幕間 砂漠のバス

第9話 壊れかけのサイボーグ少女

 ラーレ、モーント、アヤメの三人は〈ノイマンシティ〉を後にし、新たな街に向かっていた。三人が乗っているのは都市間を結ぶ乗合のホバークラフトバスだ。横長の四角い車体の下にスカート状のホバー機構が搭載され、少し浮き上がることで砂漠でも埋まらずに進むことが出来る。一列が四人掛けの座席の並ぶ車内には、ラーレ達を含めて十数人の乗客がいた。

 今、三人が向かっているのは、〈エジソンシティ〉という街だ。

 ラーレは、砂が風に舞う窓の外を見ながら言った。


「交易都市〈エジソンシティ〉かぁ。遠いんですか?」

「何もなければ二日ってところだね」

「そこに、〈無菌郷ステライル〉の手がかりがあるかも知れないんですね!」

「それはどうかな。ただ、あのアンプルの血をあそこでもらったのは確かさ」


 研究所の地下でアヤメがモーントに渡した血の入ったアンプル。あれは、昔アヤメが〈エジソンシティ〉である人物から手術の対価として受け取ったものだった。


「今生きているサイボーグのほぼ全ては、胞子がこの星を覆う前にサイボーグ化していた人間達だ。天然の血はサイボーグ化前の人間からしか採れないけど、私が知る限り、ここ百年新しい人間は生まれていない。なのに、あのアンプルの血は三十年前のものだった」

「血の持ち主は〈無菌郷ステライル〉にいた人かも知れない! ってことですよね」

「まあ、あの血が三十年前の物、って言っているモーント君を信じるならね」


 ラーレとアヤメは揃ってモーントの方を見た。モーントは、背中に背負ったバックパックから伸びたチューブを咥え、そこから青く光る人工血液をチューチューと吸っている。アヤメが作った特製のハイドレーションパックだ。いつでも手軽に人工血液が補充できる優れものだ。

 二人に見られているのに気がついたモーントは、決まりが悪そうに人工血液を吸うのを止めた。


「私ともあろうものが、まるで虫のようにチューチューと……ゴホッ、ゴホッ」


「けほっ、けほっ……ううう」


 その時、もう一つ苦しそうに咳き込む声が聞こえてきた。モーントより遥かに可愛いらしい声だ。


「けほっ、けほっ、けほっ……」

「大丈夫かな? まさか、あの人も吸血鬼?」

「かなりヤヴァそうな咳だね」


 ラーレが立ち上がり、声のした方を見に行くと、一番後ろの席で長い黒髪の少女が身を縮めるようにして座っていた。少女は毛布にくるまり、咳き込みながらブルブルと震えている。その隣には何やら長い荷物が布でぐるぐる巻きにして置いてあった。


「ねえ、あなた大丈夫? 人工血液飲む?」


 ラーレはにっこりと笑い、自分のバッグから緑色に光る人工血液を取り出した。

 少女は、ぽかんとした顔でそれを見つめ、言った。


「そんなの、飲むわけないじゃない……けほっ、けほっ。ひどい嫌がらせ。あんまりだよ。ううう」


 少女は泣き出してしまった。


「あわわ、ごめん! 嫌がらせじゃないよ」

「ううう……もう嫌だよぉ……みんな嫌い」


 泣き続ける少女とその横でオロオロするラーレを見て、モーントが言った。


「ほらみろ。緑のやつは不味いんだ。せめて青にしてやらんか」

「いや、そういうことじゃないと思うよ……どれどれ、ちょっと診せてよ」


 アヤメは席を立ち、泣き続ける少女のところに向かった。アヤメは少女を一目見て言った。


「これは、メンテナンス不足だね」

「え?」

「人工臓器がだいぶやられている。胞子の濾過ろかも、体温調節もうまくできないんだ。君、いつからメンテナンスしてないの?」


 少女は涙目でアヤメを見上げ、なおもガタガタ震えながら言った。


「あ、ええっと、その……ちょっと、わからないです」

「君、自分の名前は覚えている?」

「へ、ええと、『リリ』です。そう、私はリリ……」

「そう。まだ脳は大丈夫みたいだね。でもこの調子だと、ヤヴァイかもね」


 アヤメは自分のバッグから薬を取り出し、リリに渡した。


「これで一時的に楽になる。だけど、すぐ大きな街でオーバーホールしないと手遅れになるよ」

「は、はい……ありがとう、ございます」

「アヤメさん、ありがとうございます。私、この子のそばにいますね」

「ああ、頼んだよ、ラーレちゃん」


 ラーレとリリを残し、自分の席に戻ったアヤメ。モーントはチューブから人工血液を吸いながらアヤメに言った。


「ふん、さいぼうぐというのは本当に軟弱な種族なのだな」


 アヤメは俯き、自分の手を見ながら言った。


「ああ、そうだよ。バリアと機械の体で身を守っても、ああやってどんどん胞子に侵される、軟弱な種族さ。子供を作ったって、サイボーグ化する前にやられちまう。私たちは緩やかに滅びている真っ最中さ」

「ふん……そうか」


 モーントはそれきり何も言わず、座席に深く腰掛けた。後ろからは、リリに話しかけるラーレの明るい声が聞こえていた。


 ◆ ◆ ◆


 日が落ち、バスは停車した。夜間はキノコ獣の活動が活発になるため、走っていると襲われやすくなるのだ。乗客達はバスから降り、焚き火を囲んで夕食を食べていた。精巧に作られたサイボーグは食事をするのだ。

 食事をするラーレ達の中にはリリが加わっていた。リリは相変わらず毛布にくるまっていたが、薬のおかげか震えは止まり、咳き込むのも少なくなっていた。


「リリちゃんはどこから来たの? ずっと一人で旅をしてるの?」

「ええと、昔は二人だったんだけど、今は一人。ラーレちゃんは、この人たちとずっといるの?」


 ラーレとリリはいつの間にか仲良くなっていた。


「私は昔の記憶がないんだよね……でも、いつの間にか仲間が増えて、このメンバーで旅立って、最初に乗ったのがこのバスなんだ!」

「へえ……そうなのね。でもサイボーグ技師が一緒なんて良いなぁ。ところで……」


 リリは人工血液をチューチュー吸っているモーントをチラリと見た。


「あれ、何? 新世代のキノコ人間?」

「うーん、なんだろうね。でも危なくないよ。きっとリリちゃんの方が強いから」

「そう……」


 モーントはリリの視線に気がつくと、リリの方を見てニヤリと笑った。その視線がリリの首筋を凝視しているのに気がつき、ラーレは軽蔑の眼差しでモーントを睨んだ。


「やい、変態。いい加減にしろ」

「ふっ。安心しろ、最初に血を吸うのは小娘、お前に決めている。病弱な小娘、お前はその次だ。ぐへへ」


 モーントはゴキブリ捕獲機くらい粘つく視線を二人に浴びせた。ラーレとリリは二人で身を寄せ合い、仲良く侮蔑の眼差しを返した。


「うわぁ……気持ち悪いよぉ」

「気持ち悪いでしょ? 本気出すとちょっとだけかっこいいんだけど、台無しだよ」


 その時、乗客の一人が大きな悲鳴をあげた。


「う、うわああ! キノコ獣だぁ、出たぞ!」

「チュー!」


 鳴き声と共に地面が盛り上がり、人間ほどのサイズのキノコ獣が三匹、顔を出した。


「チュー!」

「チュー、チュー!」

「チュッチュチュー!」


 逃げ惑う乗客達。ラーレは立ち上がり、大きな声で言った。


「安心して、私はキノコ狩人だから! 戦闘用装備じゃない人は隠れててね」


 アヤメが腰のホルスターから特製小型レールガンを抜き、やってきた。


「ラーレちゃん。あいつらはモグラのキノコ獣だよ」

「え、モグラ? ネズミじゃないんだ……」


 モーントは人工血液をチューチュー吸っていた。


「ふっ、青い人工血液はクセになるな」

「モーントは邪魔にならないように地面に這いつくばっててね」


「チュー!」


 バサァァ……


 モグラのキノコ獣が雄叫びをあげたと思うと、周囲に白い煙のようなものが舞った。


「うわあ」

「ちっ、胞子を撒いたか。とっとと倒すよ!」


 ズキュン!


 そう言うや否や、アヤメは小型レールガンを構え、一匹のキノコ獣に向かってそれを放った。目にも止まらぬスピードでメスが打ち出され、キノコ獣の頭に突き刺さった。


「グェェ!」


 醜い断末魔を上げ、モグラのキノコ獣は倒れた。ラーレも負けじと指から光線を放ち、残り二体のキノコ獣の眉間を正確に撃ち抜いた。


「チュグェェ!」「チュギェピー!」


 キノコ獣たちは倒れ、動かなくなった。やがて、死骸はボロボロと崩れ、胞子になって飛散した。


「はあ、これだけみたいですねぇ」

「野営を襲うなんて、小賢しいキノコ獣だね」


 無事キノコ獣を片付けて、ほっとしたのも束の間、再び叫び声が響き渡った。


「う、ううう…… いや、嫌だ……グァァアア……ああアアァ!」


 叫び声の主は、リリだった。慌ててアヤメが駆け寄る。


「ヤヴァイ! これは……」


 リリは口から泡を拭き、手足をビクビクと痙攣させていた。見開かれた目は充血し、苦しそうに呻き声をあげている。


「うううあああアアア……グアアァ……イや……ルリ……ううう」

「さっきの胞子で急速に悪化したんだ。たぶん、中枢神経に胞子が回った」

「え、うそ、うそだ……さっきまで普通だったのに!」


 リリはジタバタともがき始めた。アヤメは急いで離れ、ラーレに向かって言った。


「暴走する前に、終わらせてあげよう」


 リリはもがきながら、ラーレに向かって手を伸ばした。


「……シテ……コロ……シテ……はやク……アアアァ」


 呆然と立ち尽くすラーレ。アヤメの横にモーントがやってきて尋ねた。


「どうしたのだ? ずいぶんと具合が悪そうだが」

「このままだと、彼女はキノコ人間になる」

「ほう」


 アヤメはラーレに言った。


「ラーレちゃん。その前に、君が彼女を……」

「い、嫌だ! 出来ないよ! そんなこと」


 ラーレは涙を流し、首を横に振った。


「アヤメさんなら、アヤメさんならどうにか出来ないんですか? 伝説のサイボーグ技師なんでしょ? リリを治してよ!」


 苦しそうに呻くリリ。構わずチューチューと人工血液を吸うモーント。


 アヤメは目を閉じ、静かな声で言った。


「……どうにか出来るよ。私ならね」

「え、じゃあ!」

「ただし!」


 アヤメはラーレに歩み寄り、目を覗き込みながら真剣な顔で尋ねた。


「私の手術代は高いよ」


 ラーレはごくりと唾を飲み、アヤメの目をまっすぐ見据え、言った。


「……分割払いとか出来ますか? できれば金利ゼロで。それか、出世払いで」


 アヤメはニッコリ笑って答えた。


「じゃあ無料でいいよ。別にお金に困ってないし」

「やったー、なんか得した気分」

「さて、まずは患者クランケを取り押さえないとね」

「はい!」


 続く

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