第12話 極悪! 木目三兄弟、現る
「ありがとうございます。皆さん」
「本当に良かったよ、リリちゃん」
「中枢神経の胞子は除去したけど、人工臓器は壊れかけのままだ。油断は禁物だよ」
キノコ人間とキノコ獣を退け、リリの手術を成功させたラーレ達は、再びホバークラフトバスに乗って目的地の〈エジソンシティ〉へと向かっていた。
「もうすぐ街に着くからね。そしたら、すぐに大規模メンテナンスだ。私に任せな」
「すみません、何から何まで……ところで、このバスってこんなに開放的でしたっけ?」
リリは屋根が無くなり、オープンカーと化したバスを見て言った。暴れていた頃の記憶がないのだ。
ラーレは苦笑いをした。
「あーうん……前からこんなんだったよ、確か」
「嘘をつくな、小娘」
モーントが人工血液を吸いながら振り返る。
「下級の吸血鬼ならこの日光は耐えられんぞ。私は耐性があるから良いが、実はそれでも少しピリピリするのだ」
「お肌が弱いのかな?」
「それに、もうすぐ人工血液が無くなるではないか」
「はいはい、街に着いたら買い出しに行きましょうね。それまで大事に飲んでねー」
ラーレとモーントのやり取りを見て、リリがクスクスと笑った。
「うふふ。なんだか、ラーレちゃんはお母さんみたいだね」
「へ? うーん、どちらかというと、飼い主じゃない?」
「くっ、今にわからせてやるぞ、小娘」
「うふふ、良いなぁ、楽しそうで」
「おっと、見えてきたよ」
アヤメが前方を指さした。風に舞う砂の向こうに、ぼんやりと蜃気楼のように都市の影が浮かび上がる。近づくにつれ、その影ははっきりとした実体として姿を現した。
まるで巨木の森のように、そこには大きな高層ビルが砂漠の中に密集してそびえ立っていた。
「交易都市〈エジソンシティ〉だ。この大陸のほぼ中央に位置し、キノコの森からも離れているから、交易の中心として発展した街さ」
「へえー、楽しいことがいっぱいありそうだね!」
キラキラした顔で街を見つめるラーレ。その横顔を見ていたモーントは、自分がいつの間にか釣られて笑っていることに気がつき、戸惑った。
「むむ……」
「ん? 人工血液がなくなったの? もう、大事に飲んでって言ったじゃん」
「まだある。まったく、賑やかな小娘だ」
そうこうしているうちに、バスは〈エジソンシティ〉に到着した。
◆ ◆ ◆
街に入った一向は、早速リリの大規模メンテナンスを行うため、〈中央総合サイボーグラボ〉の減菌室に来ていた。ちゃんとした大規模メンテナンスはキノコの胞子が少ない場所で行わなければならないため、対応できる設備は限られる。
「うわあ、ドクターのラボとは大違いだぁ」
ラーレは物珍しそうに室内を見回した。
減菌室の床や壁は、〈減菌フィールド〉の作用でうっすらと光っていた。中央には合皮張りの座り心地の良さそうなメンテナンス台が備え付けられ、その周りにはいくつものディスプレイが浮いていた。
「アヤメさんの名前を出したら、すぐに貸してくれましたね。良かったぁ」
「特級サイボーグ技師の特権さ。さて、じゃあメンテナンスの間、君たちは買い出しでもしていておくれ。欲しい物のリストとお金を渡すからね。人工血液も好きなのを買うといい」
アヤメはそう言ってラーレにお金とメモを渡した。人工血液が切れてフラフラのモーントは、さっきから床に座り込んでいる。
「お使いですね! 任せてください!」
「頼んだよ。リリちゃんのことは私に任せて、デートしてきな」
「デートというより、子守りかなぁ」
ラーレは床のモーントを見て苦笑した。
減菌室のメンテナンス台の上から、リリが笑って手を振った。
「じゃあ、また後でね。ラーレちゃん」
「うん、早く元気になってね。さ、行くぞ、ぼろ雑巾」
ラーレはモーントを引きずりながらラボを後にし、街へと向かった。
◆ ◆ ◆
〈エジソンシティ〉の街は、サイボーグで溢れていた。
「うわあ、たくさん人がいるね」
「どうせ全員サイボーグで血が吸えんのだ。どうでも良い……早く人工血液を」
「はいはい」
二人は、人工血液を売っているサイボーグ部品ショップに行った。モーントが目の色を変えてショーケースの中の人工血液を覗き込む。
「おお、見ろ、小娘。新発売の黄色い人工血液があるぞ」
「なんか酸っぱそうだね……これでいいの? じゃあ買うよ」
ラーレはビタミンCが豊富そうな色をした黄色い人工血液を会計に持っていった。店員は、ラーレの姿をジロジロ見てから金額を告げた。
「はい、君だとこの金額ね」
「はあ? 高すぎでしょ!」
そこには、〈ノイマンシティ〉で買うよりも倍近いの価格の金額が表示されていた。
「やい、店員! 騙そうったってそうはいかないぞ」
店員を睨みつけるラーレ。店員は肩をすくめて言った。
「おいおい、人聞きが悪いな。仕方ないだろ、これでもお嬢ちゃんは女子だから安いんだぜ」
「へ? どういうこと」
「この街では最近税制が変わってね。特定のタイプのサイボーグじゃないと高い税率がかかるんだよ。お嬢ちゃんは八十パーセントだ」
「ほぼ倍じゃん……そんなぁ」
「仕方ないさ。
店員は道ゆくサイボーグを指差した。
そのサイボーグはラーレと同じくらいの小柄な女性サイボーグだったが、なぜかフワフワのしっぽが生えており、頭の上にはピコピコと動く動物の耳がついていた。
「はい?」
「ごほっ、ごほっ、ほう、ここには獣人がおるのか」
よく見ると店員にもあまり似合っていない獣耳と尻尾が付いている。
店員は言った。
「女子サイボーグの基礎税率は八十パーセントだけど、獣耳をつけるとマイナス三十パーセント、しっぽをつけると更に五十パーセント下がって、つまり免税になる」
「はあ」
「男性は基礎税率がなんと百パーセントだ。耳としっぽをつけると多少下がるが、それでも五十パーセントなんだぞ。酷い話だろ」
ラーレは理解が追いつかず、ぽかんとしてしまった。
「ええっと……つまりどういうこと?」
「だから、可愛い獣人型サイボーグだと安く買えるってことさ!」
「うわぁ、ここはそういう趣味の街だったのかぁ」
よくよく見れば、街には耳としっぽを付けたサイボーグがたくさんいた。モーントが咳き込みながら言う。
「ごほっ、種族で税率が違う国はたまにあるぞ。それより、早く黄色い人工血液を買うのだ。味が気になる」
「だめ! ごめん、店員さん。ちょっと一旦出直すから、これはやめるね」
「そうか。またおいで」
ラーレは名残惜しそうなモーントを引っ張って、何も買わずに店を出た。
「なんだ、買わないのか?」
「高すぎるよ。これじゃ他のものが買えないよ。もっと安いお店がないか探そう」
「もっと金を寄越せと、あの女に言えば良いではないか。あいつは金持ちだ」
「それじゃ、私はお使いも満足にできないポンコツってことじゃん! 私、戦闘以外でも役に立ちたいんだよ」
「ふん、面倒なやつだ。ごほ、げほっ……むむ、小娘。どうやら戦闘で役に立つのが先のようだぞ」
「え?」
歩きながら人気の無い裏路地に来ていた二人の前に、一人の大柄なサイボーグが姿を現した。黒いスーツを着たサイボーグは、シャツがはち切れそうになっている大きな腹をさすりながら言った。
「がははは。自分たちから目立たない場所に来るとは、手間が省けたなー」
「誰? 私達に何か用?」
「俺の名は、イタメ! 『極悪
「ご、極悪木目三兄弟!?」
「小娘、知っているのか?」
「いや、知らない……どちら様?」
「がははは。俺たちを知らないとはモグリだなー。長男モクメ、次男マサメ、そして俺、四男イタメからなる三人組の極悪犯罪サイボーグだ!」
「三男はどこにいったの?」
「……五百六十七。この数字が何かわかるか?」
四男イタメは不敵な笑みを浮かべた。ラーレはごくりと唾を飲み込む。
「ま、まさか、今までにこ――」
「そう、交通違反をした回数だ!」
「はあ?」
「がははは、舐めるなよ。俺は過去に何人もラボ送りにしたことだってある。業務上過失致傷でな!」
「うん、そう……災難だったね。それで、何の用事?」
「お前らを拉致しろって命令されてるのさ! 覚悟し――」
三秒後、そこには両脚をビームブレードで切断されて地面に転がる四男イタメの姿があった。
「そこまで極悪じゃないみたいだから、あれで許してあげようかー。さあ、お使いの続き!」
「なんだったのだ、あれは? ごほっ……それより早く人工血液をくれ。もう緑のやつで良いから」
「ちょっと待っててよー。あ、中古の人工血液とかで安いのないのかな?」
「やめろ。腹を壊しそうだ」
ラーレとモーントは何やら喚いているイタメには構わず、店を探して歩き出した。
◆ ◆ ◆
その頃、アヤメは無事にリリの大規模メンテナンスを終わらせていた。特級サイボーグ技師はその作業スピードの速さも特級なのだ。
リリはスリープモードに入り、メンテナンス台の上で静かに寝息を立てている。
バァーン!
その時突然、減菌室の扉が乱暴に開かれ、スーツを着た巨体のサイボーグが入ってきた。
「がはは。貴様がアヤメだなー。大人しくしてもらおうか」
「なんだい、あんた。
アヤメは腰のホルスターに手を伸ばすが、そこには何も無かった。メンテナンス作業の邪魔にならないように外しておいたのを思い出し、アヤメは唇を噛んだ。
「くっ」
「がはは。俺は極悪木目三兄弟の次男、マサメ! 俺の雇い主が、貴様に頼みがあるそうだ」
「極悪木目三兄弟だって? なぜ現代に?」
「おやおや、彼らを知っているとは、さすがアヤメ先生だ」
甲高い声がして、マサメの後ろから一人のヒョロリとした男が部屋に入ってきた。男は白いガウンを身に纏い、かっちりと撫で付けたオールバッグの髪型をしきりに気にしている。
「あんたは!」
「私は、檜財閥当主、ヒノキ・スギロー。あなたにお願いしたいメンテナンスがあるんだ。もちろん、嫌とは言わせない。そこで眠っている患者をスクラップにしたくなければ、大人しく従ってもらおうか」
続く
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