第4話 キノコ人間サルノ・コシカケ襲来!

「おほほほ。新種のキノコ人間なんて言うから、同族がいるのかと思って来てみれば……なんだい、その汚らしい生き物は?」


 キノコ人間はビルの屋上からラーレたちを見下ろしていた。帽子のツバのように頭の上に広がるのはキノコの傘だ。そのキノコは完全に頭部と一体になっている。顔は人間の形が残っているが、その目には白目がなく、真っ黒だった。ヒョロリとした白いその体からは、無数のキノコが顔を出している。

 その姿を見て、街の人々が逃げ出した。


「うわあ、キノコ人間が出たぞ!」

「『スーパーモヒカンブラザーズ2』が全員やられた!」

「そ、そんな、あいつらがやられるなんて! もうこの街はダメかもしれないぞ!」


 ラーレは街の人々に向かって大声で言った。


「戦闘用装備じゃない人は早く逃げて! 念の為、スキンバリアーの出力を上げておいてね」


 周囲にいた人々は逃げ出し、街外れにはキノコ人間と、ラーレ、モーント、そして「スーパーモヒカンブラザーズ2だったモノ」が残された。

 キノコ人間は余裕の高笑いを上げながら、ラーレに向かって言った。


「おほほほ。冥土の土産に教えてあげる。スキンバリアーなんて無駄よ。私の『傘スライサー』は、キノコの傘を濃縮し、フリスビーのように飛ばして相手を切り裂く。さらに傘はスキンバリアーのパルス信号と逆位相の振動をすることでバリアーを打ち消すの。お前の首も、そこの『スーパーモヒカンブラザース2』のように綺麗に切り落としてあげるわ」

「冥土の土産、早くない? あと、このモヒカンたちって結構有名だったんだね……」


 すると、ラーレの横でゼイゼイと苦しそうな息をしていたモーントが顔をあげ、キノコ人間を睨みつけて言った。


「やめろ! この小娘の血は私が飲むのだ! 勝手に首を切り落とすのは許さん。私がゴクゴクと、首から直接、じっくりと飲むのだ……ぐへへ」


 ラーレは消費期限が切れた牛乳を見つめるような顔でモーントを一瞥してから、キノコ人間に向き直り、叫んだ。


「やい、キノコ人間! おとなしくこの場を去るなら許してあげるよ」


 それを聞いたキノコ人間は大袈裟に肩をすくめ、ため息をついた。


「はあー。口の聞き方に気をつけるんだね、お嬢ちゃん。これを見てもそんなことが言えるのかしら?」


 キノコ人間はそう言って両腕をバッと上にあげた。すると、その胴体に生えていたキノコがキュイーンと高い音を立てて回転を始めた。


「奥義、八輪乱舞!」


 掛け声と共に、回転していたキノコの傘がフリスビーのように勢いよく射出された。その数、なんと八。高速回転をする八つのキノコの傘は、ラーレ達の周りの物を次々と切り裂いた。


 切り倒される街灯! 信号機! そしてこの時代でも地中化されていない電柱!


 八つの傘はラーレ達の背後のビルの壁にめり込んで止まった。


「おほほほ。さあ、恐怖に震え、命乞いをしなさい。私はそんな相手を切り裂くのが大好きなの。私達を狩るキノコ狩人どもは一体でも多く破壊しないとね。そこの薄汚い偽キノコ人間と一緒に、仲良く輪切りにしてあげるわ」


 ラーレは破壊された街を見ながら、ぐぬぬ、と唇を噛んだ。


「ぐぬぬ……このままじゃ」

「ふむ、面白い魔法を使う……あれがキノコ人間か。眷属にしてやっても良いな。だが、あいつらの血はちょっと吸いたくないな」

「ちょっと、黙っててくれない?」


 その時、ラーレの視界にあるメッセージが表示され、それを見たラーレはニヤリと笑った。ラーレの顔を見て、キノコ人間が言う。


「あら? お仲間に助けでも求めたの? 無駄よ、無駄無駄。切り裂く数が増えるだけ……冥土の土産に教えてあげる。私の名前は『サルノ・コシカケ』。恐怖をその魂に刻みなさい! 奥義、八輪乱舞!」


 サルノ・コシカケは再び、その体から八つのキノコの傘を放った。八つの傘はシュイーンという音をたて、今度は一気にラーレ達に向かって飛んできた。

 だがラーレは慌てることなく目を瞑ると、腕を交差させて両手をパッと開き、言った。


「八つなんて、少ないね」


 ズバッ!


 鋭い音と共に、あたりになんだか香ばしい匂いが漂った。


「な、なにぃ!」


 ラーレの指一本一本から、細い光線が放たれたのだ。十本の光線のうち八本は飛んでくるキノコの傘を同時に打ち抜き、残りの二本がサルノ・コシカケの両腕を切り落としていた。


「私は、お前が正式に討伐対象になるのを待ってんだ。じゃないと、私がうっかり街を壊すと損害賠償を請求されるんだよね」

「……おほほほ! まさかこの程度で勝ったつもり? キノコの健康作用を甘く見ないことね」


 サルノ・コシカケがモゾモゾと体を動かすと、切断された場所から大きなキノコが生え、それが新しい腕になった。それを見たラーレはめんどくさそうに言った。


「はあ。やっぱり頭を潰さないとダメかぁ」

「ほほぉ、キノコ人間は再生も出来るのか。まあ、私の本来の再生能力には到底及ばないがな。本気を出せば、あんな奴は私の闇魔術で概念ごと消し去れるのだが」

「寝言は寝てから言ってもらっても良いかな?」


 ラーレは、右手を「フレミングの右手の法則」の形にして構えた。すると、シュバーンという音と共に人差し指の先にビームの刃が形成された。それを見たモーントはごくりと唾を飲んだ。


「そ、それは光の上級魔法、『天上断罪剣ヘブンジャッジメントブレード』か? まさかこの時代に使い手が生き残っているとは」

「いや、ただのビームブレードだけど……」


 サルノ・コシカケが叫んだ。


「私を前にしておしゃべりとは、舐められたものね。いいわ、八個で足りないなら、今度はもっとたくさんお見舞いしてあげる。超奥義、十二輪――」


 次の瞬間、ラーレの姿が消えた。さっきまで立っていた地面のアスファルトはひび割れ、そこには小さなクレーターができていた。


「?」


 首を傾げるサルノ・コシカケ。モーントはなぜか得意げに言った。


「ふっ……なかなかのスピードだ、小娘」


 ラーレはサルノ・コシカケの背後に立っていた。次の瞬間、サルノ・コシカケは頭から真っ二つになって崩れ落ち、断末魔の悲鳴をあげる間も無く、静かに無数の胞子となって消えていった。

 小さくガッツポーズをするラーレを見ながら、モーントは気を失った。


 ◆ ◆ ◆


「はっ!」


 モーントは、見知らぬベッドの上で目覚めた。横には、白衣を着た痩せた男が立っていた。


「目が覚めたようだね。血を啜る変態珍生物」

「貴様、誰だ?」


 ちょうどその時、部屋の扉が開き、ラーレが入ってきた。


「あ、変態が目を覚ました」

「小娘、お前がここに私を運んだのか?」


 モーントはベッドからその身を起こした。相変わらず服はボロボロ、髪もボサボサで汚らしかったが、少しだけ体が軽くなっているのを感じた。


「キノコ人間との戦いが終わった後、突然気を失うんだもん。あのまま置いておいたら、街の景観が醜くなるでしょ」

「君は人工血液が好物と聞いたから、新品を五パックほどぶち込んでおいたよ。おっと、自己紹介が遅れたね。僕はドクター・シラカバ。ドクターが名前だ」


 ラーレとドクターはにっこりとモーントに笑いかけた。モーントは少し照れくさそうに言った。


「ふっ、私に血が吸われるのが怖くなって媚を売っておるのだな。もう遅い、小娘の血を吸うのは決定事項だ」

「やっぱり道端に捨てておけば良かった……」

「はっはっはっ、愉快な珍生物だね。ああ、そうだ、これ」


 ドクターは何やらたくさん数字の書かれた一枚の紙をモーントに手渡した。


「なんだ、これは?」

「請求書」

「?」


 首を傾げるモーント。ラーレはその請求書を覗き込み、驚きの表情を浮かべた。


「うわっ、一体どんだけ高級な人工血液飲ませたの?」

「最高級のやつだよ。カッコよく七色に光るんだ。サイボーグですらない珍生物だろ? よくわからなかったから、一番良いやつにしたのさ」

「あーあ……またその手口か。やられちゃったね、頑張って払ってね」


 ラーレはニコニコしながらモーントの肩をポンポンと叩いた。だが、ドクターはもう一枚の紙を取り出し、今度はラーレに渡した。


「ああ、そうだ。これは君に」

「……? えっ、何これ?」

「メンテナンス費用の見積もりだよ。君、キノコ人間にトドメを刺した時、すぐ近くにいただろう? 奴らが消滅する時の胞子は超高濃度だから、念入りに洗浄しないとダメなのさ」

「これじゃ、さっきの賞金が全部なくなっちゃうよ……」

「はっはっはっ、今度からは遠距離で仕留めるんだね」

「なんだか騙されている気がする……」


 困惑した表情で二人のやり取りを見つめるモーント。ラーレはため息まじりに言った。


「はあ……君も借金仲間だね。一緒にキノコ狩人でもやろうか」


 こうして、弱体化した吸血鬼とサイボーグ少女のコンビが結成された。


 続く

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