第2章 騙る赤百合
第1話 逃避行
「はぁーあ、まったくもって最悪な乗り心地だわ。もっとまともな道は走れないわけ?」
空が分厚い雲に
満足に舗装が行き届いていない道を行く馬車の乗り心地はお世辞にも快適とは言えないが、淡い桃色を基調としたドレスを身に
「心中お察ししますが、街道は足止めを
その向かいの座席で羊皮紙を広げている黒髪の青年が、
「大体
ネリネは不快感を紛らわすように、片目を黒髪で隠す青年に
この陰気臭そうな男が目的地まで同行することは承諾していたが、何もこの
「…申し遅れました。私は大陸議会の事務官を務めております、カリムと申します。まぁ事務官と言っても、議員達の雑用のようなもので大層な身分ではないですけどね。今回はネリネ嬢様をヒュミリア州内のご親族様の屋敷へご案内する責務を仰せつかっているのですが…。」
朱色を基調としたシャツの上に議会所属を表すバッジを留めた黒地のチョッキを
そのうえ前髪で片目を隠す
——いや、私は恐らくそういう
「…その
カリムの恐縮しがちな発言の続きを聞くや否や、ネリネの背筋に
「はぁ? なんて
…と、反射的に
このわざとらしい
竜巻の真相を追及したところでこの男に何ができるとも想像できないが、どちらかと言えば取り乱すことで被災の後遺症のような精神疾患を疑われることの方がネリネにとって不都合であった。
それにこの男が本当に大陸議会に連なる立場であるならば、下手な黙秘を貫く方がかえって後々面倒臭いことになるような気がした。
「…仕方ないわね、できる範囲でなら答えてあげるわよ。
ラ・クリマス共和国は大陸国に分類されながら外洋に囲まれた島国でもあり、代表的な交易都市が2ヶ所存在している。1つは大陸西部に位置するグラティア州、首都ヴィルトスに近いソリス港。もう1つは大陸南東部のヒュミリア州にあるメンシス港である。
昨夜そのメンシス港は、
交易の街並は
ネリネ・エクレットはメンシスの領主であるホリー・エクレット
メンシス内のエクレット邸も竜巻によって倒壊し、そこで
他に生存が確認されたエクレット家の人間はおらず、ネリネには
だが
「…私には荷が重すぎます。それ以前に、このような
その言葉を聞いた侍女がネリネの心境に配慮し、同州内の親戚の元へ一時的に身を寄せることを提案した。
他の使用人らもネリネは物腰が柔らかく大人しい少女だと認識していたが、両親に溺愛された箱入り娘であったため、昨夜の出来事で
程なくして上等な馬車が供与され、事務官のカリムと共にネリネはメンシスを後にしていた。
だが出発して以降の令嬢は、何か糸が切れたかのように
「…
「まず最初に…ネリネ嬢様は昨晩の竜巻発生当時、
その一見当たり
素直に竜巻の発生状況について尋ねれば良いにも関わらず、被災者自身の行動履歴を詮索しようとする時点で信用が持てなかった。それにこの男は「順を追って」という前振りを、許諾を得てから
「…何? 竜巻について
明らかに聴取の対象は竜巻ではなく自分自身であることを察したネリネは、腕を組んで露骨な不快感で
「…ああ失礼、かえって
一方のカリムからは謝罪のわりにあまり悪びれた様子はなく、ネリネからすれば事務官の仕事ぶりとしては
「ですが、例の竜巻があまりにも異常であったことはネリネ嬢様も想像に
「ただでさえ現場は救援活動でそのような余裕はなく…議会としてはできる限りお話が可能な現地の方にご協力を仰いでいる次第なのです。」
だがネリネはカリムの長ったらしい釈明を聞き流している間、案外大陸議会も人手不足で、自分と同じくらいの
10日ほど前に大陸北西部のディレクタティオで発生した大聖堂焼き討ち事件は共和国を
国教と言えるほど現代において信者は多くはないようだが、千年という歴史を
それに地理的にも、竜巻の発生したメンシスはディレクタティオとはほぼ正反対の位置にある街である。ひょっとしたらこのカリムとかいう
そう考えると、ネリネはこの聴取を適当に
「…竜巻なら、メンシス港から見て西側の沿岸辺りで発生したように見えたわよ。」
ネリネが窓の外を眺めながら
「昨晩の西側の沿岸…確かそこには、アルケン商会の船舶が停泊していたと聞いていますが。」
まるで回答を予期していたかのように次の質問を口走る青年を前に、ネリネは内心舌打ちをして
——違う。こいつは即席の雇われなんかじゃない。昨夜の街の状況を隅々まで把握していなければ、その発言が
そして
——噂に聞く『
——もしその推測通りならば、最初から情報の
——私が、竜巻を引き起こした張本人であるという事実に
「…アルケン商会はエクレット家とも面識があったそうですが、その正体はメンシスの闇市場で密輸品などを数多く
——やはり、こいつは情報を握りすぎている。移動中の馬車という
「…恐れながら、ネリネ嬢様は昨夜、ヴァニタス海賊団を名乗る者達に
——これ以上は、危険だ。
「やめて!! もうやめて!!!」
たった1つ壁に許した
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