第10話 一週間たったある日のこと

ここ一週間で毎日荷物運びをしてお金が貯まっていき、遂に百五十ゴールドにまでなった。最初は一人で生きて行けるのか不安だったけど、仕事は順調だしアリーザさんとの手紙のやり取りも続いていて、向こうよりも充実した日々を送っている。


目標としている皮の鎧代三百五十ゴールドまではまだ遠いが、手紙代や宿代以外は無駄遣いを控え今日まで来ていた。


このまま一気に行きたいところだったけど、雨の日に使うと便利だと知ってしまった今、無い状態は考えられなくなっていた。


雨もこれから多いと聞いたし、何よりゴノさんのご厚意に甘え続けるのも悪い。長く使える物ならこの出費は仕方がないだろう。


値段について値切りたいところだが、これから長い付き合いになるかもしれない。防具に関して色々頼ることもあるだろうし、提示された値段そのままで買っておいたほうが良いと考える。


「長く使うのであれば買います」

「よしまいどあり!」


「……十五で良いよ」

「な、なんだと!?」


 お金を入れている革袋を手に取り、口を開けて払おうとしたところでマリノさんが急にそう言いだした。親父さんはマリノさんに顔を近づけ睨むも、直ぐにマリノさんは親父さんの耳に手を当て顔を近付ける。


ボソボソと小声で話し始め、チラチラこちらを見ながら嫌らしい笑みを浮かべていた。何か嫌な予感がしてしかたがない。


「なるほど十五で良い」

「いえ二十で大丈夫です」


「なんでだ」

「不審な値引きには裏があるものだからです」


 食い気味で値下げを断る。元の世界でも流行りの品を割引で卸してくれるという話に食いついて、翌週には似てるが別系統の商品が流行り、痛い目に遭った覚えがあった。


値引きで卸してもらった翌週に、商品の欠陥を指摘する記事が出たなんていう話も聞いたことがあるが、町に多くない防具屋でそれをやれば致命的なので無いと思う。


営業していた経験から、そっちの話を聞く代わりにこっちも聞けってのは常套手段な上に、大抵相手の方がこっちの倍以上を要求して来るのも日常茶飯事だ。


分かり易く要求して来る訳では無く、偽装したり後から後から変更追加を繰り返したりと、相手も自分の利益の為に必死になる。


親父さんも利益を上げるために商売をしているので、安くするなら裏があるのは間違いないだろう。問題はその裏に何があるか、だ。


元の世界での商売なら何とか出来ても、この世界では最底辺冒険者なので出来ることは少ない。


安いからと飛びついた結果、モンスターの群れに突撃して来いと言われても対応出来るはずもいし、死んだら元も子もないので気を付けなければと思った。


「……食えない奴だなお前」

「良かったです」


 笑顔でそう答え改めて二十ゴールド取り出し渡そうとしたところで、マリノさんは親父さんの耳を引っ張り寄せるとまた小声で話をし始める。今度は親父さんは眉間に皺を寄せ、話が終わってマリノさんが耳を話すと溜息を一つ吐き後頭部を掻く。


「ちょいと面倒な依頼があるんだ。それに協力してもらいたい」

「協力したいのは山々ですが、冒険者ギルドを通して頂かないと」


「それは分かってる。お前が了承してくれるなら指名して依頼を出す」

「内容は何です?」


 親父さんは暫く難しい顔をして俯き、覚悟が決まったのか顔を上げて手招きした。恐る恐る近付き三人で顔を寄せ合うも、親父さんはマリノさんの肩を押して遠ざける。


「良いか、これは絶対に漏らすなよ。漏らしたらお前もヤバい」

「それは困るんですけど。何で俺に話そうと思ったんです?」


「言いたくは無いが残念な話、お前が今のところまともな冒険者だからだ。町の人間からも評判は悪くない。商売相手だからなるべく悪く言いたくは無いが、冒険者はお世辞にも行儀が良い連中ばかりじゃないし、上前を撥ねようとする奴も多いんでな。これまで見た限りお前は一応信用出来そうだと思った」


 他人に話すとヤバい話を付き合いの浅いこちらに話すくらい、冒険者はヤバい人ばかりなのだろうか、と一瞬戸惑ってしまう。信用がいまいち出来ない冒険者という人種だけど、評判を調べた結果として話してくれようとしているなら、話だけでも聞いてみようと思った。


「一応お話だけ聞きます」

「……ここから少し離れた村の自警団に物を渡しに行くだけだ」


「誰にです?」

「アリーザっていう女性に渡せば良い。それで終わりだ」


 アリーザさんの名前が出て来て動揺するも、あからさまに出すのは不味いと直感で思い、平静を装いながら


「それだけなのに指名したりこんな小声で話すんです?」


 そう問い返す。親父さんはこちらの動揺を見抜くどころではないようで、答えずに頭を搔き毟りリーゼントが乱れまくる。


村に居た時の周囲の反応からして、アリーザさんに何かあるなとは思っていたけど、やっぱあるんだなと思った。親父さんはその何かを知っているような気がして、あえて答えを待ってみる。


「噂だ、あくまでも噂の範囲内だ。確証がある訳じゃないが……アリーザは他国の姫の一人って話だ」


親父さんの言葉を聞きさらに動揺したが、必死にこらえた。アリーザさんの綺麗さだったり気品だったりを知る身としては、お姫様と言われても合点がいく。


重苦しい感じで話したのが事実なら、確かに接触するにも細心の注意が必要だし、大きな声で話せる内容じゃない。


他国の姫がなんで村の自警団をやってるんだ、という大きな疑問が生じたものの、姫を探す側からすると選択肢から除外するから有効かもという考えに至る。


「元の国で権力争いに負けたとかそういうやつらしい。ヨシズミ王は人が良いからな。困ってる元王族を放って置けなかったんだろうという説が濃厚だ。あんなお上品な剣士が冒険者として渡り合って来たってのは信じ難いしな」

「それにあの自警団は最近出来たんだよね。急に村に自警団? って思ったんだけど村の人たちもあっさり受け入れたしさ」


「なもんでここの人間はあっちに行きたがらない。こないだも盗賊が村へ向かった町長の奥方を襲った、って話を聞いて驚いたぜ。例え盗賊でもそんな真似をすればこの周辺どころか、国で生きて行くのすら危うくなるのによ」

「あの時奥様を護れて良かった……」


 つい心の声が漏れてしまい、慌てて口を押え笑顔で誤魔化し背を向けた。馬車が襲われたのを見た時、逃げずに戦ったのは本当に良い判断だったんだなと思う。


近くで生活している者であれば町長の奥様を襲うなんて、不利益の方が大きいと普通分かるだろう。


襲ったということは普通で考えるよりもはるかに大きい、不利益を上回るような何かがあると考えるのが自然だ。


盗賊たちを差し向けたものがいるとすれば、この辺りに混乱を招きたいと考えている気がする。混乱が混乱を呼び仮に戦争の火種となってどこかと開戦となれば、兵士として人間を相手に戦わなければならない。


命を狙われれば生き伸びるために戦わざるを得ないが、出来る限り相手の命を奪う戦いは避けたかった。


あれだけ発展した元の世界でも、人間同士が命の奪い合いをしていたのだから、この世界ではないなどとは思ってはない。法の整備も行き届いていないだろうし、監視カメラなんていうものもないので、元の世界よりもサバイバルを要求される。


奥様への襲撃を防いだことで混乱を防げて良かったなと思い、手を離し息を吐き振り向くと、二人がこちらを凝視していた。そんなに大きな声ではなかったはずだが、やはり心の声が漏れたのがまずかったのだろうか、と内心慌てる。


「……盗賊倒した人間て御前なの?」

「あー、えー、偶々通りかかっただけですよ、偶々」


「三対一それも素手って聞いたけど」

「す、素手じゃないっす! この篭手の御蔭で」


 誇張されていたのでそこは訂正しないとと思い訂正したところ、二人はこちらに顔を近づけて手を握った。


「え、なんですか」

「是非依頼を受けてくれ頼む!」


「お願い私たちを助けると思って!」


 藁にもすがる思いというはこんな感じなのか、というくらい凄い力で手を握られる。余計なことを言ったばかりに、期待値が上がり過ぎて断りたいところだが、逃げられる気がしなかった。

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