第5話 その地の名は、無菌郷ステライル
サルノ・コシカケと名乗るキノコ人間を秒殺した翌日。
モーントとラーレは、キノコ狩事務所に向かっていた。モーントをキノコ狩人として登録するためだ。モーントは、ボロボロの服とボサボサの髪という格好でフラフラと歩いている。
「うう……だんだん魔力が減っていくのがわかるぞ……一体なんなんだ、ここの空気は」
最高級の人工血液を飲んだおかげで少しは元気になっていたモーントだったが、時間が経つにつれて次第に弱っていった。先を歩くラーレはめんどくさそうに振り返った。
「そりゃ、生身で胞子を吸えば無事じゃ済まないよ。むしろなんでキノコに寄生されてないのか、不思議なんだけど」
「私は不死だからな。ぐほっ……常に傷は再生するのだ。だが、今は魔力が足りず再生が追いつかないのだ」
「その、魔力ってのが何かわからないけど、また人工血液を飲んだほうが良さそうだね」
「ああ血が吸いたい、本当の血を、首から……」
「吸わせたくないし、そもそも君の牙じゃサイボーグのスキンバリアは破れないよ。そして、サイボーグじゃない人間はもういない。諦めてねー」
「い、嫌だぁ、ぐほっ……」
モーントは咳き込み、その場に座り込んでしまった。周りの人々は珍しい生き物を見るように――いや実際珍しい生き物かもしれないが――モーントをチラチラと見ている。ラーレは少し迷ってから駆け寄った。
「もう……しょうがないな」
ラーレは鞄から人工血液を一パック取り出した。一番安いグレードの人工血液だ。
ちなみに色は緑。
「なんだ、それは! まさかそれを私に飲ませる気か?」
「いらないならいいよ。私は行くから」
「うう……待て! 飲む、飲ませるのだ」
「自分で飲んでよ」
ラーレは緑色の人工血液のパックをモーントに投げて渡した。モーントはその毒々しい色に眉を
「ううっ! なんてまずいのだ!
「苔食べたことあるの……?」
少し力を取り戻したモーントはすくっと立ち上がり、体を逸らせながらラーレを見下ろした。ラーレはモーントを見上げながら言った。
「ちゃんと立つと結構背が高いんだねぇ」
「ふん、小娘、礼を言うぞ」
「ちゃんとお金払ってよ。タダじゃ無いんだから」
「ぬぬ。城にあったはずの財宝は無くなっていたし、金は無い」
「じゃあ、早く稼がないとね。私もドクターに借金返して、この街を出ないといけないんだ」
「ほう……? 何か目的があるのか? 聞かせてみろ」
モーントは腰を曲げ、ラーレの顔を覗き込んだ。ラーレは鬱陶しそうにその顔を押し除け、歩き出した。振り返ってモーントがついて来ているのを確認してから、ラーレは話し始めた。
「私は、ある時点からの記憶が無いんだ」
「記憶操作魔法か」
「いや、それは知らないけど……でも一つだけ覚えていることがあってさ、それが〈無菌郷ステライル〉に行かなきゃいけない、ってことなの」
「なんだ、それは?」
「〈無菌郷ステライル〉はこの世のどこかにあるという、キノコがいなくて胞子が飛んでいない場所だよ。さっきサイボーグじゃ無い人間はもういないって言ったけど、そこでは人間はみんな生身で暮らしているんだって」
それを聞いて、モーントの目が輝いた。
「なんだと。では、そこに行けば血が吸えるではないか! ぐへへ!」
「え……ああ、教えなきゃ良かったかな……でも、実在するかは怪しいんだ。私は、そこに行かなきゃ行けないって強い気持ちだけがあって、しばらく彷徨ってたんだけど、メンテナンス不足で倒れちゃってね。ドクターに助けられたんだけど、その時の交換部品代が払えてないんだ」
「ふん、さいぼうぐというのは、ずいぶん軟弱な種族だな」
「吸血鬼とかいう種族よりは強いと思うけど」
「ぬぬ。よし、決めたぞ」
モーントは突然立ち止まり、腰に両手を当てて高らかに宣言した。
「小娘、お前が〈無菌郷ステライル〉に行くのを、私が手伝ってやろう。そこに着いたら、本来の力を取り戻した私がお前の血を吸い、お前は晴れて私の眷属になるのだ。良かったな」
「へ?」
「ふっ……ぐほっ、ぐほ」
モーントはニヤリと不敵な笑みを浮かべようとして、胞子のせいで咳き込んだ。咳き込むモーントを見てラーレはクスクスと笑った。
「ふふふ、ありがとう。気持ちだけ受け取っておくね。眷属にはなりたく無いけど」
「遠慮するな。お前も吸血鬼になれば、今以上の力を得るだろう。力が欲しいか?」
「うん、絶対にイヤですお断りします。さて、じゃあ早く何か依頼をこなして、少しでもお金を稼ごうか」
ラーレは今までよりも少しだけ軽やかな足取りで歩き始めた。すでに足元がふらついてきたモーントはその後を必死に追いかけた。
◆ ◆ ◆
キノコ狩人として登録して三時間後、そこには初任務で見事に巨大
「ああー! なんで弱いのにノコノコ前に出るのっ!」
「うう……獣め、獣の分際で! ぐはっ」
二人が受けた依頼は、街はずれに出没するという猪のキノコ獣討伐だった。その猪は体長五メートルもあり、まるで戦車のような大きさだった。巨大な牙が口からはみ出し、体からはたくさんの真っ赤なキノコが生えていた。
「ぐはっ……猪というのは、あんなに大きかったか? あれは名のある主か?」
「キノコ獣だもの、大きくもなるよ」
〈ナラタケ・ジ・アース〉の胞子に寄生された動物は非常に凶暴になり、周りの動物を襲っては胞子を植え付け、仲間を増やす。恐ろしいのは、寄生された状態で子孫を残すことだ。生まれてくる子供は遺伝子レベルで別の生き物になっており、より凶暴で大きく、戦闘能力が高いキノコ獣として生まれてくるのだ。世代を経る毎にキノコ獣は進化し、凶悪なモンスターになってゆく。
「もう、ここに隠れててね。さて、あれじゃ大してお金にならないかなぁ」
ラーレは全身の骨が折れたモーントを岩の陰に隠すと、巨大猪に向かって飛び出していった。三秒後、キュン! という音がして、大きな雄叫びが上がった。巨大猪の断末魔の叫びである。モーントが陰から顔を出すと、眉間に小さな穴の空いた巨大猪の前で、ラーレが小さくガッツポーズをしていた。
「ふっ、さすがだ、小娘。それでこそ、私の、眷属……」
モーントは笑みを浮かべ、ガックリと気を失った。
◆ ◆ ◆
「まさか、こんなに役立たずで足手纏いだなんて! 人工血液のお金、ちゃんと返してよね」
巨大猪を倒した後、ラーレはボロ雑巾のようになったモーントを抱えて街に戻った。ドクターに渡すとまた最高級の人工血液を勝手に飲ませるので、仕方なくラーレは自分のお金で最低グレードの人工血液を買い、モーントに飲ませたのだった。モーントは目を覚ましたが、緑の人工血液の入ったパックを見た途端に不満そうな顔をしたので、ラーレは思わずその頭をぶん殴ってしまった。
「うう、陥没した頭の再生でさらに魔力が減ったぞ……」
「知らないよ。しかし、毎回こんなんじゃ賞金もらっても下手したら赤字だよ。どうにかしてよ。私も借金返さないといけないんだよ」
「本物の血を吸いさえすれば……ぐほっ」
「諦めてください。はあ、やっぱり捨ててくれば良かったかなぁ」
「くそう、不死者の王たるこの私が! ぐほっ、げほっ」
咳き込むモーントを見ながらラーレは頭を抱えた。
「どうしよう、変なの拾っちゃったなぁ。でも、放っておくのもかわいそうだし」
「こら、私を捨て犬みたいに言うな、ごほっ」
「どうにかして、一気に大金稼げないかなー」
その時、ラーレの視界に緊急通信のメッセージが表示された。それを見て、ラーレは興奮した様子でモーントの腕を掴んだ。
「わぁ、すごい! すごい依頼がきたよ!」
「う、腕が、取れる……どうしたのだ?」
「伝説の特級サイボーグ技師、『シカオイ・アヤメ』の研究所がキノコに襲撃されたらしくて、救出任務の依頼が出されたの。超高額報酬だよ。サイボーグ技師に恩を売れば、私のメンテナンス代も安くしてくれたりして」
「ほう……小娘、今すぐ依頼を受けるのだ。向かうぞ!」
続く
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