第4.5話 怒鳴られても幸せ

 『富士の間』に入ると、奥の布団の上でお母さんが座っていて、その隣で子供二人が何かの玩具で遊んでいた。


 入り口を入ってすぐのところにあるユニットバスに入ると、正面に湯舟、右側にトイレ、そして左側に詰まっているという洗面台があった。


 中を見ると確かに何かが詰まっているようで、シンクの中には水が溜まっていた。


「ああ、本当ですね。髪の毛か何かが詰まっているのかもしれません」


 もしそうなら、最悪の場合は下の排水管から外して詰まりを取らないといけないかもしれない。

 はて?工具はどこにあったかな?

 今までに何度かこういうことはあったけど、その度に工具は美緒さんが用意してくれていた。私はそれを傍で見ていただけ。

 いや、まずは通称『きゅっぽん』でやってみて、それでも駄目だった時の方が良いか。

 ん?『きゅっぽん』はどこだっけ?

 1年もここにいるのに、こういうことは一人でやったことがなかったことを悔やんだ。見てないで手伝わせてもらっていればよかった。


「道具を取ってくるので少々お待ちください」


 私はそうお父さんに告げた。

 道具を持ってくるには、まずは美緒さんを探さないといけない。

 結局私は自分一人で解決するのは不可能だと判断して、美緒さんに助けを求めることにした。


 ユニットバスを出ると、部屋の奥から子供二人がどたどたと走ってくる。

 手にはタオルを持っているので、今から温泉に行くんだろうと思った。


「部屋の中で走らない!!」


 お母さんの怒声が聞こえる。

 その声に走っていた二人の動きがビタッと止まる。

 嬉しそうに笑っていた顔も一瞬で引きつった。


 テレビを消したお母さんが歩いてきて、二人の頭をパシッとはたいた。


「すいません。落ち着きのない子たちで」


 お母さんは私にそう言って謝ると――


「じゃあ私たちは温泉に行ってくるから、あなたは後よろしくね」


「う、うん……」


 私に言ったのとは全く違うトーンでお父さんにそう言って部屋を出ていった。


「じゃあ、私も道具を取ってきますね……」


「はい…お願いします……」


 頑張れお父さん。


 でも、そんなに悲しそうな顔はしてないから、これはこれで幸せなのかもしれないな。

 世の中にはいろいろな夫婦の形があるしな。



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