第3.5話 始まりと未完
ようやく大浴場に誰もいないのを確認した。
清掃する為に脱衣所の隣の部屋からデッキブラシを持ってきて大浴場の中へと入る。
まずは男湯から。
飛び石を渡り洗い場のところへ。
水道の蛇口からお湯を出して、床のタイルをデッキブラシで磨く。
特に隅っこは徹底的に――ごしごしごしごし。
ほんの少しの水垢汚れも見逃せない。ましてやカビなんてもっての外なので、とにかく――ごしごしごしごし。
磨き終わったら再びお湯を流して、指でぬめりがないか確認する。
うん。完璧。
そして次の場所へ。
私は自分でエリアを区切ってやっている。これも美緒さんが教えてくれたやり方だ。
磨き残しがないように、1メートル四方の正方形でエリアを区切って、それを端から順番に磨き続ける。
――ごしごしごしごし。
やればやるだけ綺麗になっていく。
それが楽しくて、私は黙々とデッキブラシで磨き続けた。
ふう。
ようやく半分が終わった。
うん。ここまでは完璧。
一息ついたところで何か水音が湯舟の方から聞こえた気がした。
どきっとして振り返る。
湯舟の中は温泉から上がる湯気でよく見えなかったけど、うっすらと誰かが温泉に入っているような影が見えた。
一瞬私はパニックになる。
なんで人がいるの?!今は清掃中――
そこで私は気付いてしまった。
入り口に『清掃中』の看板を出し忘れていたことを……。
ここは男湯。そして私は女。これはまずいと思った私は、デッキブラシを抱きかかえるようにして、気付かれる前にそおっとその場から退散した。
多分大丈夫、きっと気付かれてなかった。
私は自分にそう言い聞かせながら、各部屋をまわって布団敷いていった。
『桔梗の間』の布団を敷き終わって廊下に出たところで男性に声をかけられる。
それは今日来られた『富士の間』に泊っているお客様。
あのやんちゃそうな子供のいるご家族のお父さんだ。
「すいません。洗面台の流しが詰まってるみたいなんですけど…」
お父さんは申し訳なさそうにそう言った。
どこか気弱そうな雰囲気の漂うその感じと、お母さんの子供を叱っていた雰囲気からして、どうもお父さんの立場は家の中で弱そうだなとか失礼な事を思ってみたり。
「分かりました。すぐに伺います」
私はそんな考えを表情に出さないように返事をした。
まだ布団の準備の終わってない部屋があるけど、先にそちらを見に行こう。
私は『富士の間』へと向かった。
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