第17話 ようこそ、陽光旅館へ

「リョカン? 宿泊?」


 砂漠の中に突如出現した謎の建物から現れたのは、和服姿をした金髪の女性だった。女性は笑顔を浮かべて言った。


「はい。ここはキノコの胞子を洗い流し、快適にお休みいただける施設でございます」

「へえ! ちょうどいいね! なんか楽しそう」


 目をキラキラさせるラーレ。だがアヤメは女性に疑いの目を向ける。


「そんなのがあるなんて聞いたことないよ。地図にも載ってないしね。怪しいな」


 女性は首を横に振った。


「いえいえ、怪しくなどございません。開業してから間もないものですから、まだ地図に載っていないだけなのです。申し遅れましたが、私はこの旅館の女将、『タマ』と申します。今なら初回限定割引もありますから、どうぞお泊まりになっていってください」

「アヤメさん。泊まっていこうよ。ここで胞子を洗えれば、寄り道しなくて済むよ! リリちゃんも泊まりたいよね?」

「え……私は……」


 リリはタマと名乗った女性をチラリと見てから首を傾げた。


「どうしたの?」

「なんでもない……でも、私もキノコ人間にはなりたくないから、洗浄はしたいかな」

「うーん……まあ、どのみち、夜走るのは危険だしね。わかった。ここに泊まることにしようか」

「やったー」

「ご宿泊ですね。ありがとうございます。ええと、四名様……?」


 タマはモーントを見て不思議そうな顔を浮かべた。モーントは、背中のバックパックから伸びたチューブを咥え、人工血液を吸っている。


「えっと、人? ですか?」

「ふむ、お前は……」


 モーントにジロリと睨まれ、タマはハッとして頭を下げた。


「す、すみません。私としたことが、お客様に失礼な態度をとってしまいました」


 ラーレが目を細めてモーントを睨む。


「やい、変態。タマさんが綺麗だからってジロジロ見るな。タマさん、ごめんね。こいつは謎の生き物だけど、弱いから危なくないよ。三人と一匹で、お願いします」

「そ、そうですか」

「ああ、バスの中にもう一人、男がいるんだ。五人ってことで頼むよ」

「あ、えへ、四男のこと忘れてた」


 タマは姿勢を正すと、深くお辞儀をして言った。


「かしこまりました。では女性三名、男性二名ですね。陽光ようこう旅館へようこそ。ご案内いたします」


 ◆ ◆ ◆


 一向はラーレ、アヤメ、リリの三人と、モーント、イタメの二人で分かれて部屋を取ることにした。

 部屋は畳の和室だった。初めて見る和室に興味津々のラーレ達。


「変わった床材だね。もしかして普通の植物で出来ているのか? まさかね」

「内側も木で出来てるよ。面白いねぇ」

「なんだか不思議と落ち着きます」


 地球の生態系はキノコに支配され、寄生されていない純粋な植物は存在しない。

 三人は物珍しそうに畳の上に座ったり、寝転がったりした。


「よーし、建物の中を探検しよう!」


 畳で転がっていたラーレがそう言って立ち上がった。だが、アヤメが言った。


「その前に食事かな。あと、早めに胞子の洗浄をしたほうが良いね。たしか、オンセンとかいう、複数人で使う特殊な設備がある、って言ってたね」

「みんなで使うんですか……少し恥ずかしいです」

「大丈夫だよ、リリちゃん。男と女で別れてるみたいだから」

「とりあえず、食堂で男達と合流しようか」


 ラーレ達は三人で食堂へと向かった。すると、ちょうど廊下を不満そうな顔でやってくるモーントに出くわした。モーントは、イタメを乗せた台車を引きずっていた。


「はぁ、はぁ……なぜ私がこんなことを……重いぞ、四男!」

「がははは、脚を直してくれないんだから仕方ないだろー」

「もう、非力だなぁ」


 ラーレは軽くため息をついてから、モーントの元に駆けていき、台車を引っ張るのを手伝った。


 食堂に入ると、そこには他の宿泊客の姿があった。


「あれ? 他の人もいたんだね」


 椅子に座っていた若い女が、ラーレ達を見て顔をしかめた。


「まあ! なんだか騒がしそうな人たちが来たわ。嫌ね。それに、胞子まみれで汚らしいわ」


 その横にいた若い男が慌てて言う。


「コンナさん。声が大きいですよ」

「何よ、トコロ。私に説教するの? あなたは私の言うことを聞いておけばいいの。そしたらお祖父様の遺産で何不自由なく暮らせるんですから」

「コンナさん、だめですって」


 少し離れたところには、不機嫌そうな男性が一人で座っていた。男は憎々しげにコンナとトコロと呼ばれた男女をちらりと見て舌打ちをした。


「チッ」


 その時、もう一人の派手な格好をした男が現れ、ラーレ達に気さくに話しかけてきた。


「うひょう! 可愛いお姉ちゃん達がいるじゃねぇか。どこから来たんだい?」

「なんだい? こいつ?」

「ひぇ……」


 眉をひそめるアヤメ。怯えた目をするリリ。ラーレは元気にその男に答えた。


「私たちは〈エジソンシティ〉から来たんだよ。おじさん達は? もしかして〈ウォールナット城〉?」


 男は大袈裟に肩をすくめた。


「〈ウォールナット城〉? なんだいそりゃ? 俺たちは、〈テスラシティ〉から来たのさ」

「あの人たちは知り合い?」

「ああ。俺たちは家族さ。実はお祖父様の見舞いに行くところでな。もうすぐ脳の寿命なのさ。ダメになる前に、遺産の取り分を決めてもらおうってことさ」


 その時、一人で座っていた男がこちらに向かって言った。


「おい、レルカ! 他人に話すことじゃないだろ!」

「おっと、ニーラ兄さん、そう怒るなよ」


 レルカと言われた男は頭を掻いた。


「へへ。俺は次男のレルカ。さっきの怒りっぽい男がニーラ兄さん。あそこの女がコンナ姉さんで、その横にいるのが姉さんの婚約者の、トコロ義兄にいさんだ」

「へえー」

「いい加減にしろ、ペラペラと個人情報を喋るな。まったく、どいつもこいつも、気分が悪い。俺はもう部屋に帰るぞ」

「おいおい、飯は食わないのか?」

「こんなところにいられるか!」


 ニーラはそう言って、食堂を出て行ってしまった。


「はあ。ま、兄さんや姉さんは気難しいから、関わらないほうがいいぜ。それより、俺とお茶しない?」

「悪いが遠慮しとくよ。ラーレちゃん、なんだか落ち着かないから先に胞子を落としてこようか」

「そうだねー。じゃ、またね。きょうだい仲良くしなよ」


 ラーレ達は食堂を出て、温泉に向かった。


「お、おい、小娘、手伝ってくれ……」

「さあ、早く引くんだー」


 その後ろを、モーントが四男を載せた台車を引きながら追いかけた。


 続く

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