第13話 免税狐っ子と処刑モード女子
ヒノキ・スギローは両手を広げ、アヤメに向かって余裕の笑みを浮かべた。
「なあに、きちんとお金だってお支払いしますよ。金ならある」
「なんだか鼻がムズムズする名前の男だね。だったら普通に頼みな。これは一体どういうことだい」
「それが、ちょっと表に出せない代物でね……おい、入ってこい」
すると、ヒノキの後ろからマサメよりもさらに大きな体のサイボーグがノシノシと音を立ててやってきた。扉をくぐるのもやっとの巨体だ。
「がは、がは。お前が俺の腕を直してくれるのか?」
「ふん、長男のお出ましかい」
「その通り! 極悪木目三兄弟の長男、モクメ様とは、俺様の事よ!」
「お前達は百年も前に封印されたはずだろう? それが、なんでこんな所でガウンのお坊ちゃんの使いっ走りなんてしてるんだい?」
ヒノキは葉巻を取り出し、火をつけながら言った。
「ある筋から紹介してもらったのさ。それより、仕事の話をしようじゃないか。モクメの腕は少々特殊でね。調子が悪いのだが、腕の良い技師じゃないとメンテナンスできないんだ。そこで、アヤメ先生、あなたの出番というわけですよ」
「ちっ、断るって選択肢はないんだろ?」
「ああ。もし断るなら、残念だが……」
ヒノキが目配せをすると、マサメは大きな体に似合わないスピードでリリが寝ているメンテナンス台に近づき、横から殴りつけた。
バキバキ! と音を立ててメンテナンス台は破壊され、リリは床に落ちてしまった。
「おい! 私の
「う、うう……痛いよ……何? ひっ!」
目を覚ましたリリは、自分を見下ろすマサメを見て、怯えて身をこわばらせた。その様子を見てマサメがニタリと笑う。
「がはは。良い顔だぜぇ。俺が恐いか? がはは!」
「がは、がは。弟よ、あまり遊ぶな、かわいそうだろう」
ガタガタと震えるリリ。アヤメは怒りで拳を握りしめた。
ヒノキがため息をつく。
「まったく、手荒な真似はするなと言っただろう? 人質が先にスクラップになったら意味がないだろうが」
「がはは。だから、ちゃーんとメンテナンス台だけを壊したぜー」
「おかげで別の部屋に移動しなきゃならないじゃないか。ふう、極悪木目三兄弟は血の気が多くて困る。さて、アヤメ先生。これでわかってくれたかな? 聡明なあなたは、私を困らせないですよね?」
アヤメはヒノキを睨みつけながら言った。
「リリちゃんには危害は加えないって約束しな。それさえ守ればメンテナンスでも手術でもしてやるよ」
「よろしい。では別の部屋に移動して早速始めましょう。ただし、あなたがサボらないように、そこの娘には終わるまでマサメと一緒にいてもらう」
「ええっ! 嫌、こわいよ……」
「くっ。リリちゃん、ごめん! すぐに終わらせるからね。ちっ! で、何をすれば良いんだって?」
極悪木目三兄弟の長男、モクメがその太い腕を掲げて言った。
「お前には俺様の自慢の腕のメンテナンスをしてもらう。百年前に禁止された伝説の違法サイボーグアーム、『触手電撃地獄十三号』をな!」
◆ ◆ ◆
一方その頃、ラーレは街の市場で頭を抱えていた。
「なんてこった。全部の売り物が高い! どうしよう」
「諦めて金を貰いに戻れ。それか、盗めば良い」
「ダメに決まってるでしょ! 悪い吸血鬼にはもう人工血液を買ってあげません」
「な、なに! ごほっ、ごほっ。それは、少しだけ困るな、ごほっ」
「はあー、獣人型サイボーグの優遇なんて、なんでそんな変態税制が認められてるの? おかしいよこの街!」
「変身魔法で獣に化けるくらい出来ぬのか。むむ?」
モーントが何かに気がつき、フラフラと一つの店に近寄って行った。ラーレは面倒くさそうにその後に着いていく。
「どうしたのさ。また美味しそうな血でもあった? 今度は何色?」
「小娘よ。これを買うのだ」
そこはサイボーグ用のアクセサリーショップだった。モーントが指差したのは、その一角に置いてある『猫耳セット』という商品だった。
ラーレは目を細めてモーントを睨んだ。
「もちろん、君が付けるんだよね。変態」
「付けるのは小娘だ。この説明をよく読め」
モーントは商品の説明書きを指差した。そこにはこう書いてあった。
『可愛い猫耳としっぽのセット! 感情に連動してキュートに動く! これで彼氏のハートをゲットだニャン! 新税制対応』
「彼氏のハート……ん? このすっごく小さく書いてある新税制対応って?」
その時、怪しい雰囲気の店員がラーレに話しかけてきた。
「お客さん。裏技に気がついちゃったみたいだねぇ」
「うわっ、なに?」
「これはただのコスプレセットじゃあないのさ。新税制の判定基準は、『感情に連動してピコピコ動くこと』なのさぁ。恒久的な身体改造である必要は無いんだ。つまり……」
「これを買って付ければ、免税になるってこと?」
「その通り。内緒だよぉ。どうだい?」
ラーレは腕を組んで唸った。
「うーん、でも結構これも高いしなぁ。今、お金に余裕ないんだよ?」
モーントが鼻で笑った。
「ふん。小娘は計算が苦手か? これを買いさえすれば、他の物は免税で買えるのだぞ。トータルで安く済むではないか」
「あ、そうか、そうだね。買おうかな?」
怪しい店員は怪しく笑った。
「けけけ。お客さん、今は猫より狐が人気だよぉ。ちょっとだけ猫より高いけど、きっと可愛いよぉ。しっぽがモフモフさぁ。腰から生やすタイプだから、そのドレスでも安心だよぉ」
「妖狐なら昔会ったことがあるぞ。いつの間にか人間に石にされて観光名所になっていたがな」
「モフモフかぁ……ね、ねぇ、モーント、どっちが良いかな?」
「狐だ」
モーントは即答した。
「じゃあ狐セットください!」
「毎度あり!」
五分後、そこには狐の耳としっぽをつけたラーレがいた。
ラーレは照れくさそうに、耳をピコピコ動かしながらモーントに尋ねた。
「えへへ、どうかな?」
「……良いんじゃないか」
「いやあ、でもやっぱり恥ずかしいな。買い物終わったらすぐに外そうっと」
「……」
モーントはラーレのモフモフのしっぽを無言でフサリと撫でた。
「ひゃ! どこ触ってんだ、この変態ボロ雑巾!」
ラーレにパシリと叩かれ、モーントの右腕の骨は粉微塵に砕け散った。
「ぐはっ、は、早く……人工血液を……くれ」
「ああー! ごめーん!」
◆ ◆ ◆
一方の〈中央総合サイボーグラボ〉。
アヤメは、長男モクメのサイボーグアーム『触手電撃地獄十三号』のメンテナンスを始めていた。
さっきまでアヤメがリリのメンテナンスをしていた減菌室には、今は次男マサメとリリだけが残っていた。マサメはリリをニヤついた顔でジロジロと見ている。
「がはは。兄貴の腕のメンテナンスが始まった頃だなー。ってことは、もう人質はいらないのかなー」
リリはオーバーサイズの軍服に、短いプリーツスカートという格好だ。マサメはリリの脚を見ながら、目をギラつかせている。
「な、何をする気ですか……」
「がはは。俺は、恐怖に怯える女の子が大好物なのさー。俺がどんなにおっかないやつか、もっと教えてやるよー」
「やだ、恐いよ」
「俺は極悪木目三兄弟の次男、マサメ。三百六十……この数字が何かわかるか?」
リリは怯えた目でマサメを見上げた。
「ま、まさか、そんなにたくさんの……」
「そう! 俺が器物損壊をした件数だ!」
「え……?」
「ふん、舐めてやがるな。だが、俺はお人よしの四男とは違う。極悪だからなー。俺が壊したのはロボット犬よ。飼い主の目の前でぶっ壊してやるのさー。どうだ、本当に極悪だろ?」
リリは目に涙を浮かべ、怒りと恐怖の入り混じった表情を浮かべた。
「そ、そんな、なんて酷い! 極悪……極悪人だわ!」
「がはは。そう、極悪だー、もっと恐れろ!」
その時、リリの中で、長年停止していたある機能が突然作動した。
リリの頭の中に電子音声が流れる。
『ピピピ……対象の悪人ポイントを計測中』
「え? 何、この声? いや、私は知ってる。そうだ、私は……」
「がはは! 恐怖でおかしくなったようだなー、いいぞー、たまらん!」
マサメはその巨体を揺らし、リリに迫った。
『悪人ポイントは三百です。判決は死刑。処刑モードを起動』
突然、リリの体がまばゆい光を放った。
「ま、眩しい! な、なんだー?」
説明しよう!
リリの正体は犯罪者サイボーグを取り締まる、対サイボーグ用サイボーグだったのだ!
リリは相手の悪人ポイントを計測し、それが一定を超えると「処刑モード」に移行するのだ!
「ち、力が……湧いてくる!」
リリの長いストレートの黒髪がふわりとなびき、どこからともなく現れたリボンによってポニーテールになった。さらに、リリの茶色の瞳は、燃えるような赤い色に変わった。
「処刑モード、起動完了!」
リリはどこからともなく取り出した軍帽を頭に被った。ちゃんとポニーテールを出す穴が付いた軍帽だ。そこに付いているエンブレムを見て、マサメは驚きの声をあげる。
「な、そ、そのマークは!
リリは部屋の中に置いてあった自分の荷物を見つけると、目にも止まらぬ速さでそれを手に取り、梱包を解いた。
右手に刀、左手にライフルを持ち、鋭い目でマサメを睨みつけた。
「命乞いの受付時間は終わりです」
リリは刀を抜くと、さらにライフルの先に刀を銃剣のように取り付けた。リリは、合わせて三メートル以上はあろうかという巨大な武器を片手で構え、マサメに突きつけた。
「処刑を開始します」
続く
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