第15話 ちょっとシリアスな昔話

 モクメ達を倒してから三日後。ラーレ達は〈エジソンシティ〉のカフェにいた。

 道ゆくサイボーグたちのほとんどは、もう獣耳もしっぽも着けていない。


 アヤメがコーヒーカップを片手に、ため息を吐きながら言った。


「はあー、ようやくドタバタが落ち着いてきたね」

「私とモーントがお使いしている間に、あんなことになっていたなんて……でも、変な税制も元に戻ったし、よかったぁ」

「ああ、獣耳としっぽのやつかい? まったく、極悪木目三兄弟の力で脅して、無理やりあんな税制を施行するなんてね。まあ、ラーレちゃんはよく似合っていたから、ちょっと残念だけど」

「そうだよねぇ。私も、もっと見たかったな」


 アヤメとリリにそう言われ、ラーレは照れくさそうに笑った。


「あはは、ありがとう。でも恥ずかしいから、もういいかなぁ」

「ふん……眷属にしたら、また……」


 黄色い人工血液を吸いながら、モーントが小さな声で言う。ラーレはモーントを呆れた顔で見つめた。


「こいつが喜ぶから、絶対もう着けない」

「勘違いするな……別に喜んでなどいない。本当だ」

「うふふ、ラーレちゃん達は楽しそうで良いなぁ」


 リリはラーレとモーントを見て笑った。ラーレがリリに言う。


「リリちゃんはこれからどうするの? 私たちと一緒に行こうよ!」

「え、いいの……いや、でも私……」


 リリは少し迷ってから言った。


「私、探している犯罪者サイボーグがいて、そいつをなんとしても処刑したいの。だから、一緒には行けない」

「えー、そうなの? じゃあ、仕方ないかぁ」

「犯罪者サイボーグか……」


 アヤメが深刻な顔で呟いた。ラーレがアヤメに尋ねる。


「アヤメさん。そういえば、あの極悪木目三兄弟をヒノキに紹介したっていう、ウォールナット教授って……」

「ああ、ドタバタしていて話す時間が無かったね。ウォールナット教授は、私の先代の特級サイボーグ技師さ」

「先代?」

「特級サイボーグ技師を名乗れるのは、たった一人だけなんだよ。ウォールナット教授は、凄腕のサイボーグ技師。全盛期は私よりも凄かったよ」

「ええ! そんな人がいるんですか?」

「だけど、あいつも老いには勝てなかった。サイボーグはメンテナンスを適切に受ければ生身の人間よりもずっと長生きできるけど、脳の老化は避けられない。それで引退して、私が次の特級サイボーグ技師になった」

「アヤメさんは、その人からあの血のアンプルをもらったんですよね?」

「ああ、十年くらい前かな。この街であいつの脳腫瘍を手術した。その時にもらった報酬の一つさ。どこで手に入れたのかは聞いてない。何年前の血かなんて、その時は分からなかったしね」


 ラーレは腕を組んで唸った。


「うーん、〈無菌郷ステライル〉に繋がるのかなぁ? やっぱり、そのウォールナットさんに直接会ってみたいね。なんか悪いこともしてそうで心配だし」

「ああ。だが、ヒノキは今の居場所までは知らなかった。使えない小悪党だよ。せめて極悪木目三兄弟が一人でも生き残っていれば、聞き出せたかもしれないのに」

「本当ですねぇ」

「あ、ごめんなさい……私が処刑しちゃったから……」

「リリちゃんは悪くないよ! あいつらが極悪だったのが悪いんだから」


 すると、モーントがラーレの肩をポンと叩いた。


「小娘、よく思い出せ。私たちに絡んできた四男は生きているではないか」

「あ」

「あれ? そうなの?」

「テヘヘ、忘れてた。あんまり極悪じゃなかったから、脚切って放置したんだった」


 ラーレは舌をペロリと出して可愛く頭を掻いた。


 ◆ ◆ ◆


 ラーレ達は、先日イタメが襲ってきた路地裏に行ってみた。すると、なんとイタメは三日前と同じ場所に転がっていた。

 弱々しい呻き声のような、笑い声のようなものが微かに聞こえる。


「がははは……がははは……はは」

「まだ、ここにいたとは……やい、そこの粗大ゴミ!」


 ラーレ達を見ると、イタメは怒りの形相で睨んで言った。


「お、お前達! 絶対に許さんぞー、きっとお兄ちゃんたちがお前達をスクラップにするんだからなー、もう謝ったって許さないぞー」

「ああ……残念なお知らせなんだけど、長男と次男はこのリリちゃんが処刑したよ」

「がは?」


 イタメは目を見開いて固まった。リリが申し訳なさそうに言う。


「えっと……すみません。悪人だったものですから」

「リリちゃん、謝らなくて良いよ。処刑モードの時はあんなにキリッとしてるのになぁ」

「そ、そんな! 極悪なお兄ちゃん達がやられるなんて、あり得ない!」


 アヤメが腰のホルスターから小型レールガンを取り出し、イタメに突きつけた。


「おい。ウォールナット教授の居場所を教えな。断れば、すぐにそのお兄ちゃんたちに再会することになるよ」

「うっ、くそ! なんて極悪な奴らだー!」

「あんたに言われたくないよ。さあ、どうなんだい?」

「ああ、教えてやるよ! だが後悔するぜー。ウォールナット教授のところには、アミラーゼとグルコースがいるんだー。お前らなんて、全員スクラップだー!」


 その言葉を聞き、リリがビクリと身を震わせた。


「アミラーゼとグルコース……ですって?」


 アヤメはイタメの額に小型レールガンの銃口を押し付けた。


「デタラメ言うんじゃないよ。あんなのが本当にいたらヤヴァイだろ」

「ひっ、やめろー」

「アヤメさん、なんですか、そのアミラーゼとかって?」

「アミラーゼとグルコースは、夫婦の犯罪者サイボーグさ。だけど、伝わっている話が大袈裟すぎてね。実在するかどうか怪しいところなんだ。雪男やチュパカブラに近い、都市伝説だよ」

「ふむ、チュパカブラなら昔飼っていたぞ。懐くと案外可愛いのだ」

「何言ってんの、モーント?」


 だが、それを聞いていたリリが真剣な顔で言った。


「アミラーゼとグルコースは実在します。私の、いえ、私たちの仇です!」

「どういうことだい?」


 リリは昔話を始めた。


「そう、あれは今から五十年前――」

「え、五十?」


 ◆ ◆ ◆


 私は、

 暗黒執行猟犬隊ダークネスジャッジメントハウンズという部隊にいた私は、相棒のルリという少女サイボーグと一緒に、二人一組で行動していました。


 私、リサはセーラー服姿で刀を持ち、ルリは軍服にライフルという姿です。なんでそんな格好なのかというと、部隊の隊長の趣味でした。

 私たちは二人仲良く、犯罪者サイボーグを処刑する愉快な日々を送っていました。


 ある日のことです。小さな街が二人組の犯罪者サイボーグに襲われているという情報を聞いて、私たちはその場に向かいました。


「リサ、あまり一人で突っ込むなよ」

「あ……ごめんね、ルリ。でも、何かあってもルリが後ろから援護してくれから、大丈夫だよね」

「まあな。私らに敵なんていないさ。とっとと悪い奴らを倒して帰ろうぜ」


 今思えば、私たちは思い上がっていたのかもしれません。


 私たちは街に到着しました。その街は砂漠の中にポツンとある小さな街で、人口は三百人くらいだったと思います。

 到着すると、なんだか嫌な匂いがしました。


「何この臭い……うっ」

「こ、これは……」


 焼け爛れた街の中央広場に、スクラップになった住民達全員が積み重ねられていたのです。


「うう、ひどい……これは、みんな焼かれたの?」

「サイボーグのスキンバリアーでも、熱は遮断できない。生身に比べれば耐熱性は段違いだけど、それでも長期間炙られれば、中の脳が煮えちまうよ」

「こっちの人は、何かに潰されたようになってるよ……」

「なんだろう? デカい巨人サイボーグでも出たのか?」

「ひどい。悪人ポイントは軽く一万を超える……。絶対に処刑しなきゃ」


 その時、瓦礫の影で動く姿が見えました。私は刀を抜き、そいつに向かって行ったのです。


「いた! 許さない!」

「待て、リサ、一人で――」


 その時、体がものすごい力で地面に叩きつけられたように感じました。


 グシャア!


「あ、れ? ……ゴホオッ!」


 気がつくと私は口から大量の人工血液を吐き、地面に這いつくばっていました。横から、冷たい声が聞こえてきました。


「まあ、まだ生きてるワね。人工臓器が一気に潰れて衝撃を吸収したおかげで、脊髄は無事だったみたいだワ」


 目の前の瓦礫の影から、声の主とは別のサイボーグが出てきました。そいつはキンキンした高い声で言いました。


「少し腕が落ちたネ、アミラーゼ。しかし、もう長くは持たないだろうネ」

「グルコース。念の為焼いておいてほしいワ」

「ああ、そうしようネ。しっかり強火でネ」


 ぼんやりと霞む私の視界の先で、そのサイボーグはゆっくりと腕を上げました。そこから何かが発射されたと思った時。

 ルリが飛び込んできて、私の前に立ち塞がりました。

 そして――


 シュボッ


「うわあああ! 熱い! 熱いぃ!」


 私の前で、ルリが燃え上がりました。私は声も出せず、それを見ているしかできなかったのです。


「もう一匹いたようだワ」

「どうせどちらも、もう持たないネ。さあ、帰ろうか、アミラーゼ」


 私の意識はそこで途切れました。


 ◆ ◆ ◆


 リリの話を、ラーレは涙目になって聞いていた。


「うう……ひどい! 今までトンチキな敵ばっかりだったのに、いきなりシリアスじゃないかぁ」

「どうやら、チュパカブラほど可愛い奴ではなさそうだな」

「グルコースとアミラーゼは実在したってのかい……ヤヴァイね、とてもヤヴァイ。しかし、そうなると今ここにいるリリちゃんは……」


 リリは自分の胸に手を当てて言った。


「私たちは駆けつけた仲間に救助されました。しかし、私、いえ、リサの人工臓器は全て破壊され、瀕死の状態でした。そして、ルリの脳はもう……ですが、ルリの人工臓器は無事だったのです。耐熱性の高い部品を使っていましたから」

「なるほど、それで」

「アヤメさんは、メンテナンスの時に見たはずです。私の体に二人分の部品が混ざっているのを……私は脳と脊髄をルリの体に移植され、一命を取り留めたのです」

「つまり、君はニコイチのサイボーグってわけだね」

「はい。以降、私はサとルから一文字ずつ取って、『リリ』と名乗ることにしました。そして、私は仇を討つために部隊を抜けたのです」

「それで長い間彷徨っているうちに、メンテナンス不足であんな状態になっていたわけか」


 リリは、ラーレ達に向かって大きな声で言った。


「私も、ウォールナット教授のところに一緒に連れて行ってください! ルリの仇を討ちたいんです!」


 こうして、ラーレ達の旅に新たにリリが加わった。


 続く

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