第5話 鳥籠
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「なんだかお疲れのようですね。これを食べて元気出してください。」
穏やかで透き通った声音に気が付くと、視界には
「ああ、これはどうも…。」
戸惑いながらも小さなフォークを手に取り、一切れに刺して口元へと運んだ。
一口
だが向かいの席に座るネリネがその様子を見て
「そんなに美味しいんですね。ユーリさんに召し上がっていただけてよかったですわ。」
この日もヴァニタス海賊団の首領リリアンは、長い黒髪のウィッグと伊達眼鏡を身に付けたアルケン商会のユーリと
穏やかな陽気に包まれた邸宅の庭園は
だがその日は珍しいことに、お茶菓子に加えて
「このリンゴはどうされたのですか? お父様が良い買い物をなされたとか?」
「頂き物ですよ。大陸軍の国土開発支援部隊…? なる方々が
ネリネは
一方のユーリはネリネの
——ネリネは両親に
そして上等な紅茶を
——国土開発支援部隊は主に貧困地域への物資配給などを担っているけど、れっきとした大陸平和維持軍の一部隊だ。彼らは大陸議会の関税法に係る特措法の成立を受けて、メンシスの領主であるエクレット
——『メンシスの商人の皆様にもよろしくお伝えする』とはどういうことか、それに関して今まさにローレンがアルケン商会代表のケイジュとして
「…ところでネリネ嬢様、お似合いだった鉱石のペンダントを今日は身に付けておられないのですね。」
ユーリはネリネの飾り気のない胸元に気付くと、また新たな話題にして問いかけた。
「ええ。気に入っていたのですが、別の新しいものを買ってやるからとお父様に取り上げられてしまいまして…何もそこまでする必要はないのに。」
——残念そうに顔を膨らます令嬢の
——その反面、父親の方は相当神経質になっているみたいね。
このように令嬢の仕草や反応から、領主に付け入るための手札を生み出したり、メンシスの隠れた情勢を推察したりすることが、ユーリに課されていた使命であった。
黒い鉱石を
そんななか、『本物の隕石を素材に
本物の隕石の科学的な確証がない以上
——その取引がディレクタティオ大聖堂の焼き討ち事件以降、すっかり息を
——ああ、こうして善良な商人の振りをしていると、
「…ユーリさん? …やはり最近はお仕事が大変なんじゃないですか?」
——あたしとしたことが、相当顔を曇らせていたみたい。…領主との商談を優位に進めるためにその一人娘と親交を深めているのに、何か
「あはは…顔に出てしまうなんて重ね重ねお恥ずかしい。…どうかお気になさらず。」
「いいえ、私…羨ましいのです。…そんなユーリさんのことが。」
すると
「私と
「…ネリネ嬢様が、
「それでは駄目なのです。そんなことでは…いつまで経っても
ネリネの取り留めのない発言を前に、ユーリはどう対処すべきか思い悩み、困惑したような微笑を浮かべてしまっていた。
——あたしのことが羨ましい? あたしと対等になりたい? …この
「
「ですから私も商業や貿易について一から学んで…お父様のように一商人として自分の力で
ネリネの頬が更に赤みを増しているのは、きっと心に様々な感情が渦巻いているからなのだろうとユーリは見立てていた。
令嬢との初対面から1年ほどが経過し、差し
その確かな心境の移ろいは、アルケン商会ならぬヴァニタス海賊団に利する進展と見なすべきか、過保護な両親と衝突する火種を
だがそれ以前に、ユーリがネリネに対して
ユーリは短く咳払いをすると真剣な
「…ネリネ嬢様。商人はただ流通の仕組みを学んだだけでは足りず、
「その土台に立って初めてお互いを利用し合うことで、そこに生まれる利益を最大化することが求められるのです。土台が
「私が立つ場所とは、協和するようでその
これはヴァニタス海賊団で事実上の指揮を
——善良な商人を
——そんな世界にあんたを一歩でも近付けるわけにはいかない。…何でもいいから、さっさと委縮して諦めてよ。
「…それでも、私はその世界で生きる方々の
だがユーリの期待は
——どうしてそうなるの? どうしてあたしをそんな目で見るわけ!?
——あんたはこのまま大人しく
——そんな当たり前の幸せの価値も見定められないあんたに、商人を目指す資格なんてあるわけないじゃない!
「私は、ユーリさんと対等になりたいんです。」
——お願いだから、そんな愚かしい夢なんて
だがその
恐らくヴァニタス海賊団はアルケン商会としてこれ以上メンシス港に
——ローレンは何としても
——そうすればネリネとも二度と関わることはない。でもそれで構わない。ネリネはあたしの世界に指一本でも染まることなく、いつまでも温かく
——それだけがあたしの願いだった。…それなのに。
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