第15話 赤い鳥の紋章

「い、いきなり冒険者って何やれば良いかわかんないよ!」


 途中まで並んで歩いていたが突然足を止めた。こちらも止めて振り返りどうしたのかと聞くとそう吐露する。この世界の人なら知ってるものだと思いこんでいたが、縁がない人であれば知らない人もいるだろうと考え謝罪し、自分の知った範囲のことを説明することにした。


「俺も実は全く分からなかったが、人手が必要なところに手伝いに行く感じだ。それが荷物運びなのか露店の組み立て補助なのか販売なのか、はたまたモンスター退治なのか。自分で選べる」

「モンスター退治か……」


 そう呟いて自分の鎧など装備を確認し始める。鎧は新しくは無いものの古くもなくガタついてもいないように見えた。腰に差しているナイフを引き抜き錆びていないか確認し、こちらを見て慌てて納める。


恐らく襲い掛かったことを思い出したのだろうと考え、話題を変えるために鎧を褒め自分も欲しいから貯めていると話す。赤い髪の子は気恥ずかしそうに俯いて鎧をさすり、兄者がくれたと教えてくれた。


思い出させるのも悪いと思ったが、皮なので雨で濡れたら手入れしなくて良いのかと聞くと、マリアナさんがしてくれたと嬉しそうに声を弾ませる。良くしてもらって有難いなと言うとはにかんで頷いた。


無償の善意に触れることは、更生する者にとって重要なことだと過去を振り返って思う。勿論それだけじゃダメなんだけど、この子はお兄さんがしっかり躾をしていて根は悪い子ではないし、更生は難しくないと考えている。


盗賊の一味になっていたのも親代わりのお兄さんが突然いなくなり、探さなくてはということだけが先行してしまったんだろう。ナイフを向けて掛かってきた時も、とても傷つけるのに慣れた感じではなかったし、昔荒れていた自分と比べたら可愛いものだ。


気持ちが落ち着いたのかこちらの横まで掛けてきたので、再び冒険者ギルドへ向けて歩き出す。


「おおおお!」


 ギルドに向かっている途中で右側から大声が上がり、赤い髪の子はこちらの左腕へ移動し身を隠した。頼りにされたからにはその期待に応えにゃならなんと思い、声の方向をキリッとして向くと防具屋前で親父さんが両手を上げて立っていた。


なぜ絶叫したのか分からないし満面の笑みが怖いしで、挨拶だけして通り過ぎようとしたものの、大きな声で来るよう言われる。


「ちょっと急ぐのでまた……」

「よく来たな友よ!」


恐る恐る近付いてみたら突然友とか言い出したので、ズッコケそうになりなんとか片足で堪えた。


こないだまでつんけんしてたのに、急に友呼びはいったいどういう心境の変化なのか。悪寒がしてたじろぎ下がろうとするも、赤い髪の子に押されて下がれない。近付きたくないのは分かるが、何故押すのかと聞くと友だちだろうと言われる。


急に友達認定されても困るんだよな、特にこっちから友情を示す様な行動はと思った瞬間、ハッとなる。例の荷物運びの件かと思い出すと同時に、ミレーユさんにも顔を出すよう言われてたことも思い出し冷や汗が出た。


「よく仕事を成し遂げてくれたな! 俺も紹介した人間として鼻が高いぜ!」

「そ、それは良かった。では俺たちはこれで」


「まぁ待て! お茶でも入れてやろう! こい!」


 砂でもかき寄せる様に親父さんは腕を振り、こちらを引き寄せようとしてくる。防具屋の親父さんでなければ逃げるところだが、これからを考えると応じざるを得ない。赤い髪の子には先に帰るよう促したが、首を横に振り親父さんの方へ向けて全力で押してきた。


「まぁ座れ座れ!」


 ゆっくり近づいたが親父さんの腕が届く範囲に入った瞬間、熊がシャケを取る感じで腕を掴まれ捕まってしまう。店に引きずり込まれるとカウンターまで移動し、鼻歌交じりで椅子を二つ置くとやっと親父さんから解放される。


上機嫌な親父さんはこちらが座るのを見ずに、カウンターの奥にある部屋と消えて行った。まだ完全に安全を確保した訳ではないが、取り合えず平気そうだと考え一息吐く。周りを見渡すと防具屋だけあって多くの鎧や盾が飾ってあり、見ているだけで時間が潰せる。


「あっ」


 赤い髪の子は何かに気付いたように声を上げて立ち上がり、座っている位置から右横端にある丸い盾の前で止まった。盾には赤い鳥の紋章が描かれており、それ以外の装飾も他の商品とは違ってとても高級そうに見える。


すぐ下に価格一万と札が下がっており、目が飛び出そうになった。皮の鎧を買うのにも苦労しているような自分には、縁遠い商品であり高級そうな見た目に相応の価格だと納得する。


「ほう、お前さん良い目をしているなその盾に目を付けるなんて」


 カップが三つ乗ったトレイをカウンターの上に置き、親父さんは赤い髪の子の横へ行きながらそう言った。


「これは……何処で?」

「うん? ああこれはな、ここから北西の方にあった騎士団の生き残りが居てな、ソイツから買い取った品だ」


「その人は?」

「騎士団の仲間を探してここまで来たらしいが、盗賊に殺されたよ」


 親父さんの言葉を聞き終える前に赤い髪の子は膝を着き、その盾に両手を添えて倒れるのを堪える。どうして良いか分からなかったが、親父さんはこちらに移動して来てそっとしておこうと耳打ちし、カウンターに戻った。


何かあるのだろうなと考え、親父さんの意見に同意しカウンター前の席に着く。盗賊に殺されたと言っていたので、この辺りに多いのかと聞いてみる。親父さん曰く、天然の要害を持つこの国の王様はお人好しで、他国の権力闘争に敗れた者たちを受け入れているという。


初代王様がこの場所で長期籠城できるようにと、周辺に牧場や畑などを多く作ったらしい。最近は製鉄なども産業も盛んで物も人もお金も出入りが激しいようだ。戦争が無いことで人々の暮らしは安定しているが、他所からくる盗賊にとっても安全であり理想の土地だという。


頻繁に輸送があるのでその道中を狙い品物を奪う事件が発生し、国の兵士と共にギルドが対応しているらしい。奥様を襲った連中も日頃から馬車を襲っていて、慣れていたのかもしれないなと思った。奥様たちを乗せた馭者さんは元々使えていた人だろうし、盗賊に止まれと言われて止まるはずがないだろう。


計画を漏らした側近から聞いていたのだろうから、そのリスクも承知していただろうになぜ襲ったのか。なにか得体のしれない黒い影を感じざるを得ない。


手紙でそれとなく気を付けるよう、アリーザさんに言った方が良いのだろうか。見ず知らずの自分を助けるような、人の良いアリーザさんに気を付けるよう言ったことにより、藪をつついて蛇を出すことになったりはしないだろうか。


迷いに迷った挙句、町長が動いていることだし動向を見てからにしようと決める。


「ところでお前さん、何かうちで探してるものがあるんじゃないのか? 多少なら割引してやるぞ? こないだの蓑の代金の件もあるし」


 一瞬喜んで声が上ずったものの、またなにか厄介事を押し付けられる気がした。こちらの警戒心を見透かしたのか親父さんは、町長もご機嫌だったしあんな仕事を押し付けて何もしないの、というのは寝覚めが悪いという。


前回の事があるのでにわかには信じられず、ここは無茶振りをして確かめるかと思ってあの盾をただで欲しい、と言ってみる。


「おう良いぞ」


 二つ返事で答え親父さんはガハハと笑う。きっと冗談か聞き間違いだろうと思い、一緒になって笑った。現在の稼ぎを考えても一万ゴールドとか気が遠くなるし、まさかローンなんてこの時代にないだろうし、あったところで怖くてできない。色々考えた結果聞き間違いということで処理し、お茶をすする。


「その代わり一つ用事を頼まれてくれねぇか?」

「いや冗談ですって……冗談でしょ?」


「なぁ頼むよ」


 めっちゃ凄んで来た。冗談のつもりだったのに渡りに船だったってことか!? 入りからして友よとか言って可笑しかったし、もうちょっと警戒しておくんだったと反省する。元の世界での育ての親である先生からも、少しでも信用したら警戒心が無くなるまで行くから気を付けろ、と言われてたのに俺って奴はと項垂れた。

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