第7話 所構わず繁殖するヤヴァイやつら


 シカオイ・アヤメの研究所の下には、地下室が広がっていた。

 床に穴を開け、地下室への逃れたラーレとモーント。

 何匹かのネズミが追ってきたが、ラーレがビームブレードで真っ二つにすると、それ以上は追って来なかった。

 迷路のように広がる薄暗い通路を歩く二人。


「はあ……なんだったんだろう。でも助かったよ。ありがとう」


 礼を言われ、モーントは決まりが悪そうにラーレから顔を背けた。


「ふん。お前がネズミの餌になっては困るからな。それだけだ。ぐほっ……そろそろ血がいる……」

「ふふっ、はいはい。新しい人工血液のお時間ですねー」


 ズバァーン!


 その時、ラーレの顔の横を高速で何かが通り過ぎた。見ると、後ろの壁にキラリと輝く物が突き刺さっていた。


「うわっ、今度はなにぃ?」

「動かないで。君たちは何者? 見たところ、キノコ人間じゃなさそうだけど」


 薄暗い廊下の奥から声がして、ライトを片手に一人の女性が現れた。もう片方の手には、銀色に輝く銃のような物を持っている。


「わ、私たちはキノコ狩人です! 私はラーレ。ええっと、あなたはもしかして、シカオイ・アヤメさん?」

「ああ、なるほど。そうだよ。救出に来たのかい?」


 アヤメはライトを照らしながらラーレ達の方にゆっくりと歩いてきた。アヤメは、女性型サイボーグとしては背が高く百九十センチはありそうだ。黒髪のミディアムショート、ヘソ出しのシャツにホットパンツという活動的な格好をしていたが、サイボーグ技師らしく、その上に丈の長い白ジャケットを羽織っている。


「驚かせてごめんよ。これも用心のためさ」


 アヤメはこちらに向けていた銃のような物を下ろした。この時代に手持ちの飛び道具は珍しい。ラーレが壁に刺さっている物をよく見ると、それは手術で使うメスだった。


「これは……?」

「電磁力でメスを打ち出す小型レールガンさ。自作だよ。ところで――」


 アヤメは、ラーレの足元でぐったりとしているモーントを見て首を傾げた。


「何だい? この生き物?」

「えへ、私もよくわからないんだ。弱くて危なくないから、安心して。はい、人工血液だよー」

「へえ、血を飲むんだ。変わったペットを飼っているね」


 モーントはラーレに渡された人工血液を飲み干すと、すくっと立ち上がり、ラーレとアヤメを見下ろした。


「私は吸血鬼モーントだ。断じてペットではない。むしろ逆だ。その娘は私の眷属になる予定なのだ」

「吸血鬼?」

「アヤメさん、気にしないでいいよ。寝てないのに寝言を言うんだ、この生き物は。さあ、ここから逃げよう。私が来たからにはもう大丈夫だよっ」 

「ああ、ありがとう」

「ところで、上にいたあのネズミ達はなんなの? キノコ獣?」


 アヤメは少し困った顔をしてから、話し始めた。


「うーん、あれは私が育てたキノコ獣なのさ」

「ええっ? それは一体どういう……」

「ほう。召喚獣を呼べるのか。なかなか高位の魔術師のようだな」

「モーント……」


 ラーレにジト目で見つめられ、モーントはふっ、と笑って口をつぐんだ。アヤメが続けた。


「私はメンテナンスフリーのサイボーグが作りたくて、キノコ獣の生命力の強さを研究してたんだ。ネズミは世代交代が早くて便利だから実験に使っていたんだけど、ほら、キノコ獣って世代を経ると進化するだろ? 進化しすぎちまったみたいでさ」

「ええ……」

「しかも繁殖能力が強くて、あっという間に増えちまうのさ。仕方ないから、奴らの繁殖を抑制するガスを撒いて研究所を閉鎖したのさ」

「なるほど。ネズミ達が外に逃げる前に閉鎖できて良かったねぇ」


 それを聞いたモーントが言った。


「そういえば、入口は小娘が破壊していたな」

「あ」

「え?」


 三人はお互いの顔を見合わせた。アヤメが腕を組んで唸った。


「うーん、それはヤヴァイね。あいつら、放っておくと所構わず交尾して増えまくるのさ。三日もあれば、地球はあのネズミのキノコ獣に埋め尽くされちまうよ」

「ふぇ……所構わず交尾……すごいなぁ」


 モーントはラーレの顔を覗き込んで言った。


「小娘、何を想像してるんだ?」

「は?! してませんけど!」


 赤い顔でブンブンと首を振るラーレ。精巧なサイボーグはきちんと赤面するのだ。


 その時、上の方からガラガラと何かが崩れる大きな音が響いてきた。


「うわ! 何?」

「おそらく入り口が壊れたせいで、繁殖抑制ガスが漏れ出して薄まっちまったんだ。増えたネズミたちの重さで建物の崩壊が始まったね」

「ヤバいじゃないですか。そんなに急に繁殖するんですか?」

「そう、ヤヴァイよ。抑制されていた分、溜まっていたんだろうね。私が秘密の入口から脱出するまで、研究所の扉は絶対開けないでってキノコ狩り事務所には連絡したのに。なんで扉を壊したの?」

「えっ、そうなの? 聞いてないぞ……あわわ、どうにかしないと」


 焦って地上に行こうとするラーレを、モーントが止めた。


「待て。あの数を一人でどうするつもりだ?」

「ちなみに、二匹逃したらまたそこから増えるよ。あいつら、雌雄同体に進化しちまってるからね。残らず倒さないとダメなんだ」

「ぐぬぬ……なんでそんな面倒な生き物を……」

「ふっ、私が本物の血を吸えば、睨んだ相手全員を恐怖で固めてしまえるのだがな」

「もう、できないことばっかり言わないでよ! どうしよう、私のせいで地球が滅んじゃうよぉ。どうしよう……」


 ラーレはアワアワとその場を行ったり来たりし出した。

 その間も頭上からは建物が崩れる音と、「ヨウコソ!」というあの声がうっすらと聞こえてくる。

 その時、アヤメがモーントに言った。


「君、血が欲しいのかい? あるけど」


 モーントは首を横に振った。


「パックの人工血液では大して力にならんのだ。さいぼうぐの血は吸えないしな」

「いや、本物の血だよ。ちょっとだけなんだけどさ」


 そう言うと、アヤメは鞄から小さなアンプルを取り出した。そこに入った赤い液体を見て、モーントの目の色が変わった。


「むむ! それは紛れもなく人間の本物の血液ではないかぁ! 三十年ものと言ったところだろうな」

「なんで見ただけでわかるの……?」

「これなら、二分間はフルパワーが出せるだろう。ぐへへ、よこせぇ!」

「あ、取られた」


 モーントはアヤメから血の入ったアンプルをひったくると、躊躇なくそれを砕き、中の液体を喉に流し込んだ。


 ――次の瞬間、部屋の中の空気が一変した。


 一瞬黒い霧が立ち込めたと思うと、ラーレの目の前には大柄な男性が立っていた。


 肩まである美しい金髪。

 彫刻のような色白の顔。

 どこか冷たさを感じる、金色の瞳。

 ドレープのついた白いシャツと、漆黒のジャケットに身を包み、

 その胸には血のように赤い宝石が輝いている。


 その男は、氷のような微笑を浮かべ、ラーレに言った。


「さあ、行こうか」

「え、かっこいい……けど、誰?」


 続く

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