第21話 四男の初恋、そして……

「がははは、そんなことがあったのかー 俺も服が消えるのは見たかったぞ。ずるいなー、極悪だー」

「そうか。四男よ、私は欲望に忠実な男は好きだ。眷属にしてやっても良いぞ。順番はだいぶ後だがな」

「なんかよくわからんが、やったー」

「私の闇の王国が蘇れば、どんな願いでも叶うだろう。ぐへへ」

「どんな、願いでも……! 極悪だ! いや、最高だ! ぐへへ」


 旅館での不思議な一夜を過ごしたラーレ達は、再び〈ウォールナット城〉を目指して進んでいた。ラーレは後ろの席で楽しそうに会話をしているモーントとイタメを、哀れみのこもった視線で見て言った。


「ボロ雑巾と粗大ゴミが意気投合してる……やっぱり変態同士だから気が合うんだ」

「今、四男の悪人ポイントが三ポイント上昇しました。あと五十ポイントで処刑出来ますよ」


 運転席に座るアヤメは振り返り、笑った。


「あはは、リリちゃん、処刑は〈ウォールナット城〉に着いてからにしてくれ。明日には着くはずだからね」

「うえー、まだそんなにかかるのー」

「これでもだいぶ近道できた方だよ」

「私、なんかお腹空いたよー。〈ウォールナット城〉ってレストランあるかな?」

「うん、無いだろうね。サイボーグは数ヶ月補給無しでもエネルギー切れにはならないから、食事は気分の問題だ。贅沢は言ってられないさ……おや?」


 ホバークラフトバスが大きな影に包まれた。見上げると、そこにいたのは体高五メートルはあろうかという巨大な「鴨」だった。


「クエッ、クエッ、クエッ!」


 巨大鴨は鳴き声を上げ、ホバークラフトバスの前に立ちはだかった。


「わわっ、何あれ!」

「鴨のキノコ獣だね」

「ひええ、でっかいよう……」

「鴨というのは、あんな鳴き声だったか?」

「ラーレちゃん、頼む!」

「任せて!」


 ラーレはバスから飛び降りると、鴨のキノコ獣を狙って、右手の指先からビームを放った。


「クエゥ! グエー」


 ビームが眉間に命中し、鴨のキノコ獣はズシンと砂漠に倒れた。ラーレは小さくガッツポーズをした。


「へへっ」

「うーむ、いつ見ても容赦ないな。おや?」


 普段なら胞子になって消え去るキノコ獣の亡骸が、今回は消えずにそのまま残っている。すると、イタメが大きな声を上げた。


「おおー! 鴨じゃないか! これは食えるぞー がははは!」

「なんだって? 四男、どういうことだ?」

「一部のキノコ獣は、死んでも肉が残るんだー」

「え、じゃあ食べられるの?」

「そうだー、肉を食わせて食ったやつに胞子を寄生させるんだ」

「はあ? じゃあ食べちゃダメじゃん!」

「胞子抜きの作業をちゃんとやれば、大丈夫だー」

「やい、それを誰が出来るんだよ」

「俺が出来るぞー」

「えっ?」


 皆の視線がイタメに集まる。


「がははは、俺は極悪を本業にする前は料理人だったのだー」

「極悪って仕事なの? いや、それより、それって本当?」


 ラーレの目がキラキラと輝く。


「本当だー。ある日うっかりレストランを爆発させて、クビになったんだ。それで、極悪になったのさー」

「ああ、業務上過失致傷ってそれか……でも、食べてみたい! 作ってよ!」


 イタメはニヤリと笑い、アヤメを横目で見ながら言った。


「いやー作ってやりたいが、腕が使えなくされてるからなー。残念だなー」

「ぐぬぬ。アヤメさん! 今だけ腕を直しましょう!」


 イタメは女湯を覗こうとした罰で腕の神経接続を切られていたのだ。アヤメは困った顔で言った。


「え、いや、出来るけどさ……怪しいよ、こいつ」

「がは! そんな事ないー。信じてくれー」


 モーントが人工血液を吸いながら言った。


「ふむ。私は料理などに興味は無いが、欲望に忠実な男は信用できる。小娘も食いたいと言っているし、良いではないか。私は料理には全然、全く興味は無いがな」

「モーントも食べたいんじゃないの? 素直にそう言いなよ、可愛くないね」

「ぬぬ……」


 リリが恥ずかしそうにアヤメに言った。


「実は……私も食べてみたいです……何かあれば処刑しますから」


 アヤメはため息を吐いてから、ニッと笑った。


「しょうがない。正直言うと、実は私も食べてみたい。キノコ獣の料理なんて、興味深いからね」


 こうして、イタメは一時的に腕を直された。鴨肉はラーレのビームブレードで切り分けられ、バスに積んであった器具を使ってイタメが調理を行った。


「胞子の蓄積が少ないところを見分けて、適切な温度で加熱するんだー。手順を間違えると、黒焦げになっておしまいなんだー。結構難しいんだぞー」

「四男、なんで極悪木目三兄弟なんてやってたの?」

「お兄ちゃん達に憧れてたんだー。でも極悪になりきれなくて、料理人もやってたんだー、がははは」

「出来ることとやりたいことって、一致しないことが多いんだねぇ」


 料理の作業をしているうちに日は傾き、その日はその場で停車して野宿をすることにした。キノコ獣は普通の獣と同様、一般的に火を恐れる。ラーレ達一向は、焚き火を囲みながら、イタメが調理した料理を食べることにした。


「うわー、美味しい!」


 一口食べて、ラーレは満足そうな笑みを浮かべた。

 サイボーグの味覚は生身の時と同じものが再現されている。機械のようにケーブルを繋いでエネルギーを補給することもできるのだが、食事をする機能はしっかり残っている。

 それはなぜか? サイボーグの口は、体内の有機転換炉に繋がっている。これにより、補給設備の無い旅の最中でも、食事で取り込んだ有機物をエネルギーにできるのだ。それに加えて、脳に残る「食欲」という欲求を満たすため、というのも大きな理由の一つだ。


「がははは、美味いだろー。見直したかー?」

「うん。極悪よりこっちの方が良いよ!」

「ああ、ラーレちゃんの言う通りだね。驚いたよ」

「この料理で、四男さんの悪人ポイントが十二ポイント下がりましたよ」

「ふん、新生モーント王国の料理人が決まったようだな」


 皆に褒められ、四男は照れて頭を掻いた。


「が、がははは……そんな、あ、ありがとう」


 ラーレが真剣な顔で言った。


「ねえ、四男。君は、この後どうするの? 極悪を続けるの?」

「がは? うーん、それは……」

「四男には極悪は向いてないよ! 私たちと一緒に来ない?」

「えっ!?」


 驚きの表情を浮かべるイタメ。少し迷ってから、イタメは口を開いた。


「ご、ごめん、少し考えさせてほしい……」

「そう。わかったよ!」


 ラーレは料理を頬張りながら、イタメに向かってニッコリと笑った。


 ◆ ◆ ◆


 その日の夜……


 一向はバスの中で寝ていた。サイボーグも脳は生身であり、睡眠は必要だ。

 女子達はバスの前方、モーントとイタメは後方の座席にいた。モーントは睡眠を必要としないが、周りに合わせてなんとなく寝たふりをしていた。


「旦那……モーントの旦那」


 モーントは名前を呼ばれて目を開けた。呼んでいたのはイタメだ。


「むむ、四男、どうした?」

「実は、旦那に言いたいことがあるんだー」

「ほう? なんだ。言ってみろ」


 イタメをその大きな体をモジモジさせながら、言った。


「俺……ラーレちゃんのことが好きになっちまったよ」

「はあ?」


 呆気に取られるモーント。


「がははは、おかしいかな」

「いや……いいんじゃないか? ああ、別に、いいと思うぞ。ああ」

「お、おお! 応援してくれるか? モーントの旦那」


 モーントは月明かりの中、ふっと笑った。


「私の眷属同士でそういう関係の者達はいた。別に構わん。だが、あの小娘の血を吸うのは私が最初だがな」

「なんだかわからんが、やったー。がははは、おやすみー」

「あ、ああ……」


 モーントはなんだかよくわからない気持ちのまま、再び目を閉じた。


 ◆ ◆ ◆


 次の日、一行のホバークラフトバスは、遂に〈ウォールナット城〉へとたどり着いた。


「え、もしかしてあれ?」

「ほお、随分と変な城だな。住みにくそうだ」


 砂漠から、巨大な人の頭部が生えていた。

 そう、〈ウォールナット城〉は、人の頭の形をした建造物だった。

 地面から頭頂部までの高さは約五十メートルもある巨大さだ。

 きちんと顔も付いているが、その眼、顔は閉じられている。


「あれはウォールナットの顔を模しているね……自分の顔の形の研究所なんて、相変わらず趣味が悪い。四男、あそこでいいんだね?」

「そうだー。ちゃんと着いただろー、俺は嘘つきじゃないだろ」


 胸を張るイタメ。ラーレが、イタメに向かってニッコリと笑って言った。


「うん、四男はそんなに極悪じゃなかったね。脚切っちゃってごめんね。もう友達だよ!」

「あ、ああ……天使だ……ラーレちゃん」


 恍惚とした表情を浮かべるイタメ。

 その時だった。


 バスがミシリと、不気味な音を立てたのは。


「む!」


 モーントは慌ててバスを飛び降りた。次の瞬間――


 グシャ


 バスの後席が、


「え?」

「なんだ? 攻撃か!」

「ひええ!」


 後ろ半分を失い、バランスを失って横転するホバークラフトバス。急いで飛び降りるラーレ達。


「四男……」


 瓦礫から染み出すイタメの赤い人工血液を呆然と見つめる、ラーレ。もう、瓦礫と「イタメだったモノ」の見分けはつかない。


 モーントの握りしめた拳がブルブルと震えていた。


「変なお客さんを連れてきたワね。裏切り者はスクラップだワ」


 声と共に、砂の中からヒョロリとした一人のサイボーグが現れた。

 その姿を見た途端、リリは震え出した。


「リリちゃん? まさか、あいつが?」


 リリは掠れた声で、言った。


「アミラーゼ……!」

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