第2話 悪魔の接吻
カリムはロキシーが釈明する現況に息を呑みながら、
「そ、それは…お気の毒というか…そのような状況とはいざ知らずお邪魔してしまい、大変失礼いたしました。」
「いいえ、
ロキシーもまた何度目かの
——この人は本当に使用人長に面会を希望していたのかしら。それが叶わないと知ったなら、日を改めるなどと言って引き下がったりしてくれるのかしら。
その一方でカリムは、
「ロキシーさんには何の症状も出ていないんですか?」
「…今のところは。ただ、少しずつ
「そうなんですか。…もう少し、ロキシーさんにご質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
ロキシーの密かな願いも
その先端がどこまで
「それでは…伝染病の
その後
それ以外にも他の使用人の病状、とりわけ使用人長について尋ねられることが多いように感じた。
それら一問一答は簡潔なものであったが、ロキシーにとっては冗長で
着席を許可されないままその質疑が続いており、立ち仕事には慣れていたものの一刻も早く腰を下ろしたい衝動に
粗雑なのか常識知らずなのか、そんな
「
だが、同情されることに対してはどうしても抵抗があった。意図があるにせよないにせよ、会ったばかりの男性に一歩でも踏み込まれれば、自然と一歩退いてしまうものであった。
物心ついた頃から他人の視線には敏感で、特に男性の瞳に決まって
この邸宅では制服として胸元が広く露出したエプロンドレスを着用させられていることも一因かもしれないが、幼い頃から学舎にも通わず働いていたその姿は、
そしてこの青年の瞳にも、
「さて、僕はそろそろ具体的な調査を始めさせてもらいます。…これだけ同時多発的に被害者が出ていると、環境的な要因も考えられます。例えば街の取水源が汚染されているとか…この盆地に立ち込める霧にも問題があるかもしれませんし…。」
気が付けば、カリムは筆記具を片付けながら独り言のように今後の予定を
必要な用事は済んだのか、青年は早々に立ち去ろうとしているように見えた。それまでの
「…あの、この盆地の霧は時期的なもので、別段珍しい現象ではございません。水質に関しましても、当邸宅も街の住居と同様の水源から引いておりますので…。」
「それでも、調べるに越したことはないですから。それに
だが冗談半分で放ったであろうカリムの言葉は、
——きっとこの人は、暗に確信を突こうとする意図はなかったのかもしれない。
それでも本当は
その瞬間から、
——やっぱりこの人を、このまま返すわけにはいかないわ。
「えっと…それでは、またお伺いしますので。」
一方のカリムも不用意な発言で室内の空気が微妙に変わったことを察したのか、柔らかいソファから
「…あの、1ついいでしょうか。」
だがその起立を抑え込むように、ロキシーは
「…どうされましたか?」
「私は、この伝染病の正体を知っております。…症状の特徴からして、『
先程の聴取では何ら語られることのなかった情報を受け、青年は
「…ああ、不勉強で大変申し訳ありません。失礼ながら、詳細をお
「すみません、私もそれ以上のことは何も。…私の母が昔『
そこでカリムは何か
「…あの、つかぬ事をお尋ねしますが…ロキシーさんの母親は、使用人長のレピア様で
「
「ということは…やはりレピア様にお話を
——やっぱりそういう結論に
ロキシーは表情を押し殺したままゆっくりと首を左右に振り、覚悟を決めて、
「カリム様、今はあまり女性に近付かない方がよろしいかと存じます。古来より『
その静かなる警告は、思惑通りに目の前の青年を硬直させた。
窓辺では穏やかな風が
足元を踏み違えたことを察し言葉を失ったカリムは、
その様子を
「…カリム様、紅茶が冷めてしまいますよ。」
猫舌の言い訳も
そしてゆっくりと湯気の立たなくなったカップを持ち上げると、口元を
そのとき
「…失礼。」
自然と振り向いたカリムの視線上にはロキシーの露出した胸元が
だがそうして余計に
顔を
久し振りに味わう肉感は自然と心を落ち着かせていくようで、
他方で予想だにしない展開に大きく目を見開いていたカリムは、ロキシーから解放された瞬間、肺全体が中心部から串刺しにされたかのような
そして瞳は更に血走り、激しく
持っていたはずのカップは放り出されるように遠くの床に転がり、紅茶が広範に染みを作っていた。
だがロキシーはそんな粗相には
——ごめんなさい。なるべく苦しみが続かないように
それでもロキシーは何事もなかったかのようにゆっくりと窓際に歩み寄ると、裏庭に顔を出すことなく窓を閉めて施錠し、カーテンで
——少し早いけど、他の窓も閉めに行こうかしら。別に誰が侵入して来ようとも問題はないけども。…この邸宅を私の毒で充満させてしまえば、誰も私に近付くことすらできないのだから。
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