第8話 夜を迎えて宿へ行く

「お疲れ! お前凄いなぁ感心したよ。しっかりお前さんの仕事ぶりを書いておいたから、また次回も頼むぜ!」


 スキンヘッドの人は上機嫌で紙を渡してきた。まだ荷物はあるみたいだったが、これ以上仕事させるとギルドに依頼した時間を超過してしまうようだ。従業員に後はやらせるから大丈夫だ、と言われたので挨拶をし冒険者ギルドへ戻る。


ギルドへ着くと受付に居たミレーユさんに書類を渡し、ギルドのラウンジで夕食を頂くことにした。なるべく一番安くて腹持ちが良いものをとリクエストすると、野菜のたっぷり入ったお粥が運ばれてくる。


お代は三ゴールドだというので支払いを済ませ、スプーンを使って早速お粥を口に運ぶ。味付けは塩とバターというシンプルなものだったが、野菜の味を邪魔せずとても美味しい。


「ジン、御苦労様。これはさっきの報酬ね」


 しっかりと噛んで味わい、汁も飲み干して手を合わせごちそうさまをした。食器を片付けていたところにミレーユさんが声を掛けてくれ、先程の報酬を持って来てくれる。一軒目よりも少し多い十五ゴールド頂いた。


ラウンジ奥にある食事を作っている女性たちから、冒険者なら今後はツケでも良いと言ってくれる。有難くはあるが、やはりそれでは落ち着かないので感謝の言葉を述べるに留めた。


ミレーユさんは今日の宿は決まっているの、とたずねて来たのでまだですと答える。近くに宿がありますかと聞いたところ、ギルドが宿屋を経営しており観光シーズン前で空きがある、と教えてくれた。


空いているのはラッキーだが、問題は値段だ。恐る恐る尋ねてみるとなんとタダ! 目を丸くしていたこちらを見て、ギルドに所属する上位ランカーたちの寄付で、新人は半月はタダにしてくれるという。


半月後は高くなるかと思いきや、それでも二ゴールドと破格だった。お粥より安い料金で泊まれるのは非常に有難い。最初の村の宿の一泊五ゴールドもしたのに、こんなに発展した町の宿屋で二ゴールドは凄すぎる。


ミレーユさん曰く、破格の値段で利用できるのはあくまでもギルドから紹介された冒険者のみだという。二ゴールドに抑えられるのもギルド直営というだけでなく、従業員は元冒険者で体を壊したりした人たちを雇用しているため、再就職先としての確保の意味もあるようだ。


ジンも上位ランカーになった時は寄付して欲しい、皆で助け合ってのギルドだからと言われ、寄付できるよう頑張りますと答えた。


 ミレーユさんはカウンター業務を別の人に代わって貰い、案内してくれるという。どこにあるのかとドキドキしながらギルドを出たが、真裏の建物で直ぐ到着し拍子抜けする。


タチ様の御屋敷よりも大きいが、中には華美な装飾品等は無い。石壁はとても綺麗に研磨されたものが積み上げられ、暖炉や階段も少し劣るかなというレベルの宿で、二ゴールドというのが信じられない。


正面の入り口を入ると白髪をオールバックにした人物が笑顔でこちらを見ていた。片眼鏡を掛け白いシャツに茶色のベスト、赤いネクタイを締めた老齢で品のある紳士然とした人物で、少し緊張する。


「ジョルジさんこんばんは。今日は新しいお客さんを連れて来たわ」

「こんばんはミレーユさん。どうやら面白い方を連れて来たようですね」


 ニコリと微笑みカウンターから出て来た老齢の紳士ことジョルジさんから、なぜか少し殺気染みたものを感じて一瞬ビクッとした。こちらを見て何故か頷くジョルジさん。良く分からないままジョルジさんとミレーユさんの後に続き奥へと進む。


ジョルジさんは宿屋内を細かく案内してくれる。食堂も風呂も前もって言ってくれれば、夜遅くでも対応可能だと言う。次に二階へ上がると角部屋を案内され、この部屋を使って欲しいと言われた。


角部屋と言えば隣が一つ減る場所であり、マンションなんかだと最上階の角部屋が空いてることは、中々無いよと不動産屋さんが言ってた記憶がある。


恐る恐る良いんですかと尋ねたところ、ジョルジさんは微笑みながら是非ともと言ってくれた。


この宿は冒険者の登竜門的なところであり、営生に目処が付けば家を建てたりして出て行く、そんな場所ですと言われる。


偶々空いたばかりの日に部屋を求めてきたので、ここをと勧めただけなので気にしないでほしいとも言われた。


感謝の言葉を述べつつ営生という言葉が気になり聞いてみると、生活を営む手段をしっかり得るということだと教えてくれる。


「ここを出るということは、すなわち冒険者としても国民としても独り立ちする、ということになります。あなたなら難しくないと思いますから、是非頑張ってください。応援していますよ」


 ジョルジさんはそう言って手を差し出してくれたので、急いで篭手を外し手を出して握手をした。握ってみたがその手は長年得物を振り回して出来たであろう、タコの跡でゴツゴツしていたし、隙あらば投げようとしている気がする。


試されている気がするが、下手に慌てたり逃れようとすれば、関節を決められるだろう。宿の受付をしている優しい御爺さんではない、そう感じていつ何をされても対処出来るよう気を張った。


「さっきも今も、私の殺気にちゃんと気付いていて何よりです。ただ愛想の良い若いのが入った、と聞いたが少し違うようだ」

「犬の振りをした狼かもしれないわね」


「それはまた面白い」


 ジョルジさんはこちらに鍵を渡し、ミレーユさんと共に笑いながら元来た道を戻って行った。何も面白くないし狼でもないので、警戒したり過大評価しないで欲しいと呟きながら二人の後を追う。一階の受付に戻るとミレーユさんが帰ると言うので、ギルドまで送る。


宿へ再度戻って来てからお風呂と夕食をお願いすると、快く応じてくれて助かった。風呂も快適夕食も満足。気を張らず過ごせるのがとても有り難い。寝る前にジョルジさんに挨拶してから部屋に戻り、備え付けのベッドに入ると直ぐに眠りに落ちてしまう。


翌朝目覚めても相変わらずこの世界に居るので、どうしたものかと考えながらベッドを出る。篭手をつけっぱなしだったことに気付き外そうとしたが、なんだか付けていると安心するしいつ何があるのか分からないので、慣れるためにも付けておこうと思った。


「失礼」

「こちらこそすみません!」


 支度もすぐに終わり扉を開け、廊下へ出たところで人にぶつかる。バランスを崩しながらすぐに謝ったものの、相手はものともせずそそくさと通り過ぎてしまう。


後で会えたら謝罪しようと思い顔を覚えておこうとするも、黒いローブとフードを被っている姿しか見えず、そのまま下へ降りてしまった。


申し訳ないことをしたなと思いながら、相手はいないが過ぎて行った方向へ向け頭を下げる。


「あれ、これは……手紙?」


 下げた後で目を開き下を見たところ、なにかが落ちているのに気付く。よく見ると手紙のようでさっきの人物のものかと思い、急いで拾い呼び止めるために名前を確認した。


「え!? なんで俺!?」


 すると裏側にはジン殿へと書かれおり、驚きのあまり大きな声が出て頭が真っ白になる。なにしろジン殿なんていうのは今のところ一人しかおらず、それを知る人も限られているのだから。


違うかもしれないと思いながらも気になってしまい、謝りながら封を開けて中の紙を広げ見たところ、やはりアリーザさんからの手紙だった。


なにか不味いことでもあったのかと思い急いで読んでみたが、突然追い出してしまったことの謝罪でホッとする。


改めて落ち着いて読み直してみると、真面目で真っ直ぐな彼女とは正反対の、非常に可愛らしい字を見て笑みが零れた。


気にしなくても良いのになと思いつつ、返事を出さないと気に病むだろうなと考え、後でギルドで手紙の出し方について聞こうと思いながら下へ降りる。


「おはようございます!」


 一階に下りて受付を見るとそこにはジョルジさんではなく、恰幅が良く優しそうな御婦人が立っていたので挨拶した。


「おはようございますジンさん。私はマリアナと申します。以後宜しくお願いしますね」

「マリアナさんおはようございます! こちらこそ宜しくお願いします!」


 マリアナさん曰く夜はジョルジさんたち男性陣がメインで切り盛りし、朝と昼は女性陣が切り盛りをしていると教えてくれる。

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