第8話 「薙ぎ払え!」一度は言ってみたいセリフ


 突然現れたカッコいい男に戸惑うラーレとアヤメ。

 男は深く渋みのある声で言った。


「小娘、私を見忘れたか? 吸血鬼モーントだ。お前の格好に合わせて貴族風の装いで具現化したのだ」

「うえぇ……うそぉ……イメージ変わるね……」

「へえ、本当に変わった生き物だ。興味深い」


 その時、地上からガラガラといっそう大きな音が響いてきた。モーントは上を見ると、片手をスッと天井に向かって上げた。

 その瞬間、赤い光が輝いた。ラーレが目を開くと、頭上にはいつの間にか綺麗な穴が空き、そこから青い空が見えた。


「時間が無い。行くぞ」

「え、ええ?」


 モーントは背中から真っ黒い羽を生やし、ラーレを「お姫様抱っこ」で抱えると、さっき開けた穴から勢い良く飛び出した。


 二人は、はるか上空に浮かんでいた。

 空から見下ろした研究所は既に原型を留めておらず、ひしゃげた立方体の隙間からはワラワラと黒い点が無数に湧き出ていた。その点、一つ一つがネズミのキノコ獣だ。今この瞬間にも、奴らは繁殖している。すでに数万匹はいることだろう。


「うわー気持ち悪いなぁ」

「ふむ。あれを一斉に消し去らねばならんのか……少々魔力が足りんな」

「えー、そんなぁ!」

「小娘、お前には出来るか?」


 間近で金色の瞳に見つめられ、ラーレは戸惑いながら答えた。


「ふぇ……ええっと、最大出力でビームを打って薙ぎ払えば、多分。でも、細かい調整は出来ないし、連射も出来ないから、ちょこまかされると逃しちゃうかも」

「では、私が奴らの足を止めよう」


 そう言うと、モーントは目を閉じ、何やら唱え始めた。


空間誘闇くうかんゆうえん、『血の夜』」


 すると、さっきまで晴れていた空に雲が立ち込め、周囲はいきなり暗くなった。空には太陽ではなく、いつの間にか真っ赤な月が輝いている。


「小娘、お前は見るな」

「わわっ」


 そう言ってモーントはラーレの目を手で覆った。


「魔眼展開――この瞳に魅入られし者は、自らの旅路の終焉を垣間見るだろう――『深淵眼』、


 すると、真っ赤な空に突如巨大な目が出現した。その瞳はまだ開かれてはいない。


 数万匹のネズミ達が空を見上げる。


 巨大な目が、徐々にその瞳を開いていく。ネズミ達は心を奪われたように立ち尽くし、空に浮かぶ巨大な目を見つめた。


 その瞳が半分ほど開かれた瞬間、周囲の温度が一気に下がったように感じられた。


 ――ネズミ達は全員、呼吸をするのを忘れて、その場で固まった。


「もう良いぞ」

「な、何が起こったの?」

「奴らの魂に、少しだけ『死』を見せた。魂は恐怖に引き摺り込まれ、しばらくは動けぬ」


 モーントが片手を振ると、地上に落ちていた巨大な岩がふわりと浮かび、モーント達の横に漂った。モーントはその岩の上にラーレを降ろして言った。


「ぐ……さあ、もうあまり持たぬ。お前の番だ」

「うん、よくわからないけど、任せて」


 ラーレは岩の上に立つと、右手を「フレミングの右手の法則」の形にした。右手をまっすぐ前に出し、人差し指をネズミ達が集まっている方に向ける。次に、九十度横に曲げている中指を左手でしっかり掴み、構えた。


「最大出力、充填開始!」


 シュンシュンシュン……といかにもエネルギーが溜まっている音がして、ラーレの右腕に光が集まる。やがて光の強さが最高潮に達したところで、モーントが叫んだ。


「薙ぎ払え!」

「喰っらえー! 『フレミング・フルバースト』!」


 ズオォォォォッ!


 極太のビームがラーレの指先から照射された。恐怖で動けないネズミ達はビームの直撃を受け、一瞬にして蒸発した。ビームはさらに研究所の地下にまで達し、地面もろとも地下の構造物をドロドロに溶かした。


 ゴバッ!


 少し遅れて、真っ赤になった地面が大きく膨らみ、爆発した。焼け爛れた岩石や研究所の残骸が周囲に飛び散り、研究所のあった場所には炎に包まれた大きなクレーターが出現した。

 

 ゴォォォォォォ……


「はあ、はあ……」


 高熱は上空まで空気を巻き上げ、風がラーレの髪とドレスのスカートを激しくなびかせる。


「初めて撃っちゃった、最大出力。気持ちいい……」


 恍惚とした表情を浮かべたまま、ラーレはふらりと力を失った。倒れそうになったラーレをモーントが抱き抱えた。


「なかなかの大魔法だな。褒めてやる。ネズミどもは一匹残らず消え去っただろう」

「……えへへ、魔法じゃないよ」

「『フレミング・フルバースト』と言うのだな。初めて聞いた魔法だ」

「え、なんで? ……もしかして私、叫びながら撃ってた?」

「ああ。だがあれほどの大魔法なら、無詠唱で打てるやつはいない。気にするな」

「いや、そうじゃなくて……うわー恥ずかしい。っていうか早く降ろしてっ!」


 モーントにお姫様抱っこされたラーレは、頬を赤らめながら足をバタバタと動かした。モーントは地面にふわりと着地し、ラーレを降ろした。その途端――


「ぐはっ、もう、もう無理だぁ、げほ、げほっ」


 モーントは激しく咳き込み、黒い霧に包まれた。次の瞬間には気品ある吸血鬼の姿は消え失せ、そこにはボロボロの服を纏い、ボサボサの髪をした弱々しいモーントがへたり込んでいた。


「は、早く血を……緑のやつで良いから……」

「あーあ、ぼろ雑巾に戻っちゃったぁ」


 ラーレは人工血液をモーントに投げて渡すと、自分もその場にへたり込んだ。


「むむ。お前も魔力を使い果たしたか」

「サイボーグも疲れるんだねぇ。あれ、何か忘れてるような?」

「そういえば、あの技師はどうした?」

「あ」


 ラーレの顔が真っ青になっていく。精巧に造られたサイボーグはきちんと血の気を失うのだ。


「あわわ、もしかして一緒に消し飛ばしちゃったんじゃ……」

「おーい!」


 声が聞こえた方を見ると、砂漠の向こうから二人に向かって手を振る人影が見えた。


「ああ、良かった! アヤメさん、無事だったんだ」


 アヤメが二人に駆け寄る。


「凄かったね。いや、まさか本当にネズミどもを全員消し飛ばすとは」

「見てたんですか?」

「ああ、ラーレちゃんがビームを打つあたりからね。そこの謎の生物が私を置いてっちゃうから、地下の秘密の出口から一人で脱出したんだ」


 アヤメは、ぐでっと地面に座り込んでいるモーントを指差して言った。モーントはアヤメに向かってニヤリと笑った。


「ふっ、女。魔眼を見なくて正解だったな。見ていれば、まず正気には戻れまい」

「マガン?」

「私も目隠しされてたから、何をしたのかよくわからないんです。まあ、気にしないでください。ところで……」


 ラーレは巨大なクレーターと化した研究所の跡地を見て、気まずそうに目を伏せた。


「研究所が……すみません。損害賠償請求は、キノコ狩組合にお願いします……」


 だが、アヤメはケラケラと明るい笑い声で答えた。


「あはは、良いんだよ。どうせ研究所は廃棄だったしね。ありがとう。報酬は好きなだけ払うよ」

「え、本当ですか! じゃあ私の借金全部返してください」

「おお、いっさい遠慮が無いね。何で借金なんてしてるの?」

「実は……」


 ◆ ◆ ◆


「はっはっはっ、まさか一気にあの借金を返してくれるとはね」

「今までお世話になったね、ドクター」


 ラーレとモーント、そしてアヤメはドクターの所にいた。アヤメは自らの救出の賞金として、ラーレとモーントがドクターにしていた借金を本当に全て肩代わりしてくれたのだ。太っ腹!


「これで〈無菌郷ステライル〉を目指す旅を再開出来るよ」

「しかし、とんでもないメンテナンス担当を見つけたものだね」


 ドクターはちらりとアヤメを見た。説明書を読みながらメンテナンスをするくらいの知識のドクターにとって、アヤメは神にも等しい雲の上の人物だ。


「はい。借金や〈無菌郷ステライル〉のことを話したら、私の旅にアヤメさんが同行するのを条件に、借金を返してくれるって言うんです。だから、ついでに旅の間のメンテナンスもお願いしました」

「思ったより図々しいね、君」

「あはは。私はラーレちゃんにすごく興味があってね。好奇心を満たす必要経費さ。ところであんた、結構長い間この子のメンテナンスをしていたみたいだけど、何にも思わなかったの?」

「なんのことだい?」


 きょとんとした顔のドクター。アヤメはドクターの耳元に口を近づけ、小さな声で言った。


「この子はもう存在しないはずの『戦略級サイボーグ』の可能性がある。これはヤヴァイことさ」

「……今、聞いたことは忘れるよ」


 アヤメはにっこりと笑い、ドクターの肩をポンと叩いた。


「それが良いよ」


「アヤメさん、どうしたんですか?」

「なんでもないよ、ラーレちゃん。それに、私はそっちの不思議な生き物にも興味があるんだ。生身なのに死なず、キノコ人間にもならない。私が求めるメンテナンスフリーのサイボーグのヒントになるかもしれないだろ。二つも面白いサンプルを観察できるんだ。願ってもないさ」

「ついでにモーントの借金も払ってくれて、これからは人工血液も買ってくれるなんて。良かったね、モーント」


 人工血液が切れかかって朦朧としていたモーントは、名前を呼ばれて顔を上げた。


「小娘、初めて私の名前を呼んだな。眷属としての自覚が出来てきたようだ」

「え? そうだっけ?」

「次からはモーント様と呼ぶのだ」

「……やっぱりこいつだけ置いていこうかな」

「あはは、楽しい旅になりそうだね」


 こうして、借金を返済した吸血鬼とサイボーグ少女のコンビは新たな仲間を加え、〈ノイマンシティ〉を旅立つことになった。


 ◆ ◆ ◆


 一方その頃、この世界のどこか。


 キノコ人間の幹部達が、円卓に集まっていた。

 そう、円卓だ。古今東西、幹部達は円卓に集まって怪しげな会議を行う。これは避けられない運命さだめなのだ。


「皆も知っているだろう。今日、〈ノイマンシティ〉近郊で巨大なエネルギーが観測された。詳しくはお手元の資料の三ページ目をご覧ください……」

「おやまあ、これは、由々しき事態ですねぇ」

「このような巨大な力、我々の脅威になりかねん」

「この世に神秘を取り戻すという〈ナラタケ・ジ・アース〉様を阻むものには、等しく死と胞子を!」

「俺は脅威になるとは思わないが、一応、事態は把握しておいた方が良いだろうな。〈ノイマンシティ〉の近くはサルノ・コシカケの縄張りだ。あいつは来ていないのか?」


 円卓の面々がキョロキョロと周囲を見回す。円卓にはいくつか空席があった。


「サルノ・コシカケが召集に応じないのはいつものことだ」

「まさか、その巨大なエネルギーの持ち主に倒された、なんてことはないよな?」


 円卓が一沈黙に包まれる。一人のキノコ人間の笑い声がその沈黙を破った。


「ふははは、よもや! サルノ・コシカケは我らの世代で最強」

「『冥土のお土産屋さんスーベニアショップ・フォー・ザ・デッド』の異名を持つあいつが、簡単にやられるものか!」

「あいつの冥土の土産を聞いて、生きていたサイボーグはあんまりいないからな」

「万が一にでもサルノ・コシカケが破れるようなことがあれば、その時はが必要ですねぇ」

「はっ、そんな時はあと千年経っても来ないさ」


 彼らはまだ知らない。サルノ・コシカケが既にラーレに秒殺されていることを……


 続く

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