第19話 陽光旅館殺人事件 いきなり解決編

 部屋の中でニーラが死んでいた。体に外傷はなく、まるでスイッチの切れたロボットのようだ。


「そ、そんな! なんで! 嫌! いやあ!」

「コンナさん、落ち着いて……」

「兄さん! 嘘だろ、嘘だと言ってくれ!」


 顔を手で覆い崩れ落ちるコンナと、おろおろするトコロ。レルカは呆然と立ち尽くしている。

 リリは震えながらラーレの後ろに隠れている。ラーレは右腕を構えながら、アヤメに言った。


「キノコ獣か、キノコ人間の襲撃かな?」

「いや、それにしちゃ部屋の胞子濃度が低いし、なにより死体に外傷が無い……それに」


 アヤメは部屋の扉をちらりと見た。


「この扉の鍵は?」


 レルカが答えた。


「あ、ああ。それは俺が壊したんだ。飯の後に四人で話すことになってたんだが、時間になっても兄さんが来ないから、呼びにきたのさ。だけど鍵かかかっていて、呼んでも反応がなくてな。それで、扉をちょっと引っ張ったら壊れちまった。対サイボーグ用の鍵じゃなかったのかもな」


 アヤメは腕を組んで唸った。


「うーん、つまり部屋は君たちが来るまで密室だったんだね。それにしても、サイボーグが外傷もなく死ぬなんて……。ニーラさんは、脳に病気があったりしたのかい?」

「いや、そんなことは聞いてないぜ。俺たちはまだそんな歳じゃない。メンテナンスを受けられないほど貧しくもないしな」

「キノコ人間が新しい攻撃方法を考え出したのか? それか、毒? いや……」


 その時、モーントが床で倒れているニーラの死体にフラリと近づいた。


「ちょっと、触らないでくれよ、モーント君」

「ふむ……」


 死体を見たモーントは言った。


「これは魔法……いや妖術の痕跡が見えるな」

「はあ?」


 ぽかんとする一同。ラーレがため息を吐き、モーントの手を引っ張って部屋の外へ連れ出した。


「はーい、邪魔しないでねー。終わったら遊んであげるからねー」

「お、おい、腕が取れる、やめろ、小娘。私は子供じゃないぞ」

「バスの中で四男と遊んでなよ」

「ふん、もう良い。勝手にしろ」


 モーントは人工血液を吸いながら、どこかに行ってしまった。

 その時、コンナが突然大きな声をあげた。


「わかったわ! これはレルカ、あなたの仕業ね! お祖父様の遺産の取り分を増やそうって、そういうことなんでしょ!」

「姉さん、いきなり何を言い出すんだ? 俺が兄さんを殺したってのか?」

「そうに決まってる! きっと私も殺す気ね! こんなところにはいられないわ! 私、部屋に帰らせてもらうわ」


 そう言って、レルカは自分の部屋へと戻っていった。アヤメの視線を感じ、レルカが慌てて言う。


「お、おいおい。まさか姉さんの言う事を信じてるわけじゃないだろうな。だいたい、俺は今まで食堂で姉さん達と一緒にいたんだぜ? 殺せるわけないだろ」

「まあ、確かにそうだね。見たところ、ニーラさんが死んだのは、おそらく一時間から三十分ほど前だ。私たちが温泉でワチャワチャやっていた時間だね」

「そ、そうだろ。その時間、俺たちは全員食堂にいたぜ」


 ラーレが目をキラキラさせた。


「謎の密室殺人、容疑者には全員アリバイがある……これは、美少女サイボーグ名探偵の出番だね!」

「ラーレちゃん?」

「アヤメさん、任せてください! 私と、助手のリリちゃんが見事事件を解決してみせます!」

「ふぇ、私? 助手?」

「戦闘以外でも役に立つ事を見せよう! さあ、現場検証だよ! トリックに繋がる糸の跡とか、溶けた氷の跡とかを見つけよう!」


 きょとんとした顔のリリの腕を引っ張り、ラーレはニーラの部屋の中を物色し始めた。肩をすくめるアヤメ。


「はあ、旅館を壊さない程度に頼むよ。じゃあ私は、ニーラさんの死体を洗浄しておく。死んだサイボーグは生きている時より寄生されやすいからね。あんたらはどうするんだい」


 レルカは苦笑しながら答えた。


「俺は、あんたといっしょにいるよ。一人でいて、犯人扱いされても嫌だしな。トコロ義兄にいさんは?」

「わ、私は、コンナさんの所に戻るよ……」


 そうして、皆はそれぞれの行動を始めた。

 だが、すぐに旅館に再び叫び声が響き渡った。


「う、うわああ!」


 アヤメとレルカは叫び声がした方に向かった。すると、部屋の前でトコロが立ち尽くしていた。


「まさか!」

「コ、コンナさんがぁ!」


 部屋の中では、コンナが真っ白な顔で倒れていた。急いで駆け寄るアヤメ。


「死んでる……同じだ」

「そんな! さっきまで生きていたのに! 姉さん!」

「第二の殺人か。まったく、こんな時に一人で部屋に戻るなんて言うからさ。あれ? ところでラーレちゃん達は? 真っ先に飛んできそうなのに」


 ラーレとリリはその場にいなかった。キョロキョロとあたりを見回すアヤメの顔に、焦りが浮かぶ。


「まさか……!」


 急いでニーラの部屋に戻るアヤメ。すると、閉じた部屋の中から苦しそうな呻き声が聞こえてきた。


「うう……助けて……」

「くっ、私としたことが!」


 アヤメは部屋の扉を開けた。


 そこには、二人仲良くワイヤーでぐるぐる巻きになり、床でもがくラーレとリリの姿があった。


「うへー、助けてー、ひえー」

「ラーレちゃん、暴れると余計に絡まるよぅ……落ち着いてぇ」

「……なにやってんの?」


 ラーレが気まずそうに答えた。


「あ、その、リリちゃんがワイヤーを持ってたから、トリックを試そうとしたら、こんなことに……」

「なんで?」

「……なんででしょう?」

「はあ、心配して損したよ。もう少し絡まってたらいいんじゃないかな。微笑ましいし」

「ひええ! 助けてくださいよー」

「なんか楽しくなってきたよ、リリちゃん! もっと絡まろう!」

「やだよぉー」


 アヤメは死体を確認しに、コンナの部屋の前に戻った。


「まったく、若い子達はなんでも楽しそうで羨ましいねぇ」


 すると、そこにはコンナとトコロとレルカ、の死体が転がっていた。


「ん? 増えてる?」


 いつの間にか、第三、第四の殺人が行われていた。


 ◆ ◆ ◆


 食堂に集まったのは、アヤメ、ラーレ、リリ、モーント、そして女将のタマだ。

 あとは全員殺されてしまった。食堂には犠牲になった四人の死体が並べられている。


 ラーレが突然、大きな声で言った。


「犯人は、この中にいます!」

「だろうね」


 皆の視線が、女将のタマに集まる。タマは驚いた顔で言った。


「そ、そんな、まさか私が犯人だとでも!? 証拠は? 証拠はあるんですか?」


 アヤメが答える。


「だって、他にいないんだもの。いかにも動機がありそうな仲の悪いきょうだい達の中に犯人がいるのかと思ったら、雑な感じでみんな死んじゃうからさ」

「そんな理由で! 最初の殺人の現場は密室だったのですよね? それに、みんな外傷がなかったのでしょう? 一体、どうやって殺したっていうんですか?」


 アヤメ、ラーレ、リリは三人揃って首を傾げた。


「さあ?」

「……」


 静寂に包まれる食堂。その時、フラリとモーントが前に出た。


「どうやら、私の出番のようだな」

「どうしたの? モーント。まさか、トリックがわかったの?」


 モーントは人工血液を吸いながら、ニヤリと笑った。


「トリックなど、最初から無いのだ」

「そんな、じゃあどうやって?」

「妖術だ!」

「は?」

「扉越しに妖術で生気を吸い取ったのだ。おそらく、自分のエネルギーにするためにな」


 ため息をつく三人。


「はあー、これだから覗き魔のボロ雑巾は。私の裸を見て、嬉しすぎておかしくなったんだねぇ」

「モーントさん……頭に胞子が回ったのでは……?」

「緑色の人工血液には、なにかの副作用があるのかな? 興味深い」


 だが――


「ふふふ……まさか、バレてしまうとはね!」

「え?」


 そう、これはSF風ファンタジーであり、ミステリーでは無い。


 タマは突然邪悪な笑みを浮かべると、片手をスッと上げた。


「危ない! 小娘!」


 ラーレの前にモーントが飛び出した。


「へ?」

「ぐっ!」


 モーントは一瞬苦しそうな呻き声を上げ、バタリと倒れて動かなくなった。

 タマが笑い声を上げた。


「あははは! バカな男。さあ、あなた達も私の妖力になりなさい」

「へ? そ、そんな……モーントが死んじゃった……嘘、嘘だよね?」


 涙目のラーレ。リリとアヤメは何が起こったかわからず固まっている。


「その男の魂は私の妖力になるのよ。さあ、出てきなさい」


 するとモーントから黒い霧の塊のようなものがフワフワと飛び出し、呆気に取られるラーレ達の前でタマの口の中に吸い込まれていった。


「ごくり……ふふふ。あら? なんだか変な味……うっ! な、何、この禍々しい魂! う、おぇぇ」


 タマは突然苦しみ出した。口から吐き出された黒い霧の塊がモーントの体に戻ると、モーントはムックリと起き上がり、猛烈な勢いで人工血液を吸った。


「ぷはぁ! あー、死んだ死んだ。さて、無礼者。覚悟は良いか?」

「な、なに? なんなの、あなた! まさか……」


 モーントはラーレに向かって言った。


「小娘、何を泣いておるのだ。あいつが犯人だぞ。何しろ現行犯だ。やってしまえ」

「ぐす……泣いてないよ! よーし!」


 ラーレはタマに向かって右手の人差し指を突きつけ、言った。


「犯人はお前ビーム!」


 ズキューン!


 ラーレの人差し指から放たれたビームが、タマの眉間を撃ち抜いた。


「ああぁ!……そ、そんな! 私が、こんなやつらにぃ!」


 眉間から火花を吹き出し、倒れるタマ。だが、それを見たアヤメが言った。


「まて、何か様子がおかしいぞ」


 破壊されたタマの体から、黄色い光がふわりと現れた。その光は大きくなり、信じられないものに姿を変えた。

 それを見たモーントが呟く。


「ふっ、妖狐ようこめ。復活していたとはな。だが少し……小さいな。しっぽも足りない」


 そこにいたのは、二本のしっぽを生やし、頭の上に獣耳を生やした幼女だった。


 続く

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