第10話 手術を開始します!

「ウワアああアアア!」


 突然リリは頭を抱え、叫び声を上げた。くるまっていた毛布がハラリと落ちる。リリは、上はカーキ色をしたオーバーサイズの軍服、下は短いプリーツスカートという服装だった。


「リリちゃん、そんな可愛い格好してたんだね。今、助けてあげるから。さあ、こっちに来て」


 ラーレはゆっくりとリリへと近づいた。だが、リリは再び大きな叫びをあげると、ラーレとは逆方向に走っていった。それはホバークラフトバスがある方向だった。


「ヤヴァイ! 既に自我が無くなりかけてる。追いかけるんだ」

「待ってよ! リリちゃん!」


 バスの車内にはモグラのキノコ獣から逃げた何人かの乗客がいたが、リリはその乗客達には構わず、自分が座っていた一番後ろの席に飛び込んだ。

 ラーレ達が追いついてバスの中に入ると、リリは自分の荷物を手に取っていた。布でぐるぐる巻きにしてあった細長い荷物だ。


「あれは?」


 空な目をしたままリリは荷物の梱包を解き、その中身を両手に持った。

 それは長い刀と、木製ストックのライフル銃だった。


「随分と古風なスタイルだね。でもあれはもしや……ラーレちゃん、伏せるんだ!」


 リリは長い刀を抜刀し、鞘を投げ捨てた。次の瞬間――


 シャキン!


 鋭い音がして、一閃の光が輝いた。


 ガシャーン!


 気がつくと、バスの天井が無くなっていた。バスの中にいた他の乗客が悲鳴をあげて逃げていく。


「ええー!」

「やっぱり、あれは対サイボーグ刀だ。なぜあんな物を? いや、まずは彼女を取り押さえないと。ラーレちゃん、気をつけて。油断すれば君もやられるかも」

「そんな……」

「うううあああア」


 リリは右手に刀、左手にライフルを持ったまま、フラフラとラーレたちの方に近づいてきた。その時、リリの後ろに唐突にモーントが現れた。


「病弱な方の小娘よ。良いライフルを持っているな。どれ、見せてみろ」

「うああァ!」


 リリが刀を振るうと、モーントの右腕が綺麗に切り落とされた。


「うわ、痛そう」

「むむ、無礼な! 許さんぞ」


 モーントは特に怯むこともなく、残った腕でリリに掴み掛かった。リリが思いっきりライフルを振り下ろすと、ボゴォ! と派手な音がしてモーントのどこかが折れ、モーントはボロ雑巾のようにグシャリと地面に倒れ込んだ。


「ああ、やっぱり弱い……」

「ラーレちゃん、今だ!」

「あ、よーし」


 ラーレはモーントに気を取られていたリリに掴み掛かり、床に押し倒した。リリはジタバタと暴れたが、力はラーレの方が強かった。アヤメがスプレーのようなものを取り出してリリの顔に吹きかけると、リリはぐったりとして気を失った。


「大丈夫。サイボーグ用麻酔ガスだよ」

「はぁはぁ……あとはお願いします」

「任せて。ところでモーント君は……」


 すると突然、倒れていたモーントがむっくりと起き上がり、チューブを咥えて人工血液を勢いよく吸い始めた。切断された右腕の先にモヤモヤと霧のようなものが現れ、やがて腕が元通りになった。折れていたどこかの骨も再生したようで、モーントは何事もなかったようにすくっと立ち上がった。


「……なんで腕が生えるの?」

「ごほっ、当たり前だ。吸血鬼なのだから、切られた腕くらい再生できる」

「へぇ、こりゃあ本当に不思議な生物だ。キノコ人間の再生とも違うみたいだね」

「ふん。ところで、その無礼で病弱な小娘は串刺しの刑に処す。渡すのだ」


 倒れているリリに近づこうとしたモーントの前に、ラーレとアヤメが立ち塞がった。


「めっ! ダメだよ。串刺しなんて卑猥な変態め!」

「私の患者クランケに手を出すのは止めてもらおうかな」

「卑猥? ぬぬ……」


 モーントは仕方なく引き下がった。アヤメはふぅ、と息を吐くと、両手を腰に当てて言った。


「さて、手術オペの時間だ」


 ◆ ◆ ◆


 テントで作った急ごしらえの野外手術室にリリを運び込むと、アヤメは小さなサイコロのような装置を操作し、緊急用の〈減菌フィールド〉を展開した。キノコの胞子の侵入を限りなく防ぐバリアだ。アヤメの持つ装置は一人の手術ができるだけの広さのバリアを展開できるが、一回だけの使い捨てだ。

 ちなみにめちゃくちゃ高価である。


「これって、どのくらいの時間持つんですか?」

「三十分かな?」

「え、それだけ!」

「それだけあれば大丈夫だよ。中枢神経に根を張りつつある胞子を除去する。かなり集中しなきゃいけないから、邪魔が入らないように頼むよ」

「任せてください!」


 アヤメはマスクと手袋をすると、手術室に入っていった。その後ろ姿を見つめながら、ラーレは拳をギュッと握りしめた。モーントが言った。


「自力で再生も出来ないとは、さいぼうぐは軟弱だな。随分と大掛かりなことだ」

「ねえ、大丈夫かな? 大丈夫だよね? アヤメさんは伝説のサイボーグ技師だし。きっと助かるよね?」


 ラーレは落ち着きなく手術室の前を行ったり来たりした。モーントは人工血液を吸いながら言う。


「キノコ人間とやらになっても、死ぬわけではないのだろう」

「同じだよ! キノコ人間になれば、ほとんどは凶暴化して自我を失っちゃう。そうなったら、もう駆除するしかないんだ。もう二度と治らない……死ぬのと一緒だよ」

「ふん、死は誰にでも平等に訪れるありふれたもの。私のような不死者を除いてな」

「そんな!」

「一人死ぬか生きるかだけで、なぜそんなに騒ぐのだ? そもそも、あいつは今日会ったばかりではないか。おかしな小娘だ」

「だってリリはもう友達だよ。友達を助けたいって思うのがそんなに変?」

「わからんな。大体この前、キノコ人間を真っ二つにしていたではないか。あれだって元は人間なのだろう? 何が違う?」

「それは……だって、まだリリちゃんは人間だし、友達だし……私、気がついたら記憶が無くて、一人で彷徨ってた。本当は寂しかったんだ。きっとリリちゃんもそうだよ。他人事と思えないんだ」

「ふん、友達か……人間は私に取って、ただの獲物だ。獲物か、敵か、眷属か。私にはそれしかいない」

「でも、今は違うでしょ?」


 その問いに、モーントはラーレを指差し、答えた。


「お前は、獲物だ。眷属にはしてやるがな。それ以外ではない。お前は、私を勘違いしているぞ」

「……もう知らない」


 その時、遠くでバスの乗客の悲鳴が響いた。


「うぎゃー、き、キノコ人間だぁ!」


「そんな、こんな時に! ふえぇ……どうしよう」


 オロオロするラーレ。モーントは人工血液を吸いながら言った。


「行け。ここは私が見ておいてやる」

「え、弱いのに何カッコつけてるの?」

「とっとと片付けて戻ってこい」

「わ、わかったぁ!」


 ラーレは悲鳴の聞こえた方に急いだ。


 続く

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