尊敬する元上司の名前が出るや
「…隊長? ルーシーさんが隊長だったのは何年か前の話じゃないんですか?」
「いまは第1部隊の隊長を臨時で兼任しているんですよ。
「ああ、そうだったんですね…。」
ステラには苦笑いを浮かべるイリアが、昔のようにルーシーと共に仕事ができなかったことの寂しさを物語っているように見えた。
だがそんな軍人の珍しい表情は即座に消え失せて
「それではステラさん、我々は日没までに出発しなければならないので、これで失礼します。」
「夜間も移動しないといけないなんて、大変ですね…どうぞお気をつけて。」
ステラは心配そうな
定期配給物資の整理は、孤児院の子供たちが消灯する21時を回って間もなく一段落しようというところであった。
ステラ以外にも孤児院に従事する者はいるが、普段から孤児らの面倒を見るための最低限の人員しか採用できておらず、彼らも夕食の片づけが終わる20時頃には帰宅してしまうので、元々整理の一部始終をステラ1人で済ませていることが
子供を一通り寝かしつけてからも、後回しにしていた事務作業などを片付けるため日付が変わる時間帯まで管理人室での業務が続くのは
——配給された食糧はいつも通り、不足なし…このご時世でも
孤児院の収容人数自体がほぼ限界に迫ってきていたのだが、ステラの懸案はそこにはなかった。1人でも多くの命を
リンゴは配給の項目には含まれていなかった。そもそも配給に含めること自体をステラが断っていた。
5年前にこの孤児院でリンゴを食べたリオという女の子が、ラ・クリマスの悪魔を顕現させて一時的に厄災を
ステラも巻き込まれたその厄災は短時間で収束したものの、そこでリオのみが命を落としてしまっていた。厳密に言えば、跡形もなく消滅してしまったと表象するべきであった。
リンゴ自体は今ではグリセーオでも流通している庶民的な果実であるが、当時のリオにとっては初めて口にした甘美な味だったと思われた。
そうした刺激を他の孤児に与えれば同じようなことが起こるのではないかと、根拠は
とはいえ、自分がリンゴを食べることに拒絶反応を覚えるようになったわけではなかった。
——イリアさんがセントラムで物資を詰めるときにおまけで入れてくれたのかしら。もう5年前の口約束だったし、忘れてしまったのかもしれないわね。今度お見えになったときに伝えておかなくちゃ。
そのとき、管理人室から外へ出る孤児院の裏戸を叩く音が静かな部屋の中で響いた。
思わぬ来客にステラは驚きを隠せず、恐る恐る裏戸を振り返った。
——こんな夜分に、一体誰が訪ねてくるのかしら。
だが部屋の
外にはグリセーオの住民と思しき男が数人、裏口を取り囲むようにして待ち構えていた。
彼らは明らかに不穏な雰囲気に満ちていたので、ステラは反射的に顔を
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