第6話 サイボーグ技師を救え

 〈ノイマンシティ〉は砂漠に囲まれている。だが、砂漠の砂に見える物のほとんどは、キノコの胞子が塵になったものだ。

 キノコの森と砂漠がほとんどを覆う地球のその隙間で、サイボーグ化した人間達が細々と暮らしているというのが、今のこの星の状況だ。

 地平線の彼方には、巨大なキノコの森が陽炎に揺らめいている。近い将来、〈ノイマンシティ〉もあのキノコの森に飲まれる運命なのだ。


「いつもなら翼を生やして空を飛べるというのに」

「何言ってんの? そんな飛行ユニット聞いたことがないよ。しっかり掴まっててね」


 ラーレは、砂漠に点在する岩、崩れた廃墟などを足場にし、ピョンピョンとジャンプを繰り返して移動していた。フリルのついたドレスが風圧ではためく。その背中には、モーントが振り落とされまいと必死にしがみついていた。


 ラーレが跳躍するたび、風圧で髪がふわりとなびき、モーントの目の前にラーレの細い首があらわになる。

 我慢出来なくなったモーントはごくりと唾を飲み、口を開けて牙を覗かせた。

 ラーレは振り返り、目を細めてじっとモーントを見つめ、言った。


「やい、変態。砂漠に捨てていくぞ」

「ふん。どうせ牙が折れるだけだ、無駄なことはしない。だが今に見ていろ。ぐへへ、噛みつき心地の良さそうな首だ」

「気持ち悪い……次から首輪でもつけて引っ張り回そうかな? あ、あそこだね」


 風に舞う砂埃の向こうに、立方体のコンクリートの建物がポツンと建っているのが見えてきた。まるで砂場にサイコロが落ちているようだ。ただし、その大きさは一辺が十回建てのビルくらいある。


「ふむ、あれか。ずいぶんと変な形の城だな」

「『シカオイ・アヤメ』さんの研究所だよ。彼女は一人であそこに篭って研究していたらしいんだけど、キノコに襲われたって連絡を最後に音信不通なんだって」

「その技師を助け出すと、金がたくさんもらえるのだな」

「うん。それに恩を売れば、私のメンテナンス代が安くなったりするかも!」

「よし、行くぞ! 急げ!」

「私は乗り物じゃないよ。まったく」


 二人は研究所の前にたどり着いた。研究所は飾りっけのないコンクリート剥き出しの立方体だったが、一つの面だけ赤く色が塗られていた。どうやらここが正面のようだ。

 そこんは出入り口らしき大きな金属製の両開きの扉が付いていたが、隙間なく閉ざされ、近づいても開く気配はなかった。


「うーん、今のところ、キノコ獣やキノコ人間は見当たらないね……とりあえず入ろうか」

「どうするのだ? 開かないぞ?」

「えい!」


 ラーレが入り口を思いっきり殴ると、ボコォ! と激しい音がして、ひしゃげた扉が建物の中に吹っ飛んでいった。

 ラーレは舌をぺろりと出して言った。


「てへ、救出依頼任務中だから、やむを得ないってことで」

「……」


 ラーレはニコニコした顔で薄暗い研究所の中に入って行った。その後を、フラフラとした足取りでモーントが続く。振り返ったラーレはカバンから緑色に光る人工血液のパックを取り出した。


「はい、そろそろ飲んでおきなよ」

「ごほごほっ……くっ、しょうがない。しかし、人工血液はなぜ、全てこうも不気味に光っているのだ?」

「さあ? 知らないよ。やっぱり、なんとなくじゃない?」

「お前たちは血に対する敬意が無さすぎる。血は魂の通貨、生命の証。それを、なんとなく、で光らせるな! あと、もう少し味をなんとかしろ。飲めたもんじゃないぞ」

「……普通は飲まないんだよ」


 モーントは文句を言いながらも人工血液を飲み干した。それで幾分感覚が回復したせいか、モーントは暗闇の中に何かがいるのに気がついた。


「むむ、何かがこちらを見ておるぞ」

「え、気が付かなかった。キノコ獣かな? でも建物は壊れてなかったし、どこから入ったんだろ」


 ラーレは視覚センサーの感度を上げた。すると暗闇の中に何やら大きな耳の動物がいるのが見えた。


「ヨウコソ!」


 謎の生き物は不気味な高い声で言う、建物の奥へと消えていった。


「何かいた! 鳴き声? 今の?」

「ふむ、追うのだ、小娘」

「言われなくてもそうするよ!」


 研究所の中はまるで迷路のように入り組んでいた。謎の生物はまるで追いつくのを待っているように、チラチラと姿を表しては逃げるのを繰り返す。

 しばらく追いかけっこをしていると、やがて天井の高い部屋に出た。


「ヨウコソ! イッショニ、フエヨウヨ!」

「……増えようよ?」


 パッ


 いきなり部屋がピンク色の光で照らされる。そこには人間の子供ほどの大きさのネズミが二本足で立っていた。


「小娘、なんだ、あれは? 弱そうだな」

「なんだろう……キノコ人間じゃないよね。喋るキノコ獣かな? やい、ネズ公! シカオイ・アヤメさんをどこにやったんだ!」


 ラーレの言葉に、そのネズミはまた甲高い声で返した。


「ヨウコソ! イッショニ、フエヨウヨ!」


 モーントが鼻で笑う。


「ふん。大して頭は良くないようだな。所詮は獣よ」

「ちょっと待って、今、僕たちって言わなかった?」


 すると、部屋のありとあらゆる隙間から、突然大きなネズミたちが姿を表した。その数は数十匹では済まない。数百はいるだろう。そして全員が不気味な笑い声をあげてていた。


「ヨウコソ!」「フエヨウヨ!」「ハンショク!」「ヨウコソ!」


 ラーレの顔が引き攣る。


「なんかヤバいかも……」

「こんな奴ら、いつもなら魔獣を呼び出して餌にするところなのだが」

「へーそうなんだー(棒読み)。とりあえず、邪魔にならないように床に這いつくばっててもらえるかな」


 ネズミたちは二人を取り囲むと、一気に飛びかかってきた。


「ヨウコソ!」

「ええい、かかってこーい!」


 ラーレは右手の人差し指から収束ビームを放ち、その場でくるりと一回転して、飛びかかってくるネズミ達に浴びせた。ネズミ達は真っ二つになりボトボトと地面に落ちた。

 だが、ネズミたちの勢いは収まらず、仲間の屍を飛び越えて次々と飛びかかってきた。


「ヨウコソ!」「フエヨウ!」「ハンショク!」

「うわー、気持ち悪いぃ、来るな、来るなぁ」


 ラーレはビームを連射して飛びかかってくるネズミを撃ち落とすが、一向に数が減らない。徐々に追い詰められていくラーレ。すると、床に這いつくばったモーントが言った。


「小娘よ。この下に空間があるぞ」

「はあ? 今ちょっと忙しいんだけどっ! ……空間?」


 モーントは床をゴンゴンと叩いた。ラーレは意味を理解し、ニヤリと笑った。


「たまには役に立つね、君も」


 ラーレは右手の人差し指の先にビームブレードを形成した。そして、そのビームブレードで自分とモーントの周りの床をくるりと丸く切り抜いた。


「じゃあねー」

 

 にっこりと笑って手を振るラーレ。

 床に穴が空き、ラーレとモーントはそのまま地下に落ちていった。


 続く

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