第5話 普遍的な愛情
学舎に通っていなかったロキシーは最低限仕事に必要な読み書きや計算などを母から教わっていたものの、社会情勢や歴史に関しては
それを知ってか知らずか、ルーシーは視線を合わせることなく、腕を組んだまま淡々と語り続けていた。
「千年前は国王が君臨する時代で、法律なんて民主的な概念は
「だがそうして
「預言者グレーダンの偉業を伝道するため新興したグレーダン教が、大陸の民の価値観
「それが和平へと結びつき、この国が海外諸国に
「いかに大陸軍が各州に
「結局この国はまだまだ未熟で発展途上にある。それでも、
大陸史を一息で駆け上がるような授業が終わり、
「君も仕事熱心なのは構わないが、ちゃんと自分の幸せのために生きるんだぞ。…私みたいに婚期を逃さないようにな。」
だが結ばれた
「私はもう28なんだが、同じくらいの
威厳のある女性高官が見せる
「まぁ子供が欲しいかと聞かれれば微妙なところだが…昔は甥っ子の面倒を見ていたこともあったし、憧れは無くはないな、うん。」
そしてロキシーからは質問も何も発していないにもかかわらず、ルーシーはいつの間にか
「姉夫婦の子だった。父が昔大陸議会のお偉いさんでね、軍人だった姉夫婦は国の発展に貢献するよう日頃から厳しく言われていたんだ。それでも息子には赤子の頃から、家柄だとか国益だとか、そんな束縛を受けずに望むまま健やかに生きてほしいと言い聞かせていた。そこにあった普遍的な愛情はとても尊ぶべきもので、温かく
ロキシーはルーシーの独白に
まるでその『普遍的な愛情』がもう存在していないかのような物悲しさを無視できずにはいられなかったのである。
——そんなことを私に言われても…
同時に自分にとっても『普遍的な愛情』が遠い別世界の概念であるように思えて、ロキシーは
「まぁ、だからといって魅力的な男がいるかといえば話は別だがな。どいつもこいつも図体や声だけでかくて、多少腕力が強いくらいで見下そうとしてきやがる。愚かしくて浅ましくて
「…ドランジア隊長?」
ルーシーの独白が愚痴に転調したところで、不意に庭園の奥の方から部隊員と
ロキシーは
「すまない、長話をし過ぎたようだ。それではロキシー…若い時間は短いのだから、せめてもの生き
その言葉を最後に、ルーシーは
結局ロキシーは一言
——なんだったんだろう、あの人……悪い人じゃないのかも、しれないけど…。
そのロキシーの両手は、
——取り
異様な満腹感が
その時には
「えっ!? …薬が、無い…?」
その日の夜、ロキシーは使用人長の個室で母レピアから明かされた事実を前に
フォンス
レピアは
「あなたも小耳に挟んでいるでしょう? メンシスが不可解な竜巻だとかに潰されたって。それでまだ
だがロキシーは母の様子から、『ミシェーレ』の在庫が予期せぬ形で失われてしまったのではないかと想像した。すると不意に昼間の女性高官の
『流れ着いた密輸品を取り締まることは困難になっている。…証拠隠滅を
日中に訪れた国土開発支援部隊は、緊急であったとはいえ事前の連絡なしに到着したわけではなかった。違法に仕入れていた薬を誰が破棄したのかは、容易に想像がついた。
そして薬を服用せず
「それでも…その……
生理だからと無理にでも逃げる口実を作りたかったが、周期的に
元々生理の間はレピアが代わりに
そもそもロキシーは
「…
「そ、そんな…!?」
ロキシーが両手で口を
「…あなたにはいつも負担をかけてしまって申し訳ないと思ってるわ。でも、故郷を失った私たちが
「駆け込みの使用人という身分でありながら栄養のある食事と温かな寝床が与えられて、親子で痩せ細ることなく美しい
「…それに、私だってあなたが
ロキシーは母の温もりに包まれて、全身に立つ鳥肌が
——母はずっと自分だけじゃなく私のことも考えて、親子で不自由なく生きるために動いてくれている。私なんかよりも、よっぽど
——少しの間、
だがこのときロキシーは、心にこびり付く確かな
痩せ細ることのない恵まれた生活、不自由のない普通の暮らしを装う度に、本当の普通から
『そこにあった普遍的な愛情はとても尊ぶべきもので、温かく
普通の
——ずっと、このままでいるしかないのかな……。
母に手を引かれるその先で『普遍的な愛情』に
「…さっさと脱げ。」
いつもとは違った肌寒さを感じる
クレオ―メはメンシス港の機能停止に
勤勉さで知られ日々業務に
それら一切が調達できなくなったいま、せめてもの代替となるのが自家製の果実酒であり、若き女使用人の肉体であった。
ロキシーはクレオ―メの低い声音にたじろぎながらも、息を押し殺すようにゆっくりとエプロンドレスを脱いだ。
それでも
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