第20話 混沌! 妖狐の幼女とキノコ人間マツオウジ
黄金色の毛を逆立て、赤い瞳でラーレ達を睨みつける狐耳の幼女。
困惑するラーレ。
「ええ?! タマさんから狐の女の子が生まれた?」
「小娘、よく見ろ。
アヤメがタマだったモノを見て言った。
「このサイボーグの体、
「あわわ……悪人ポイントが計測不能だったから、おかしいと思ったよぉ……」
妖狐の幼女となったタマは、幼い可愛らしい声で言った。
「くそう! 養分どもの分際で! げほっ、げほっ、おえ」
タマは苦しそうに胸を押さえている。
「胞子の影響か? モーント君の親戚かな?」
「ふむ……だがこやつは確か毒には強いはず。おそらく、私の魂に触れた影響だろう」
すると、苦しむタマの口から光の玉のようなものがポンポンといくつか吐き出された。それらはフワフワと宙を漂い、食堂に置いてあった殺人事件の被害者の体へと入って行った。同時に、タマの体を包んでいた黄色い光が弱まっていく。
「ああ! 私がせっかく集めた魂が!」
次の瞬間、なんと死んでいたはずのコンナ達が目を覚ました。
「う……ううん」
「な、なんだ? あれ? 俺は確か……」
もう何も言えないラーレ達。
「一体何が起こっているの……名探偵の私でもわからないよ……」
「興味深いね。とても興味深い」
「夢……? これはきっと夢だよ! そうだよね……」
皆がぽかんとしている中、モーントは一人平然としている。
「おい、妖狐よ。昔会った時は尻尾が九本だっただろう。それに、もっと妖艶な美女だったはずだ」
床にうずくまっていたタマは、顔を上げてモーントを睨みつけた。
「昔会った、ですって……? あんたみたいな禍々しい魂の浮浪者なんて知らないよ。私がこんなになっているのは、みんなキノコのせいさ!」
「ふむ……」
「ある日、私が封印されていた石が突然砕けたのさ。忌々しいキノコが菌糸を伸ばして、石を飲み込んだせいでね。私は、その時の欠片から復活したけど……残りはキノコに取り込まれてしまった」
「ふん。だから、尻尾が二本しかないのだな」
「弱くなった私は、ここに罠を張り、宿泊客の魂を吸い取っていた……それなのに! ほとんど吐き出しちゃった……うわーん、返せー」
タマは短い手足をバタバタさせ、遂に子供のように泣き出してしまった。ラーレがモーントの袖を引っ張り、尋ねる。
「ねえ、このちっちゃい子はモーントの仲間なの?」
「こんな妖怪風情と私を一緒にするな。まあ、お前達よりは私に近いものだ」
「へえ、そうなんだぁ。ねえ、狐ちゃん、泣かないで。お姉ちゃん達と遊ぼう?」
「……小娘、お前は強いからって怖いものが無さすぎるぞ」
「うわーん、私は大妖怪なのにー、悔しいー!」
バコーン!
その時、旅館の壁が突然崩れ落ちた。アヤメが疲れた様子で言った。
「今度はなんだい……」
瓦礫の向こうから長身の男のシルエットが歩いて中に入ってきた。
「失礼! ちょっと気になったものでね。『観測』させてもらいたい」
「あ……キノコ人間!」
現れたのは一見すると山高帽を被った男だったが、帽子に見えるものはキノコの傘であり、頭部と一体化していた。キノコ人間である。
白いスーツ姿のそのキノコ人間は、手に持った紙の束をペラペラとめくりながら言った。
「ええと、資料の三ページ……〈ノイマンシティ〉近郊の強力なエネルギー、これだ。さて、似たようなエネルギーを観測したからやってきたら、不思議なことになっているな」
キノコ人間は、丸メガネの位置を指でクイッと直し、あたりを見回した。そのレンズの奥の目には白目が無く、真っ黒だ。
呑気にチューブから人工血液を吸うモーント。
浴衣姿のラーレ、アヤメ、リリ。
さっきまで死んでいて状況が掴めていない宿泊客四人。
そして、泣いて地団駄を踏む狐耳の幼女。
「これは……なんだ?」
「なんでしょうねぇ?」
キノコ人間の問いに揃って首を傾げるラーレ達。だが、我に返ったラーレはキノコ人間を指さして言った。
「おっと、忘れてた。やい、キノコ人間、何しにきたんだ! さてはお前も覗きだな!」
キノコ人間は落ち着いた様子で答えた。
「私の名前はマツオウジ。キノコ人間の幹部であり、データサイエンティストでもある。さきほど、『注目すべきエネルギー』の発生を観測したため、その発生源を確認しに来たのだ」
「う……なんか、頭の良さそうなキノコ人間だ……まずいよ、私苦手かも。アヤメさん、よろしく!」
ラーレにいきなりバトンを渡されたアヤメは、軽く咳払いをしてから言った。
「こほん……ええと、とりあえず、いきなり襲ってはこないようだね。私は、特級サイボーグ技師のシカオイ・アヤメだ」
すると、キノコ人間マツオウジはその黒い目を見開いた。
「おお! あの高名なアヤメ先生ですか? お噂はかねがね……」
「はは、ありがとう。キノコ人間にも知られていたとはね。それでさっき言っていてた、『注目すべきエネルギー』って?」
「ええ、数時間前なのですが、この辺りで膨大なエネルギーが溜まっていくのが観測されましてね。なぜか、解放されることはなかったようなのですが……」
顔を見合わせるラーレ達。ラーレが手を叩いた。
「あ、もしかして私がさっきオンセンで撃ちかけた〈フレミング・フルバースト〉かな?」
「ほう?」
それを聞いたマツオウジは目を細め、ラーレを見た。
「そこのドレスのサイボーグさん。あなた、サルノ・コシカケという名前に聞き覚えは?」
「え?」
首を傾げるラーレ。横でモーントが言った。
「小娘、お前が〈ノイマン・シティ〉で真っ二つにしたやつだ」
「あ! 思い出した。冥土の土産をいっぱい喋ってた、あいつかぁ」
ブン!
ガキーン!
マツオウジが繰り出した手刀を、ラーレが指二本で受け止めた。
「いきなり何? やっぱりアヤメさんじゃなくて、私の出番みたいだね」
「サルノ・コシカケを、殺したのか……?」
ギリギリと奥歯を噛み締めるマツオウジ。ラーレは答えた。
「向こうが先に襲ってきたんだよ!」
「許さん、絶対に許さんぞー!」
「ちっ、やっぱりキノコ人間と分かりあうことは出来ないか!」
アヤメは腰のホルスターに手を伸ばすが、そこには何もない。アヤメを含め、ラーレ達は浴衣姿だ。
「ああ! やっぱり武器は内蔵型にしておけば良かった! リリちゃん、ラーレちゃんを援護できる?」
「ひええ……すみません、キノコ人間相手だと、処刑モードになれないんです……」
ラーレは後ろに飛び退いて距離を取り、右手にビームブレードを展開した。
「大丈夫だよ。こんなやつすぐに片付けるから!」
ダッ!
ラーレが踏み込み、一気にマツオウジに向かって飛び込んだ。ラーレがいた場所の床がバキッ! と音を立てて壊れた。
ズバッ!
「ぐおっ!」
マツオウジの右腕が切り飛ばされた。よろめくマツオウジ。ガッツポーズをするアヤメとリリ。だが、ラーレとモーントは不満そうな顔だ。
「やった、さすがラーレちゃん!」
「むむ……小娘、らしくないぞ。一撃で決めんか」
「う、わかってるよ! 浴衣が、気になって……」
ラーレは、浴衣がはだけるのが気になってしまい、手元が狂ったのだ。
マツオウジはモゾモゾと体を動かし、切られた右腕を再生させた。
「はぁはぁ……これは、強いな。このままでは九十八パーセントの確率で私が負ける」
「百パーセントだよっ! キノコ人間!」
再び切り掛かるラーレ。だが、いつもより動きに思い切りがなく、攻撃は避けられてしまう。
「もう! ユカタってヒラヒラして戦いにくいなぁ!」
「小娘、いっそのこと、その服を脱げば良いだろう」
「はあ? 嫌だよ! 変態吸血鬼!」
その時、リリが言った。
「あれ……ところであの狐の女の子は……?」
いつの間にか、タマがいなくなっていた。すると突然、ラーレ達の頭の中にタマの声が響いた。
『なんだかわからないけど、この隙に私は逃げるわ! 覚えてなさい!』
「むむ……ということは……」
「なんだい? モーント君?」
ポン!
軽やかな音と共に周囲が白い煙に包まれ、次の瞬間には陽光旅館が跡形もなく消え去っていた。
「えー!?」
「旅館の具現化に使っていた妖力を使って逃げたのだろう。あの建物は妖力で作ったもの。そして……」
「あ」
「ふぇ?」
ラーレ達が着ていた浴衣も、全て消えさってしまっていた。
下着姿の三人を見て、モーントはニヤリと笑った。
「うわああ! 見るな、変態吸血鬼! 服! 服はどこぉ?」
「ええと、ここが食堂だとすると、私たちの部屋があったのは、あの辺だから……きっとあの辺りかな?」
「アヤメさん、なんでそんなに冷静なんですか……恥ずかしいよぉ……」
慌てて服を探しにいく三人。
一人残されたモーントはマツオウジと対峙した。
マツオウジがモーントを見て首を傾げる。
「お前は、なんだ?」
「私は吸血鬼だ。キノコ人間よ」
「そうか……」
静かにモーントを見つめるマツオウジ。やがてマツオウジは言った。
「私は情報の価値を知るもの。ここは退こう」
「ほう……お前はなかなか立派な将軍になるぞ」
「私たちの時代は終わった。なにしろ最強のサルノ・コシカケが倒されたのだからな」
「……あいつ、最強だったのか」
「サルノ・コシカケは、最後に何か言っていたか?」
モーントは人工血液のチューブを咥えたまま、ニッと笑った。
「なぁんにも。弱かったぞ。なにしろ小娘が秒殺したからな」
「そうか」
マツオウジの腕はブルブルと震えていた。
遠くから、ラーレ達の声が聞こえてきた。
「服あったー」
「ラーレちゃん、それ私のスカートだよぉ」
「交換しよう!」
東の空はオレンジ色に色付いている。夜が明けようとしているのだ。
世界がキノコに覆われても、太陽は東から昇る。
「次に会うのは、私たちの次世代だろう。覚悟しておけ、吸血鬼。さらば!」
そう言って、マツオウジは姿を消した。
◆ ◆ ◆
いつの間にか日が昇り、辺りは明るくなっていた。
何もない砂漠にポツンと立ち尽くすラーレ達。
さっきまで死んでいたコンナ達は、ようやく自分たちが生きていることに気がついたようだ。
「あ、あはは……あれは夢だったのよ……そうよ……」
「コンナさん、生きていたんですね!」
「俺は……一体」
「ニーラ兄さん! 良かった!」
やがて、レルカがアヤメの腕をガッチリと握って、言った。
「なんだかよくわかりませんが、ありがとうございます。不思議な経験をして、私たち家族の絆は深まりました!」
「そ、そうかい?」
「ええ! さあ、みんな、早くお祖父様のところに行こう! 家族で過ごすんだ! こんなところにいる場合じゃない! こんなところにいられるか!」
コンナ、トコロ、ニーラ、レルカの四人は、それぞれのホバークラフトに乗って去っていった。
ラーレが呟く。
「なんか夢でも見ていた気分だねぇ」
「リョカン、オンセン、狐耳の女の子、キノコ人間……なんだったんだろうね?」
「オンセンは良かったなぁ……また入りたい。ところでラーレちゃん、そろそろ私のスカート返して……」
モーントは人工血液を吸いながら呟いた。
「狐に化かされたのだ。まあ、私は目の保養ができたがな」
「アヤメさん、記憶を、記憶を消す手術を!」
「ラーレちゃん。残念だが、その手術は
「あ、一応出来るんですね……」
一向はホバークラフトバスに乗り、朝日を浴びながら〈ウォールナット城〉への旅を再開した。
続く
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