第14話 お兄さん探し

 ジョルジさんの言葉にほっと胸をなでおろしつつ、お手数をおかけしますが彼女を宜しくお願いしますと頭を下げる。こちらの言葉に対し、面倒を見るのは構わないが事情は説明して欲しい、我々はギルドに雇われており犯罪を犯していては困る、そうはっきり言われた。


マリアナさんの好意に甘えてしまったが、お願いする前にちゃんと説明しておくべきだったと反省する。ジョルジさんもマリアナさんも、この世界の酸いも甘いも嚙み分けている人生の先輩だ。鍛冶屋の親父さんと同じように悪い人間ではないだろうと信じ、何も聞かず好意で預かってくれたと思う。


身寄りも知り合いもいない世界なのだから、ジョルジさんやマリアナさんそして鍛冶屋の親父さんのような、良くしてくれる人を大切にしなければと自らを戒めた。改めて考え直すとジョルジさんに言われたように、あの子が犯罪を犯していないとは言えない。


兄の仇と言いながら短刀を握り襲い掛かってきたことを考えれば、そう思われてもしかたない状況ではある。なぜ連れてきたかと問われれば、あの子の兄を殺したという濡れ衣を晴らしたいからだ。


異世界だから命の取り合いが元の世界より身近かもしれないけど、なるべく避けられるなら避けたいし、殺してないのに殺したなんて言われたくはなかった。


自分の中での結論に至り、無実を晴らすために巻き込んでしまったこと、身勝手な振舞いだったことをジョルジさんにしっかりと謝罪する。


「なるほど、事情は分かりました。そういうことであれば一時お預かりします。それにあの子の兄という人物に関して、私に多少心当たりが御座います。少々お時間頂ければ調べるのも可能ですが」


 ミレーユさんから説明があったがこの宿はギルド直営で、所属している人たちも冒険者を引退した人やその家族が多いという。ジョルジさんは初めて会った時から、身のこなしも佇まいも只者では無い気がしていた。


情報を得る手段がある理由がわかったものの、今現在とてつもなく迷惑を掛けているのは間違いない。これ以上迷惑は掛けられないなと一瞬思ったが、情報をしっかり集めて解明しなければもっと迷惑を掛けてしまう。


巻き込んでしまったからには、一刻も早く不明な点を解消するのが何より大事だ。自分の中で答えを出し、ジョルジさんに対して依頼を出した方が良いかとたずねると、依頼を受けるほど詳細な調べは出来ないので口頭で良いと言われる。


「あの子の兄の手がかりが少しでも得られれば助かります。是非お願いします」

「お任せください」


 ジョルジさんは快く応じてくれたが喜んでもいられない。あの子が多く悪事を働いていた場合は、こちらに連れて来た責任がある。罪を犯していたと確定した場合は処分を受けなければならないし、ジョルジさんたちに迷惑が掛からないように、ギルドに見つかる前に書置きをして他所へ逃げよう。


異世界に来て間もなく混乱していたのか、元の世界ではしないようなことをしてしまった。戻る方法が分からない今、この世界で生きるからには犯罪などとは縁が無いよう気を引き締めなければ、と気を引き締め直す。


部屋に戻ったものの後悔してばかりで眠れずに朝を迎える。食堂へ赴くと昨日の赤髪の子が、配膳室前のトレイに乗った朝食をジッと見つめていた。赤髪の子の様子を見て懐かしい気持ちになる。


誰か分からない大人が出した食事は、例え食べて良いと言われても食べられない。あの子も親がいないのだろうかと思いつつ、脅かさないようにゆっくり近づき横へ立つ。一瞬見たが直ぐに朝食に視線を戻す。


「おはよう。それは俺が支払いしておくから食べて良い」

「え、何で?」


「何でも何も、お兄さんを俺が殺したっていう濡れ衣を晴らすために、一緒に行動するからだ。倒れたらお兄さん探せないだろう?」


 こちらの答えを受けて少し考え始めたが、お腹の音が鳴ると恥ずかしそうに俯き、立ち上がると黙ってトレイを取り奥の席へ移動した。笑いそうになったのを堪えつつ、自分もトレイをもらい食堂の人にあの子の分も払い後を追う。


こちらが向かい合う様に座ると手を合わせ、いただきますと言ってから箸を使って食べ始める。食事を食べる姿を見たところ、盗賊と聞いたが箸の使い方がとても綺麗で上手いし、姿勢もこちらより良いなと感心した。


「な、何だよ」

「いや、箸の使い方というか所作が綺麗だなと思ってね」


「そ、それは兄者がそうしろってうるさいから」


 御腹が空いているのに急いで口に入れず、しっかり丁寧に掴み食事をとっている。親ではなく兄者と言うあたり、二人で苦労して生きてきたんだろう。食事の所作をしっかり躾け、どこ出ても恥ずかしくない様にした兄者という人物は、実に兄弟思いなんだなというのが良く分かった。


自分も親代わりの人から、食事の所作だけでもしっかりするように言われたのを思い出す。こちらも丁寧に食事をとり、食事を終えて食器を片付けてから町長の家へ向かう。赤い髪の子は昨日の蓑と笠を脱いでいて、赤いシャツとスラックスの上に皮の軽鎧を着ている。


やはりどう考えても盗賊には見えないくらい、小綺麗な格好と綺麗な顔立ちをしていた。ついじっと見てしまい、嫌な気持ちにさせたようでこちらの顔を手で覆ってくる。甘んじて受けつつ申し訳ないと謝罪すると、フンと言ってから手を離してくれた。


なぜか妙な雰囲気になり赤髪の子は足早に移動する。どうしたのかと思いつつ歩いていたところ、途中で立ち止まった。追いついて大丈夫かと聞くと道を知らないとそっけなく言う。たしかにその通りだなと思いつつ、再度並んで移動した。


町長の家へ到着し門兵に取り次いでもらったところ、直ぐに面会できて驚く。


「よく来てくれたな! 流石見込んだだけはある!」


 どうやらアリーザさん宛て配達依頼の完了報告があったようで、町長も会いたいと思っていたことから直ぐに会えたようだ。玄関まで奥様と来てくれて握手を交わしていた時、二人のずっと後ろの方に赤黒い髪の男が見えた気がしてよく見ようとすると、奥様が一歩前に出て来て見えなくなる。


「で、今日はどんな用件かしら」

「あ、はい。急に押しかけて申し訳ございません。実は奥様にお伺いしたい件が御座いまして」


 俺は隣に居る子の話をし、この間襲われた時の状況説明をお願いした。奥様は快く応じてくれありのままを話してくれる。話を聞いた赤い髪の子を見ると俯いてしまう。兄が死んでいないと分かって喜ぶかと思ったが、どうやら違うらしい。


「妹を大切にしていたのであれば必ず戻ってくるでしょう。あまりあちこち移動していては、お兄様と会えなくなってしまうのではないですか?」

「そ、それは……」


「もし良ければこの町の冒険者となって仕事をしていると良い。その方が兄上も安心するだろうし、何かあればいち早く分かるだろう」

「宜しいのですか? 町長」


 自分の時もそうだったので、町長が余所者の受け入れに積極的なのかなとも思ったものの、それにしてもあっさりしすぎな気がした。ジョルジさんも言っていたが、犯罪を犯していれば迷惑がかかる。


色々聞いたりもせずにあっさり仕事をしてみろというあたり、この町はよほど人手不足なのだろうか。


「人は多いほど良い。例え昔何かしたとしても、更生の道を閉ざしてはならない。勿論償わなければならないものは償ってもらわねばならんがな」


 こちらの考えを見透かしたように、町長は冒険者をしてみろと言った意図を明らかにした。たしかに過ちを償うためにも、更生の道は閉ざさない方が良いだろうと納得する。町長は赤い髪の子に視線を向けたが、恥ずかしかったのかこちらの後ろに隠れてしまった。


「君の罪が何なのか私は知らない。だがもしあるならば、いつか償う時が来るということだけは覚えておいてくれ。そしてそれをする為に協力を惜しまないというのもな」


 町長はこの子についてなにか知ってるんじゃないか、と思って後ろに隠れた子を見ようとしたが、背中に引っ付いて離れない。困ったものだという感じで苦笑いし、首を竦めて町長を見ると町長は笑顔で頷いた。


町長も昔はやんちゃした覚えがあると話し、こちらも真っ白で生きて来た訳じゃないので偉そうに言えないです、と話し笑い合う。


ひとしきり笑い終えた後で町長と奥様に一礼し屋敷を出る。せっかく町長からお許しを頂いたので、兄が見つかるまでの糧を得るべく、この子の冒険者登録をしようとギルドへ足を向ける。

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