第9話 貯金の日々と雨の日

「朝食もご用意出来てますから、食堂へどうぞ」


 色々聞こうとしたところでタイミング良くお腹が鳴ってしまった。後頭部をさすりながら空笑いしていると、マリアナさんは優しく食堂へ促してくれる。頭を下げ感謝の言葉を述べてから食堂へ移動した。


食堂はもう遅いのか人がおらず、配膳室前に移動するとトレイに乗った食事を渡される。見るとパンにコーヒー、サラダにスクランブルエッグという、シンプルだがとても美味しそうな朝食だった。これで宿代が半月後でも二ゴールドは破格で有難いなと感謝しつつ、空いてる席に座って朝食を頂く。


食べながら頭の中で現在の所持金を確認したが、今手元には五十ゴールドしかない。このままでは防具が買えないので、当分は町の中での仕事に従事するしかないだろう。今この状態で攻撃を受けたら致命傷を受けて死ぬに違いない。


死なないっていう都合が良い展開を期待したいが、それを確かめる為に態々攻撃を受けるという選択肢は取りたくないので、先ずは防具を手に入れる。防具さえあれば活動の幅も広がるし、お金ももっと手に入るだろう。


お金、というキーワードで前の世界のことを思い出す。正直未だになぜここに居るか分からない。明日をも知れぬ身だが、営生していくうちにどうしてここに来たのか、という部分を解明してみたいと今思った。


そう言えばギルドは依頼主と冒険者の仲介場所だ。許可の取り方が分からないがいつか異世界転生について情報を得るべく、依頼主として依頼を出してみようかなと考えた。依頼する方法が想像付かない状況なので、だいぶ先の話になるだろうけど目標の一つにして頑張っていこうと気合を入れる。


「御馳走様でした!」


 手を合わせて頭を下げたあとで、下膳室へ食器を片付けた。マリアナさんにもごちそうさまでした、行って来ますと告げて宿を出る。青空を見上げながら背伸びをしつつ、ギルドへ向かい歩いて行く。


到着すると昨日と違い、入り口から今日は混雑していて最後尾に並びながら順番を待つ。少し視線が気になるが、誰か有名人でもここに来ているんだろう、と考え気に留めずに並んでいた。順番が来るとミレーユさんでは無く、男性が受付をしてくれる。


少し残念だが切り替えて男性に対して挨拶をし、冒険者証を提示すると相手も挨拶してくれた。自分はダンドという名で、四十三歳のギルド員だと言って手を差し出されたので握手を交わす。


癖毛のボブで、元の世界でもオシャレに見える髪型に顎髭を少し生やし、鼻も高く切れ長な目をしている。冒険者は男性も女性も居るだろうから、どちらにも受けがいい人が居るのは良いことだと思った。


「君の話はミレーユさんからも聞いているよ。これからの活躍を期待している」

「有難う御座います! 依頼のリストを頂けますか?」


 ダンドさんにリストを貰ってからラウンジのテーブルに着き、早速依頼を選び始める。とはいえ防具が無いので町の中の仕事しか選べないので限られていた。ページをめくっているとお店の中へ荷物を搬入する仕事を見つけ、早速受ける旨を伝えて紙をもらい現場へ赴く。


仕事は力が上がっているお陰かスムーズに進められ、夕暮れと共に終了となる。終了のサインと評価をもらい、ギルドへ戻ると受付はミレーユさんに変わっていた。


今朝の手紙のことを思い出し、どうやって出したらいいかたずねたところ、ギルドで受け付けていると教えてくれる。


ついでに便箋と封筒はサービスだと言われ、ラウンジでさっそく返事をしたため宛先を書き、ミレーユさんに頼むと配達に回しておくわねと受け付けてくれた。


アリーザさんがこれで元気になると良いな、と思いつつ宿に戻り就寝する。


 翌日日から防具を買う為に、荷物運びの仕事を中心に連日二、三件こなしていく。代り映えのしない日々かと思いきや、アリーザさんからの手紙が毎日届いて驚いた。


内容的には記憶喪失だというこちらを気遣って、町の事や周囲の事そしてモンスターの事など、色々教えてくれるものでとても助かっている。


こちらは今日何があった何を見たなどの、日常のことを書いて毎日返事を出した。手紙なんてこの世界に来て初めて出すレベルで、しかも女性とやりとりするなんて凄いな、と自分に対して驚く。


この世界の娯楽をまだ知らないし、仲間も居らず一人だったため手紙が楽しみになる。アリーザさんが終わりというまでは、こちらも返事を出し続けよう。


手紙のやり取りと仕事が毎日続いたある日の仕事の終わり掛け、これまでずっと晴れが続いていた町に雨が降る。


「おう兄ちゃん、雨具持ってるか?」


 この日は一日目のラストに受けた、この町の荷受け場に来ていた。荷受け場を仕切るスキンヘッドの親方ことゴノさんにそう聞かれ首を横に振る。すると近くにある山から何かを取り出し、こちらに投げて寄越した。


「明日も来るだろ? それ貸すよ」

「あ、ありがとうございます!」


 見ると藁で編んだ蓑と雨笠を貸してくれた。この地域は日本と同じような気候らしく雨もそこそこ降ると言う。


「偉い人らにゃコートで良いんだろうが、俺たちゃ動くしな」

「そうっすね」


 早速着用して片付けを始め、ゴノさんから終了を告げられると現場を後にした。ゴノさんの予想通り翌日からも雨が続き、貸してもらった雨具が役に立っている。これはここで生活していくには必需品だろうと思い、早上がりになった日に防具屋さんに立ち寄ることにした。


「あら、いらっしゃい!」

「こんにちは!」


 中に入るとこの防具屋さんのお嬢さんで、前に荷物運びの依頼を受けた時に指示を貰ったマリノさんが、棚の商品のホコリをパタパタ叩いたので挨拶する。


さっそく色々聞こうとしたところ、なぜか突然殺気染みた視線を感じた。視線を感じた方向を見たところ、奥の方で背も高く筋肉質で白いシャツに黒いエプロンを着た人が、腕を組んでじっとこちらを見ていた。


髪型がリーゼントのように見えるが、あれはどうやってセットしているんだろうかと一瞬思ったが、聞いたら殴られそうな気がしたので黙っておくことにする。マリノさんがこちらの視線に気付き、あれは依頼の時に腰を痛めていたという親父さんだと教えてくれた。


店の前を通るたびに見掛けていたが、他の人には愛想が良いのにこちらにはとても冷たかったのを思い出す。一応こちらから笑顔で挨拶し続けたが、梨のつぶてだったが今日は大丈夫だろうか。


「ど、どうもです」

「今日は何か買いに来たの!?」


「えーっと色々見ようと思って。今日は荷物が少なくて早上がりだったもんで」


親父さんに声を掛けたものの、やはり無視されマリノさんが聞いてくれたので、用件を伝える。自由に見ていいから、なにかあったら声かけてと言ってもらい早速中を見て歩く。流石に首都から近いだけあって、置いてあるラインナップも変わるなぁと思った。


ギルドの宿屋よりも狭いけどそれなりの広さがあり、品物も棚や地面に綺麗に並んでいる。特に目を引くのがフルプレートアーマーという顔も含め全身が覆われる鎧だ。値段を見ると凄い金額がして卒倒しそうになった。


こんな防具は夢のまた夢だなと思いつつ、皮の鎧が買えたら次はこれを買えるように稼ごう、と前向きに考える。まだ皮の鎧も買えてないけども。


「何々? 前のお礼に少し値引きしても良いよ?」

「オッホン!」


 気になったのかマリノさんが駆け寄って来てくれてそう言うと、食い気味で奥から咳払いが聞こえてきた。驚いたのかマリノさんが僕の袖を握ったが、直ぐに離して小さく笑う。彼女は大きな声が苦手らしく、親父さんもやり過ぎたと思ったのかバツの悪そうな顔をしている。


「お前何しに来た? 用件を言え」

「え、ちょっと値段を見に」


「具体的に言え」

「一応目標は先ず皮の鎧ですが、今日は雨具を借りてるのでこれからここで過ごすなら買った方が良いな、と思って」


「ジンは何処から来たの?」

「それがよく分からないんだよね記憶喪失で」


「ジンさんと言えマリノ!」


 呼び捨てにされることに抵抗はなかったものの、親父さんが気に入らないらしく叱責が飛ぶ。マリノさんは舌を出して睨んだ。すると奥に居た親父さんが凄い速度でこちらに近寄って来て、俺の腕を引っ張り奥のカウンターの前に移動した。


親父さんはカウンターの中へ移動し後ろにあったカーテンを開け、その中から形は同じだが色が違う蓑を出して来てくれる。


「コイツは塗料を良いのを使っていて藁も上等の物を使っている。早々直ぐにへたれないし良いぞ? 安い物を買い替えて行くよりもお得だ」

「お、御幾らでしょうか」


「うん、値段は二十ゴールドだ。だがさっきも言ったように買い替え続けるよりはお得だ。お前が着ている奴は七ゴールドだがそう長くは持たない。雨季もここらはそれなりにある……どうだ?」


 防具屋を営む親父さんが嘘を吐くとは思えないし、二倍以上の値段がする物だから耐久性もあるに違いない。安物買いの銭失いって言葉を園の先生にも教えられている。これは買うしかないんじゃなかろうか。

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