幕間 ウォールナット城を目指せ

第16話 巨大生物と場違いな建物

 新たにリリを仲間に加えたラーレ一向は、ウォールナット教授が住むという〈ウォールナット城〉を目指し、〈エジソンシティ〉を旅立った。


「そのウォールナットとかいう男、城を持っているとはな。どこかの領主か?」

「城って言ったって、砂漠に建てた自分の研究所をそう呼んでいるだけさ」

「そうか。しかし――」


 モーントは人工血液を吸いながら、憎らしげに空を見上げて言った。


「なんとかならんのか、この日光は?」

「えー、開放的で私は好きだよ。モーントはお肌も雑魚だなぁ」

「くっ、太陽の下に出られる吸血鬼がどれだけ凄いか、お前にはわからんのだ」


 ラーレ達は、屋根の無いホバークラフトバスに乗っていた。

 胞子で暴走したリリが屋根を切り飛ばした、あのバスである。実はアヤメが責任を取って買い取っていたのだ。

 リリが申し訳なさそうに言う。


「す、すみません……私が壊しちゃったのに。アヤメさん、きっとお金は返しますから」


 運転席に座るアヤメが振り返った。


「いいんだよ。壊したくて壊したんじゃ無いんだから。患者のアフターケアみたいなもんさ。どうせ、移動の足は必要だったんだ。ちょうど良かったよ」

「おい、処刑人の小娘、責任を取って屋根を直すのだ」

「う、うう……す、すみません。モーントさん」


 ラーレがモーントを睨む。


「ちょっと、リリちゃんをいじめないでよ。日傘でも差しとけばいいじゃん。リリちゃん、モーントも処刑しちゃいなよ」

「うーん、この人? の悪人ポイント、測定不能なんだよね……壊れたのかな?」

「ふん、そんなもので測れてたまるものか。私は具現化した恐怖、そのものだからな」

「はいはい、こわい、こわい」

「うふふ」


 朗らかな空気に包まれる車内。アヤメが振り返って言った。


「ところで、〈ウォールナット城〉の場所は本当に正しいんだろうね、四男。もし嘘だったら……」


 バスの一番後ろの席で一人、大きな体を縮こまらせて座っているのは、極悪木目三兄弟の四男、イタメだった。


「も、もちろんだ。俺を信じろー」

「変な場所に案内したら、あんたも道連れだからね」


 イタメは案内役としてバスに乗せられていたのだ。ラーレに切られた両脚は未だに修理されていない。


「やい、四男。変な気を起こしたらこのまま砂漠に捨てていくからな」

「な、なんて極悪なんだ! おっかない小娘だー」

「まったく、それにしてもちょっと面倒な場所だね」


 アヤメは地図を広げながら唸った。地図には人間の街とキノコの森の位置が書き込まれている。キノコの森は徐々に大きくなるため、地図は随時更新しないとすぐに役に立たなくなる。

 この地図は、小悪党ヒノキ・スギローが快く提供してくれた許してくださいと懇願しながら差し出した最新版だ。

 アヤメの後ろから、ラーレが地図を覗き込んだ。


「どういうことですか?」

「これを見なよ」


 アヤメは地図を指差した。まるでインクをぼたぼたと垂らした時のシミのように、キノコの森を示す緑色の領域が広がっている。


「〈エジソンシティ〉と〈ウォールナット城〉の間には、キノコの森があるんだ。ここから行くとなると、大きく迂回しないとならない」

「うわー、めんどくさいなぁ」

「どれ、見せてみろ」


 モーントがラーレの顔の横からヌッと顔を出し、地図を覗き込んだ。


「うわっ、びっくりした! 変態。近いぞ」

「ここを通れば良いではないか」


 モーントが地図を指差す。大きく広がるキノコの森の間を突っ切るように、細い砂漠地帯があった。

 アヤメが腕を組んで唸る。


「うーん、やはりそこに目を付けたか。ここは、二つの大きなキノコの森に挟まれているけど、まだ飲み込まれていなくて、ちょうど抜け道になっているんだ」

「じゃあここを抜けようよ」

「だけど、キノコの森のすぐ近くを通ることになるから、キノコ獣の襲撃の可能性があるんだ。リスクが高いから避けようと思っていたのだけど……」


 ラーレは胸を張った。


「戦闘なら任せて! 私、キノコ狩人ハンターだから!」

「まあ、確かにラーレちゃんなら負けることはないだろうけどさ」

「突き進め! 道を阻むものは等しく蹴散らすのだ! 迂回など許さん」

「なんで偉そうなんですか、モーントさん……」

「それに、迂回などしたら私の人工血液が足りなくなるではないか。太陽も痛いし」

「そっちが本音じゃないか。お肌よわよわ吸血鬼め!」


 アヤメは笑って言った。


「ふっ、まあ、このメンバーなら大丈夫か。よし、キノコの森の間を抜けるよ!」


 そして――


 三時間後、そこには天を覆うような巨大なキノコ獣を前に、選択を後悔する一向がいた。


「うわあ……でっかいねぇ」

「ひええ! なんですか、あれ!」

「象だね」

「象? 象というのはあんなに大きかったか? 背中に世界でも背負ってそうだぞ」

「象のキノコ獣の、ぬしかな?」

「極悪な大きさだー! 助けてーお兄ちゃーん!」


 キノコの森のキノコは、軽く数キロメートルの高さがある。その間を抜ける細い砂漠地帯は一番細い所で五百メートルほどの幅しかなかった。

 そびえ立つキノコを見上げながらそこを進み、しばらく経った頃、地響きと共にそれは現れた。

 森からヌッと現れたのは、地面から背中までの高さが一キロメートルはあろうかという巨大な象で、背中の上には巨大なキノコが傘を広げていた。


「こっちに来るね……」

「さっきからなんか継続的に揺れるから、嫌な予感はしてたんだ」

「ひええ! あんな大きいの、処刑できないですよぉ」


 巨大象キノコ獣は大蛇のような鼻を揺らしながら、前方からゆっくりとホバークラフトバスの方に向かってきた。左右はキノコの森に挟まれ、前後にしか進める場所はない。


「どうやら、ここはあいつの散歩コースだったみたいだね。キノコが無いから歩きやすいんだろう」

「はわわ……どうしよ? 『フレミング・フルバースト』で吹っ飛ばす? やっちゃう?」

「ふむ、やってしまえ、小娘」


 ラーレは興奮して立ったり座ったりしている。


「ラーレちゃん、落ち着くんだ。こんなところで派手にぶっ放したら、それに反応してキノコの森から色んなキノコ獣が出てくるよ」

「う……そ、そうですよね……」

「そうだぞ、落ち着け、小娘。では、後ろに逃げ……いや後方に進撃するか?」

「いや、やり過ごそう」

「えっ?」

「見たところ、私達を見つけて現れたわけではなさそうだ。動かずにじっとしていれば、そのまま通り過ぎるはずだ」


 アヤメはホバークラフトバスを停車させた。巨大な象キノコ獣はゆっくりとこちらに向かってやってくる。


「じっとしているんだ。あの大きさだ。あいつにはこのバスなんて道に落ちている小石みたいなもんさ。静かにしていれば気がつかない。たぶん」

「これ、踏み潰されたりしませんか?」

「歩幅大きいから大丈夫じゃないかな? まあ、運だね」

「あわわ……」

「ふん」

「極悪だー! お兄ちゃーん! 助けてー」

「四男、静かに! そしてお兄ちゃんは死んだ。もういない!」


 やがて、その巨体が作る影がホバークラフトバスを包み込んだ。象のキノコ獣の巨体がゆっくりとラーレ達の頭上を通過していく。低い唸り風を巻き起こしながら、バスの上を巨木のような足が通り過ぎた。幸い、踏まれる事はなかった。

 屋根の無い天井を見上げると、巨大な象の腹が視界一面に広がっていた。よく見れば灰色の皮膚の表面には白いキノコがたくさん生えており、そこからふわふわと胞子が舞い降りてきた。


「これは……かなり胞子濃度が濃いね。厄介だ……」


 ゆっくりと巨大象キノコ獣はラーレ達の頭上を通り過ぎ、そのまま大地を揺らしながら歩き去った。

 ラーレ達は揃って大きく息を吐いた。


「はぁー」

「良かったぁ、無事にやり過ごせましたねぇ」

「ごほっ、げほっ。なんだか胸がいつもより苦しいぞ。人工血液を飲まねば」


 アヤメが頭や肩をパンパンと払いながら言う。


「かなりの胞子を浴びたね。ウォールナット城に行く前に、どこかに寄って洗い流さないとちょっとヤヴァイかもよ」

「ええ? せっかく近道したのにー」

「まったく、屋根が無いからこうなるのだ」

「しょうがない。みんな、キノコ人間にはなりたくないだろ」

「ひっ」


 それを聞いてリリがビクリと身を震わせた。


「まあ、すぐにどうこうはならないさ。とりあえず出発しよう」


 その後、キノコの森に挟まれた細い道を無事通り抜け、バスは再び開けた砂漠を進んだ。あっという間に日は落ち、辺りは薄暗くなった。そろそろ停車して今夜は野宿にしようかと話していると、前方にオレンジ色の光を放つ建物が見えてきた。


「おや?」


 アヤメは怪訝そうな顔で、地図を見た。


「あんな建物、地図には載ってないぞ。街もこんな所には無いはずだ」

「〈ウォールナット城〉にしては小さいよね? やい、四男。あれはなんだ!」

「し、知らーん! あんなの、前には無かったぞー」


 砂漠の中にポツンと立つその建物は、ラーレ達があまり見たことのない見た目をしていた。この時代にはもう失われた建築様式だったのだ。

 近くで建物を見たアヤメは信じられないという顔で言った。


「あの建物、もしかして木で出来ているのか? 腐ってない木材があんなに大量にあるなんて、ありえない」

「私のライフルのストックみたいに、偽物フェイクじゃないでしょうか……?」

「ねえ、なんかセンサーに、『硫黄濃度警告』が出てるよ」


 その建物は木造で、屋根には瓦が敷かれ、入り口には提灯と暖簾のれんが下がっていた。

 その建物の前には、すでに何台かのホバークラフトが停まっている。

 戸惑いながらアヤメがその建物の前でバスを停車させると、中から美しい金髪の女性が出てきて、にっこりと微笑んで言った。


「陽光旅館にようこそ。ご宿泊のお客様でしょうか?」


 そう、それはまさに、温泉旅館だった。


 続く

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