第3話 キノコ狩り! 駆除して賞金ゲット!

「ってな事があったんだよー」

「へえ、血を啜る変態珍生物ねぇ」


 モーントとラーレが出会った翌日。

 ラーレは椅子に寝そべり、ドクターのメンテナンスを受けていた。戦闘をした後はメンテナンスが欠かせない。

 目に見えるダメージが無くても、〈ナラタケ・ジ・アース〉の胞子はちょっとした隙間から入り込み、ダメージを与える。スキンバリアーを張っていても完全には防げない。定期的なメンテナンスを怠ったせいで、ラーレはつい最近酷い目に遭ったばかりだ。


「でも、人工血液を恵んでやるなんて太っ腹だな。余裕があるなら早く借金を返してくれ」

「ああ……あれ、使用期限とっくに切れてたんだよね。私ほとんど怪我しないし、使う場面がなくて」

「はっはっはっ、じゃあ廃棄物を飲ませたのか。かわいそうな変態珍生物だ。さて、終わったよ」


 ドクターが手元の装置を操作すると、リクライニングしていた椅子の背が起き上がった。ラーレは身を起こしながら、腕や首筋に繋がったケーブルを引き抜いた。

 ドクターは、白衣を着た無精髭の痩せた男だ。名前は、ドクター・シラカバ。ドクターが名前で、シラカバが苗字だ。

 ちなみに医師免許も博士号も持っていない。

 サイボーグの通常メンテナンスをするくらいなら特別な知識はいらない。装置のスイッチを押す指と、説明書を読める知能があれば一応の事は誰でもできる。自分で自分のメンテナンスはできないから、他人に頼むのだ。


「今回のメンテナンス代は借金に加算しておくよ」

「うっ……また増えた……これくらいサービスしてよ」

「利子を取らないだけ、ありがたく思って欲しいね」


 ラーレは頬を膨らませながら椅子からピョンと飛び降りた。


「作りたくて作った借金じゃないのに。勝手にドクターが治療したんでしょ」

「メンテナンス不足で倒れていた君を僕が拾わなかったら、今頃キノコ人間だよ。それでも良かったのかい?」

「だからって、あんなになんでもかんでも交換しなくても……」


 ラーレが自分のお腹をさすりながら言うと、ドクターが胸を張って言い返した。


「何度も言うが、僕には専門知識なんてほぼ無い! 交換すべき部品を判断して、必要な性能を満たす互換部品を探すなんて、とても出来ない。だから君の人工臓器を全部交換した。最高グレードの新品にね!」

「威張ることじゃないでしょ」

「大体、元々の君の部品のグレードが高すぎるんだよ。安いのに変えて動かなかったら困るだろ?」

「まあね。感謝はしてるよ」

「感謝しているなら、早く借金を返してくれ」

「わかってるよ。だからキノコ狩人ハンターなんてしてるんじゃないか……」


 ラーレはため息をつきながら、ドクターのラボの扉を開けた。出ていくラーレの背中に向かって、ドクターが言った。


「戦闘が無くても、定期的にメンテナンスに来るんだよ」

「わかってるってば」


 ラーレは、扉を閉めてからつぶやいた。


「こんなんじゃ、何年経ってもこの街から出られない。私は〈無菌郷むきんきょうステライル〉に行かなきゃいけないのに」


 ラーレは、街のキノコ狩事務所へと向かった。

 この街は〈ノイマンシティ〉といい、この時代の人間の都市ではまあまあの規模だ。この街の住民は全員、体を機械化したサイボーグである。生身では〈ナラタケ・ジ・アース〉の胞子にやられ、すぐにキノコ人間になってしまうからだ。

 最近はキノコに侵された凶暴な動物、通称「キノコじゅう」の活動が活発化してきており、街の周辺に出没することも多い。「キノコ狩人ハンター」はそんなキノコ獣などの脅威を排除することでお金を稼ぐのだ。

 その時、ラーレの視界に緊急通信のメッセージが表示された。


『未確認の生物が街外れに出現しました。飛行中に落下した模様。新種のキノコ人間の可能性あり。ランクA以上のキノコ狩人は指定座標へ確認に向かってください。報酬は状況確認後に設定されます』


 ラーレは駆け出した。


「ランクA以上の指定ってことは、うまく行けば大量報酬ゲットかも……よーし」


 高性能サイボーグが街中をフルパワーで走ったり飛んだりすれば、それだけで損害が出る。逸る気持ちを抑え、ラーレは指定座標に向かった。

 だが、そこにはすでに三人組の別のキノコ狩人が到着していた。


「あーあ、先を越されちゃったか……ん?」


 三人組が囲んでいる汚らしい生き物に、ラーレは見覚えがあった。

 それは、血を啜る変態珍生物こと、モーントだった。


「ぐはっ……あんなに血を飲んだのに、もうコウモリ化が切れてしまった……やはりあんな不気味に光る血液もどきではダメなのだ……本物の血が吸いたい」


 ボロボロの格好で地面に倒れているモーント。それを取り囲むキノコ狩人達。


「なんだぁ、こいつ。喋りやがったぜ」


 モヒカンのキノコ狩人が言った。


「生身で動いてるってことは、キノコ人間だよなぁ?」


 もう一人のモヒカンのキノコ狩人が言った。


「へへっ、やっちまおうぜ。駆除して賞金、ゲットだぜ!」


 さらにもう一人のモヒカンのキノコ狩人が言う。その言葉を合図に、三人のモヒカンはそれぞれバットや鉄パイプ、バールのようなものを取り出して構えた。


「くっ、男の血は吸いたくないが、やむを得ぬか」


 モーントは心底嫌そうな顔をしながら、一人のモヒカンの首筋に噛みついた。それを見てラーレは思わず言った。


「うわっ、あの変態、見境がないなぁ! 誰でもいいのか」


 だが、やはりと言うべきか、モーントの牙はモヒカンの首に跳ね返され、ポッキリと折れてしまった。


「な、なにぃ、お前もか! お前もさいぼうぐなのか!」

「こ、こいつ、噛みついてきやがったぜ」

「凶暴なやつだ!」

「ふっふっふっ、俺が徹夜で並んで買った最新のパワーアーム、『チカライズパワー マークスリー』の性能を見せる時が来たようだな……うおおっ!」


 モヒカンの一人が腕にグッと力を込めると、プシューという音と共にその腕が倍ほどの太さに盛り上がり、着ていたシャツの袖が弾け飛んだ。モヒカンは、その太い腕でバッドを振り上げた。


「おらっ! 地面のシミになりやがれ!」

「ひいっ……!」


 モーントは情けなく悲鳴を上げ、身を丸めた。


 思わず、体が動いていた。

 ラーレは目にも止まらぬスピードでモヒカンの前に飛び込むと、振り下ろされたバッドを片手で受け止めた。モヒカンが血走った目でラーレを睨む。


「な、なぁんだテメェ! 俺たちの仕事の邪魔をしようってのか? 痛い目を見たいようだな!」


 モヒカンがバッドに力を込めるが、びくともしない。ラーレは涼しい顔で言った。


「ああ、思わず飛び出しちゃった……ええと、やめなよ、弱いものイジメは。この生き物はキノコ人間じゃないよ」

「なぁんだとぉ?」


 ラーレの声を聞き、モーントが顔を上げた。


「そ、その声は……あの時のドレスの小娘!」


 モーントと目が合ったラーレは、気まずそうに笑った。


「えへへ、また会ったね」

「匂いを追ってきて正解だった! やはりここにいたのだな! ぐふふ」

「え、気持ち悪い……地面のシミになれば良かったのに」


 モーントの言葉にラーレは顔をしかめた。モヒカンたちが声を荒げる。


「何二人で盛り上がってんだ! 俺たちをダァレだと思っていやがるんだぁ? ええ?」

「そうだ、そうだ! 俺たちは、あの、『スーパーモヒカンブラザース2』だぜぇ」

「やっちまったな、やっちまったよ、お嬢ちゃん。俺たちを敵に回して、この街で暮らせると思ったら――」

「はっ、伏せて!」


 何かが飛んでくるのを感じ、ラーレは慌ててその身を伏せた。


 ラーレが顔を上げると、三人のモヒカンたちの首から上がスッパリと綺麗に無くなっていた。


「あわわ……!」

「むむ、斬撃魔法か。なかなかの速さだ」


 モーントが上を見上げてつぶやいた。ラーレがその視線の先を追うと、ビルの屋上にツバの広い帽子を被った人間のような影が立っていた。


「おほほほ。私の『傘スライサー』をかわすとは、なかなかやるねぇ」


 ラーレは険しい顔でその影を睨んだ。


「出たな、キノコ人間め!」


 続く

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