第12話 雨の中の攻防

 明らかに風で揺れた音では無いものがこちらに近付いてきており、次第にぬかるんだ地面を踏む音も混ざり始める。音を聞く限り複数人なのは間違いないが、雨音も混ざり数えきれなかった。


「雨が凄いな……何処か雨宿りできるところはないかな」


 なるべく聞こえる様に、且つわざとらしくない様に気を付けながら声を上げ足を速める。どうやらこちらの下手な芝居に気付かず、向こうは逃がさない様に距離を詰めて来た。


何があろうと逃がすつもりはないと確認出来、戦う覚悟を決めて前傾姿勢になり走り出す。相手もしっかり追って来たので、不意を突く為足を踏ん張り急ブレーキを掛けて反転する。


「よう! 何か用かい?」

「兄者の仇!」


 黒いみのに笠を被った五人組が手の届く距離まで迫っており、その内の一人が短刀を両手で握りながら突っ込んで来た。腹に受けたら確実に死んでしまうので、タイミングを計って横へ飛んで避ける。


襲い掛かってきた一人は慣れていないのか、そのままドシャッとぬかるんだ土の上に倒れ込む。


「おのれ!」


 残り四人が気色ばんだものの、誰も攻撃してこなかった。なぜだか怖気づいてしまったらしいが、攻撃してくる気になるのを待つ気はない。敵を撒いて村へ向かうべく大きく飛び退いて距離を開けたところ、慌てて距離を詰めてくる。


戦う気が無くとも逃がす気はないらしい。アリーザさんの居た村まではまだ少しあることを考えると、その近くに別の仲間がいて挟み撃ちにするのではないか、と思った。こちらは親父さんとギルドを経由して依頼を受けている。


町長の近くから漏れているのが間違いないのであれば、今回は具体的な数はわかっていない気がした。自分が相手なら森に監視を放ちつつ村の手前に人数を多く配置し、来た者を片っ端から確保して荷を調べるだろう。


このまま行けば間違いなく挟み撃ちされるだろうと考え、ここはさらにかく乱して一人ずつ倒す作戦を試みることにする。


先ずは近くの木の陰へ隠れ、素早く次の木へ移動するのを繰り返し相手の分断を誘う。


「何処だ!?」

「俺はこっちを見る!」


 倒れた一人以外の四人が、狙い通りバラバラになりこちらを探し始めた。統率が取れていないのを見て、兵士の類ではないなと思い安心する。


兵士であれば常日頃から厳しい鍛錬をしているだろうから、勝つのは厳しい。集団で襲うだけで鍛えていない盗賊ならば、こちらにも勝ち目はあるだろう。


「ぐっ!?」


 屈んで茂みの中に姿を隠し待っていたところに、一人近付いて来る。辺りをきょろきょろと忙しなく見回しており、明らかに平静を失っていた。不意打ちなら倒せると思い、近くの木の陰を探しに来たところで、後ろから思い切りタックルをかまして木に押し付ける。


ドスンと凄い音をさせてしまったが、訓練をしてないタックルでも男は口から泡を吐いて失神した。


「あっちで音がしたぞ!」


 雨音で多少誤魔化せることを期待したものの、やはりそう都合よくはいかないらしい。先ほどと同じように草むらに隠れて移動し、相手がバラけるのを待つことにする。


「な、なぜお前のような奴に……」


何度か移動を慎重に繰り返した結果、最後の一人になるまで各個撃破をすることに成功した。最後の一人になった相手を見たところ、一人ずつ減っていく仲間を見て恐怖したようで立ち尽くしてしまい、動かなくなる。


放置しようかと思うも大声を上げられたり報告に走られると厄介だ。他の者たちと同様に慎重に移動し、後ろからタックルをして倒す。


動かなくなったのを確認しみのと笠を取って見たところ、相手は質素なこちらと違い皮の鎧を身に着けており、それなりに経験を積んだ盗賊なのだろう。


見た目が町民の相手に仲間が次々倒されてしまったら、恐怖するのもわかるし倒れ際の台詞にも納得がいった。


「取り敢えず急ごう」


 このまま木を移って移動しても良いが、ふと新入社員研修で自衛隊に行かされたことを思い出す。研修の際に実生活で役に立たないだろうけどと前置きがあった後で、草むらを見つからず逃げるには匍匐前進が良い、そう教わったのを思い出す。


上手くは出来ないだろうけど試さない手はないと思い、服を泥だらけにしながらも進んで行く。しばらく進んで行くと以前盗賊に襲われた場所に出る。


このまま進めば村まで真っ直ぐだが、開けた道なので恐らくどこかで待ち伏せをしているだろうと考え、もう一度森に入って村を目指す。丘陵ぽくなっているところを上がっていた時、前方に人影が見えた。


はっきりとは見えないが全身をマントで覆っており、自警団とも盗賊とも違うし一般人や冒険者でも無いように見える。ここは近付かないのが無難だと判断し、匍匐前進に切り替え視界に入らないよう移動しやり過ごす。


盗賊とは何度かすれ違ったが、まさか地面に這いつくばってるとは思わなかったようで、一度も倒さずに村に辿り着けた。村の中は雨のせいもあって人も居らず静かだったが、緊迫した雰囲気はなく安心する。


警戒は怠らずに家の軒先に背を当てながら移動し、自警団の詰め所に辿り着くとすぐに戸を叩いた。


「ジンさん!?」


 自警団の誰かだろうと思っていたがアリーザさんが出て来て、嬉しさのあまり顔がほころんだ。手紙の中でも特に変わりが無かったが、顔色も良く元気なようで心底ほっとする。


「アリーザさんいつも……」

「ジンさん! どうしたんですか!? なにか御用でしょうか!?」


 手紙のお礼を言おうとしたところで大きな声を出して遮った。小さく首を横に振ったのを見て、手紙の話は触れてはいけないのだと理解しこちらも小さく頷く。


他にも色々話したかったが不味そうなので用件を伝え、リュックを詰め所の中に置き筒を取り出して依頼書を出し、サインを貰いたいと伝えた。


何事かと奥から隊員たちが出て来て隊長も出てきたが、こちらを見ると慌ててアリーザさんとの間に入り、荷物の確認をさせるよう言ってくる。


依頼はアリーザさんに荷物を届ける、なのでこちらには隊長に見せるかどうかの権限が無いと答えた。


隊長はアリーザさんに確認し、彼女が頷くとリュックを開ける。見ては不味いものの可能性もあるので、中身を見ないよう目を逸らし立っていた。


隊長が見たのかアリーザさんに見るよう促す声が聞こえ、視線を戻すと彼女も中を見始める。わぁと小さく可愛らしい声を上げた後で、ゆっくりと中身を両手で取り出した。


「ぬいぐるみ」

「プレゼントだそうだ。御苦労だったな、ジン」


 隊長がそう言ってサインをしようとしたが、依頼主はアリーザさんへと言っているのでと断ると、隊長は俺で問題無いんだと言う。こちらとしては契約ではそうはならないので困る、と告げ紙を強引に回収しようとすると


「私が書きます。ジンさんの言うのが正しいですから」

「し、しかし」


 隊長は不服があるようだが、それを遮ってアリーザさんはサインをしてくれる。隊長に何があるのかは知らないが、こちらとしては依頼を受けたからにはその通り実行しなければ、契約違反になってしまう。


クビになったとはいえ以前世話になった隊長だから、こちらが思うところがあってもぐっと堪え彼女がサインが終わるのを待つ。


「お待たせしました、どうぞ」

「ありがとうございます! あっ」


 サインが終わったアリーザさんから紙を差し出され、受け取ろうと手を伸ばす。神を両手で受け取った瞬間、彼女の手が伸びてこちらの手に少し触れると直ぐに離し下がった。相手はいつもの凛々しい顔のままだけど、免疫が無い自分は動揺して紙を持ったまま固まる。


「もう用は無いはずだ、さっさと出ていけ」


 語気を強め急かすような声で隊長に言われ、ハッとなり自らを再起動したものの、手に残る彼女の感触を強めに感じ動揺からか挙動不審になった。


「わ、私が外まで」

「君は触れるな」


 気が付けば外へ追い出されており、雨の中尻餅をついている。御腹の上に筒が乗っており慌てて蓑の中へ入れ立ち上がった。


嫌な事が多い日だったが最後に少しいいことがあったなと思い、手が触れた瞬間を思い出してにやけてしまう。


強く降り出した雨のお陰で直ぐに熱も冷めたけど、盗賊と戦ってこの村に辿り着いたのを思い出し、依頼は達成したがこのまますんなり帰れる気がせず、憂鬱な気持ちになる。


雨の中ストレッチをして体をほぐしてから、ランニングしつつ来た道を戻り始めた。


着ているものは泥だらけだし、体はすっかり冷えてしまっている。元々体力はあっても体は強くなくて風邪をよく引く体質だった。


パワーも上がったついでに体も強くなっていてくれないかな、と淡い期待を寄せつつ元来た道を警戒しながら走っていたが、倒した盗賊と思しき者たちは消えている。


さすがに荷物も持っていないし襲撃はないだろうなと思いながら、最初に襲撃にあったところに辿り着く。すると兄者の仇とか言って刺しに来た人物がまだ倒れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る