第5話 隣町にて

「おぉ! お主が私の妻と娘を盗賊共から護ってくれたのか! ようやってくれた!」


 馬車を兵士の人に預け、奥様の後を追い門の先にある大きな屋敷の玄関前に向かう。玄関を開け出て来たのは、恰幅の良く頭髪が少し寂しい口髭を蓄えた人だった。両手を広げながら笑顔で俺を出迎えてくれていたので、普通に受け答えしようとしたが


「とんでもないです! 御無事で何よりです! 私営業……じゃない相良仁と申します!」


 足を揃えて九十度に頭を下げながら自己紹介をする。野生の勘というか営業で培った勘というかが、この人はただの呑気な金持ちとは訳が違うと言っていた。相手は笑顔を崩さず頷き、初めて見るがどこから来たのかとたずねてくる。


この人に嘘を吐くのは不味いとも感じているが、別の世界から来ましたとは言えない。記憶喪失という設定を生かし、それ以外はわかる範囲でこの世界での状況を説明しよう。頭の中で整理したものを取引先企業の社長へ説明するように丁寧に、且つはっきりしっかり聞こえるよう伝えた。


「それはまた難儀な……宜しい、私からもギルドには力になるよう言っておくでな。安心して町で暮らすと良い」


 何てツイてるんだ。この人が口添えしてくれたら下からスタートとは言え、大分有利に進められるぞ! 今から考えれば実戦経験も無いのに助けに入るのは無謀だったが、二人とも助けられて本当に良かった。


ホッと胸を撫で下ろした時、手に付けていた篭手を思い出し急いで取り、旦那さんに頭を下げながら差し出す。


「ありがとうございます! あの、こちら奥様からお借りしたのでお返ししますね!」

「ん? 何だそれは」


 奥様から貸して頂いた篭手なので、旦那さんであるこの人も知っているのかと思ったが首を傾げている。あの綺麗で上品な奥様の私物だとすれば、それはそれで出しちゃいけなかったのではないかと慌てる。


「二人とも何をしてらっしゃるの?」


 タイミング良く一度中へ入った奥様が戻って来てくれた。こちらが説明しようとするも、先に旦那さんが奥様の方へ向いて状況を説明してくれる。


奥様は職無しと聞いた瞬間、うちで雇ってあげられれば良かったのにと残念そうに言ってくれ、旦那さんも同意しつつ昨日新しく人を雇ったばかりなんだよ、と申し訳なさそうに言ってくれた。


こちらとしては口添えしてくれるだけでも十分助かります、感謝しますと言いながら頭を下げる。


「で、君が貸したのかい? これ」

「ええそうよ。アリーザさ……じゃないアリーザのところへ行く途中に妙な露店があってね。その露店を出してたお爺さんが”この篭手は役に立つぞ? 是非買ってお守りにすると良い”って言われて購入したのよ。実際役に立って良かったけど、私たちには必要無いしお礼というには安すぎるけど」


「いえいえ頂く訳には参りません、お返しいたします!」

「良いんだよ、我々には必要無いんだ。必要なものはあるし」


 改めて篭手を差し出すも、旦那さんはそう言いながらぐっと押し返してくる。物が欲しいために助けたわけではないので、ここはなんとか受け取ってもらおうと粘ろうとしたが、あっさり押されてしまう。


異世界に来てパワーだけはアップしていたはずなのに、それを簡単に押し返されたことに驚く。旦那さんを見ると体格も大きく力も強いし、ただの富豪ではなく何となくだが実勢経験も多くありそうな気がした。


恐らく最後の必要なものはあるっていうのは、自分たちの得物はちゃんとあるってことじゃないか、と言う気がする。


ここで押し問答しても印象を悪くする可能性があるので、気が引けるが有難く頂戴することにした。篭手を頂いた分、どこかでお返しできるよう頑張ろう。


「では有難く頂戴いたします!」

「うん、そうしてくれ。さ、こんなところで恩人を立たせっぱなしでは、我が家の沽券にかかわるので中へ入ってくれたまえ。時間ももう遅いし今日はうちに泊まると良い」


 篭手を貰った上に泊めてもらうなんて申し訳なくて断ったが、良いから良いからとお二人に強引に手を引かれ御屋敷の中に入る。


中は豪華な絨毯に装飾品……というか豪華な物以外見つけるのが難しいような感じで、この町の権力者であるのは間違いないだろう。


奥の部屋に入ると長いテーブルがあり、席に座るとようやく手を解放してくれた。イーシャさんも入ってきて、四人で夕食を頂く。


豪華な食事が並ぶと旦那さんたちは手を組んで俯き、なにやら祈りを捧げてから食事を始める。


この世界にも宗教があるのだなと思いつつ、形だけ真似をしてから頂きますと言ってから、置かれたナイフとフォークを手に取った。


食事をしながら奥様と旦那さんは記憶喪失というこちらを気遣って、この辺りの話や歴史などを教えてくれる。


建築などの話も出て来て興味をそそられたものの、ポーンという音が鳴ると今日はこのくらいでとお開きになった。


音の正体は部屋の一番奥にある、砂時計とそれに連動した鐘のようだ。さすがにデジタル時計などは無いし、電池で動く時計も無い。


時刻を知らせる時計はこの世界ではこういうのなんだなと思いつつ、奥様達に感謝を告げ三人が部屋を出て行くのを見送る。


最後に部屋を出ると屋敷のメイドさんに案内され、屋敷内の空き部屋をお借りし眠りについた。


 翌朝、陽が昇るタイミングで目覚め部屋を出る。何もしないではさすがに悪いなと思い、一宿一飯の恩義をと御屋敷のメイドさんにお手伝いを申し出て、薪割りなどの力仕事をする。


パワーアップしただけでなく上手に薪が割れるのに感動していると、旦那さんや奥様達が起きて来たと教えて貰い、早速昨日食事をした部屋へ向かう。


三人ともすでに席に着いており、朝の挨拶をした後で改めてお礼を述べる。


「こちらも助けてもらったからお互い様だ。それより朝食を食べたら一緒に冒険者ギルドまで行こう。私も用事がある」

「あ、ありがとうございます!」


 旦那さんと奥様、それにお嬢様と共に静かに豪華な朝食を頂き終え、旦那さんの準備が終わるまで片付けを手伝ってから、御屋敷を後にした。


「お世話になりました!」

「命を助けて頂いたのだから、これくらいでは釣り合いが取れません。何かあったら必ず私たちを頼りなさいね?」


「有難う御座います!」


 ビシッと頭を下げて改めてお礼を述べ、旦那さんと共に冒険者ギルドに向かう。馬車に乗るのかと思いきや旦那さんは近いからと徒歩でと言い、お付きも数人付いて来たので前に出るのは申し訳なく最後尾に移動する。


大通りに出るとすれ違う人たちが皆頭を下げているので、やはりこの町の権力者なんだろうなと思った。


並んで歩いている自分まで頭を下げられてしまい、偉いと勘違いされては困ると考え、申し訳なさそうに歩く。


体力に不安があり遠かったら困るなとも思っていたが、あっという間に”冒険者ギルド”と書かれた看板の前に到着した。


「あら、おはようございます」


 ウェスタンドアを開けて中に入るとラウンジがあり、その更に奥にカウンターがあった。そこには緩いウェーブのかかった、ブロンドの女性が笑顔で立っていて頭を下げる。こちらも急いで頭を下げて挨拶をした。


女性はアメリカのドラマで見るような鼻も高すぎず整った顔立ちの美人で、女性に免疫があまりないのでドギマギしてしまいそうになる。


そんなこちらを他所に旦那さんはその女性に事情を説明してくれた。カウンターにいた女性はミレーユさんというらしく、どうやらギルドの受付をしている人のようだ。


旦那さんは奥様を助けたことや、盗賊たちの遺骸を兵士に回収させていると話すと、ミレーユさんはこちらをみて微笑み凄いですねと言ってくれる。


照れてしまい直視できず、うつむきながら後頭部をさすり誤魔化していたこちらに対し、どこかのギルドに所属をしていたのかと聞いてきた。


ギルドとはなんだろうと思い戸惑っていたが、旦那さんが記憶喪失らしいと説明してくれ、恩があるので便宜を図って欲しいと頼んでくれる。


どうやら盗賊が倒された件はギルドでも噂になっていたらしく、ギルド長にも旦那さんの頼みを伝えてくれるという。盗賊の件の処理も頼む、と告げて旦那さんはギルドを出て行く。ありがとうございましたと頭を下げながら見送った。

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